「自分らしさ」は
自分の内面を凝視しても見つからず、
他者とのつながりの中で
立ち現れてくるものです。
自分の内面を凝視しても見つからず、
他者とのつながりの中で
立ち現れてくるものです。
- 国際文化学部国際文化学科
- 伊東 未来准教授
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大阪大学大学院人間科学研究科博士課程修了。
研究分野は、文化人類学、アフリカ地域研究。
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“あるがまま”よりも重視される
“つくられた”自分らしさ。 -
現代の日本社会は、若い人たちに「自分らしさ」を求め過ぎているように思います。就職活動はその典型です。企業が求めるのは、自由な「自分らしさ」ではなく、自社の理想の人物像に重なる「自分らしさ」です。学生はそれに応えようと、「自分らしさ」をひねり出しているように感じます。SNSでも、自分を演出したり、時には炎上を気にして表現を加減したりしながら発信することが当たり前になっています。本当に私たちは、「自分にしかできないこと」を自己の内面に見つけ、それを発信しなければ、この社会で生きていけないのでしょうか。
現代では、「自分らしさ」を探すことが、他者との比較とほぼ同義になっているように思います。他者との比較は劣等感や焦燥感を生みやすいものです。「自分らしさ」を探していたはずが、他者との比較にとらわれ、自分が他者より秀でている点を血眼になって探していたという人もいるかもしれません。さらