| コレクション名 | 資料番号 | 表題 | 年代 | 内容 | 画像 |
|---|---|---|---|---|---|
| 日本キリスト教史関連資料 | N-a-052 | 府内型メダイ(複製) | 現代(原資料:16世紀後半) | 大友府内(大分市中心部)で独自につくられていたメダイ。原資料は重要文化財で、大分県立埋蔵文化財センターが所蔵している。 | 画像 (0) |
| 日本キリスト教史関連資料 | N-a-053 | ワインボトル(銀化) | 18世紀 | オランダで製造されたガラス製のフラスコ形ワインボトル。出土品のため、表面が銀化している。 | 画像 (6) |
| 日本キリスト教史関連資料 | N-a-054 | 染付草花文皿 | 17世紀頃 | 皿を回転させると中央下に描かれている部分が十字文様のようにみえる。そのため、「かくれキリシタンたちが回転させて十字架に祈っていた」ことが想定されていた。実際のかくれキリシタンの信仰とは関係が無い。 | 画像 (1) |
| 日本キリスト教史関連資料 | N-a-055 | 染付十字文鉢 | 明治時代以降 | 見込みに十字文様が施された鉢。十字文様が施された陶磁器(主に茶碗や鉢)は、キリシタン(南蛮)ブームに伴って、昭和時代中頃までに多数制作されていた。実際のキリシタン・かくれキリシタンの信仰とは関係が無い。 | 画像 (1) |
| 日本キリスト教史関連資料 | N-a-056 | 大黒天像 | 昭和時代か | 大黒天像の底部に十字文様が刻まれる。 | 画像 (2) |
| 日本キリスト教史関連資料 | N-b-001-1 | 宗門御改影踏帳 | 1784(天明4)年 | 島原藩の武士の宗旨を調べた宗門改帳。(天明4年) | 画像 (3) |
| 日本キリスト教史関連資料 | N-b-001-2 | 宗門御改影踏帳 | 1806(文化3)年 | 島原藩の武士の宗旨を調べた宗門改帳。(文化3年) | 画像 (2) |
| 日本キリスト教史関連資料 | N-b-001-3 | 宗門御改影踏帳 | 1816(文化13)年 | 島原藩の武士の宗旨を調べた宗門改帳。(文化13年) | 画像 (2) |
| 日本キリスト教史関連資料 | N-b-001-4 | 宗門御改影踏帳 | 1816(文化13)年 | 島原藩の武士の宗旨を調べた宗門改帳。(文化13年) | 画像 (2) |
| 日本キリスト教史関連資料 | N-b-001-5 | 宗門御改影踏帳 | 1831(天保2)年 | 島原藩の武士の宗旨を調べた宗門改帳。(天保2年) | 画像 (2) |
| 日本キリスト教史関連資料 | N-b-001-6 | 宗門御改影踏帳 | 1831(天保2)年 | 島原藩の武士の宗旨を調べた宗門改帳。(天保2年) | 画像 (2) |
| 日本キリスト教史関連資料 | N-b-001-7 | 宗門御改影踏帳 | 1833(天保4)年 | 島原藩の武士の宗旨を調べた宗門改帳。(天保4年) | 画像 (2) |
| 日本キリスト教史関連資料 | N-b-001-8 | 宗門御改影踏帳 | 1852(嘉永5)年 | 島原藩の武士の宗旨を調べた宗門改帳。(嘉永5年) | 画像 (2) |
| 日本キリスト教史関連資料 | N-b-001-9 | 宗門御改影踏帳 | 1852(嘉永5)年 | 島原藩の武士の宗旨を調べた宗門改帳。(嘉永5年) | 画像 (2) |
| 日本キリスト教史関連資料 | N-b-001-10 | 宗門御改影踏帳 | 1854(嘉永7)年 | 島原藩の武士の宗旨を調べた宗門改帳。(嘉永7年) | 画像 (2) |
| 日本キリスト教史関連資料 | N-b-001-11 | 宗門御改影踏帳 | 1863(文久3)年 | 島原藩の武士の宗旨を調べた宗門改帳。(文久3年) | 画像 (2) |
| 日本キリスト教史関連資料 | N-b-002-1 | 原城紀事巻一 | 1846(弘化3)年 | 島原藩の儒者であった河北温山(1794-1853)によって記された島原・天草一揆の記録。 | 画像 (2) |
| 日本キリスト教史関連資料 | N-b-002-2 | 原城紀事巻二 | 1846(弘化3)年 | 島原藩の儒者であった河北温山(1794-1853)によって記された島原・天草一揆の記録。 | 画像 (2) |
| 日本キリスト教史関連資料 | N-b-002-3 | 原城紀事巻三 | 1846(弘化3)年 | 島原藩の儒者であった河北温山(1794-1853)によって記された島原・天草一揆の記録。 | 画像 (2) |
| 日本キリスト教史関連資料 | N-b-002-4 | 原城紀事巻四 | 1846(弘化3)年 | 島原藩の儒者であった河北温山(1794-1853)によって記された島原・天草一揆の記録。 | 画像 (2) |
| 日本キリスト教史関連資料 | N-b-002-5 | 原城紀事巻五 | 1846(弘化3)年 | 島原藩の儒者であった河北温山(1794-1853)によって記された島原・天草一揆の記録。 | 画像 (2) |
| 日本キリスト教史関連資料 | N-b-002-6 | 原城紀事巻六 | 1846(弘化3)年 | 島原藩の儒者であった河北温山(1794-1853)によって記された島原・天草一揆の記録。 | 画像 (2) |
| 日本キリスト教史関連資料 | N-b-002-7 | 原城紀事巻七 | 1846(弘化3)年 | 島原藩の儒者であった河北温山(1794-1853)によって記された島原・天草一揆の記録。 | 画像 (2) |
| 日本キリスト教史関連資料 | N-b-002-8 | 原城紀事巻八 | 1846(弘化3)年 | 島原藩の儒者であった河北温山(1794-1853)によって記された島原・天草一揆の記録。 | 画像 (2) |
| 日本キリスト教史関連資料 | N-b-002-9 | 原城紀事巻九 | 1846(弘化3)年 | 島原藩の儒者であった河北温山(1794-1853)によって記された島原・天草一揆の記録。 | 画像 (2) |
| 日本キリスト教史関連資料 | N-b-002-10 | 原城紀事巻十 | 1846(弘化3)年 | 島原藩の儒者であった河北温山(1794-1853)によって記された島原・天草一揆の記録。 | 画像 (2) |
| 日本キリスト教史関連資料 | N-b-002-11 | 原城紀事巻十一 | 1846(弘化3)年 | 島原藩の儒者であった河北温山(1794-1853)によって記された島原・天草一揆の記録。 | 画像 (2) |
| 日本キリスト教史関連資料 | N-b-002-12 | 原城紀事巻十二 | 1846(弘化3)年 | 島原藩の儒者であった河北温山(1794-1853)によって記された島原・天草一揆の記録。 | 画像 (2) |
| 日本キリスト教史関連資料 | N-b-003 | 賀川豊彦書 | 1921(大正10)年11月3日 | 大正・昭和期のキリスト教社会運動家・賀川豊彦の書。 | 画像 (1) |
| 日本キリスト教史関連資料 | N-b-004 | 紙踏絵 | 20世紀 | 絵踏に使用された紙製の踏絵。寛文元年と書かれているが、右上に「黒田家」の文字があり、この踏絵を踏むと黒田家をも踏むということになってしまうため、実際に絵踏に使用されていた可能性は低い。 | 画像 (1) |
| 日本キリスト教史関連資料 | N-b-005 | 紙踏絵 | 20世紀 | 絵踏に使用された紙製の踏絵。「筑後国上座郡志波村(現福岡県朝倉市杷木志波)」の印字があり、同所で保管されていたということがわかる。黒田家の家紋である藤巴紋があることから、N-b-004の紙踏絵同様に実際に使用されていた可能性は低い。 | 画像 (1) |
| 日本キリスト教史関連資料 | N-b-006 | 條約書 | 1854(嘉永7)年 | アメリカと結んだ条約文の翻訳や詳細について記されている。 | 画像 (3) |
| 日本キリスト教史関連資料 | N-b-007 | 阿蘭陀国條約並税則全 | 江戸時代後期 | 1858(安政5)年に結ばれた安政五ヵ国条約のひとつ。オランダと江戸幕府との間で結ばれた日蘭修好通商条約の条文を記したもので、全11条及び税則7則によって構成されている。 | 画像 (2) |
| 日本キリスト教史関連資料 | N-b-008-1 | 阿蘭陀国條約並税則全 | 江戸時代後期 | 1858(安政5)年に結ばれた安政五ヵ国条約のひとつ。オランダと江戸幕府との間で結ばれた日蘭修好通商条約の条文を記したもので、全11条及び税則7則によって構成されている。 | 画像 (2) |
| 日本キリスト教史関連資料 | N-b-008-2 | 英吉利国條約並税則全 | 江戸時代後期 | 1858(安政5)年に結ばれた安政五ヵ国条約のひとつ。イギリスと江戸幕府との間で結ばれた日英修好通商条約の条文を記したもので、全24条及び税則7則によって構成されている。 | 画像 (2) |
| 日本キリスト教史関連資料 | N-b-008-3 | 佛蘭西国條約並税則全 | 江戸時代後期 | 1858(安政5)年に結ばれた安政五ヵ国条約のひとつ。フランスと江戸幕府との間で結ばれた日仏修好通商条約の条文を記したもので、全22条及び税則7則によって構成されている。 | 画像 (2) |
| 日本キリスト教史関連資料 | N-b-008-4 | 亞墨利加国條約並税則全 | 江戸時代後期 | 1858(安政5)年に結ばれた安政五ヵ国条約のひとつ。アメリカと江戸幕府との間で結ばれた日米修好通商条約の条文を記したもので、全14条及び税則7則によって構成されている。 | 画像 (2) |
| 日本キリスト教史関連資料 | N-b-008-5 | 魯西亜国條約並税則全 | 江戸時代後期 | 1858(安政5)年に結ばれた安政五ヵ国条約のひとつ。ロシアと江戸幕府との間で結ばれた日露修好通商条約の条文を記したもので、全17条及び税則6則、商税目録によって構成されている。 | 画像 (2) |
| 日本キリスト教史関連資料 | N-b-009 | 諸国公事御定書 | 江戸時代後期 | 江戸時代の犯罪とそれに適応する刑罰をまとめたもの。 | 画像 (3) |
| 日本キリスト教史関連資料 | N-b-010 | 切支丹宗門来朝実記 | 1798(寛政10)年 | 南蛮船が日本へ来航し、キリスト教が受容され、島原・天草一揆を経て禁教が断行される様子までを記したもの。 | 画像 (2) |
| 日本キリスト教史関連資料 | N-b-011-1 | 清俗紀聞巻一 | 1799(寛政11)年 | 寛政11年に長崎奉行・中川忠英を中心に編さんされた清王国の紀聞。当時の長崎では中国南部から多く商人が来ていたため、南部の文化に偏っている。 | 画像 (2) |
| 日本キリスト教史関連資料 | N-b-011-2 | 清俗紀聞巻二 | 1799(寛政11)年 | 寛政11年に長崎奉行・中川忠英を中心に編さんされた清王国の紀聞。当時の長崎では中国南部から多く商人が来ていたため、南部の文化に偏っている。 | 画像 (2) |
| 日本キリスト教史関連資料 | N-b-011-3 | 清俗紀聞巻三 | 1799(寛政11)年 | 寛政11年に長崎奉行・中川忠英を中心に編さんされた清王国の紀聞。当時の長崎では中国南部から多く商人が来ていたため、南部の文化に偏っている。 | 画像 (2) |
| 日本キリスト教史関連資料 | N-b-011-4 | 清俗紀聞巻四 | 1799(寛政11)年 | 寛政11年に長崎奉行・中川忠英を中心に編さんされた清王国の紀聞。当時の長崎では中国南部から多く商人が来ていたため、南部の文化に偏っている。 | 画像 (2) |
| 日本キリスト教史関連資料 | N-b-011-5 | 清俗紀聞巻五 | 1799(寛政11)年 | 寛政11年に長崎奉行・中川忠英を中心に編さんされた清王国の紀聞。当時の長崎では中国南部から多く商人が来ていたため、南部の文化に偏っている。 | 画像 (2) |
| 日本キリスト教史関連資料 | N-b-011-6 | 清俗紀聞巻六 | 1799(寛政11)年 | 寛政11年に長崎奉行・中川忠英を中心に編さんされた清王国の紀聞。当時の長崎では中国南部から多く商人が来ていたため、南部の文化に偏っている。 | 画像 (2) |
| 日本キリスト教史関連資料 | N-b-012 | 高札写 | 1682(天和2)年5月 | 1862(天和2)年に掲げられていた高札の写し。 | 画像 (1) |
| 日本キリスト教史関連資料 | N-b-013 | 切支丹宗門由来記 | 江戸時代 | 南蛮船が日本へ来航し、キリスト教が受容され、島原・天草一揆を経て禁教が断行される様子までを記したもの。N-b-010と似たようなキリシタン実録系の書物。 | 画像 (2) |
| 日本キリスト教史関連資料 | N-b-014 | 肥前国五嶋領転切支丹之類族存命帳(元禄三庚午年二月廿二日) | 1776(安永6)年 | 五島藩において、転びキリシタンの子孫がキリシタンではないか調べたものの記録。 | 画像 (227) |
| 日本キリスト教史関連資料 | N-b-015 | 転切支丹之類族本帳洩候者共之帳(元禄六酉年八月廿五年) | 1776(安永6)年 | 五島藩において、禁教以前にキリシタンであった家を対象とし、彼らが立帰(復宗)していないかどうかを調べさせたもの。本資料は、類族帳原本に記載洩れしていた人物を収めている。 | 画像 (28) |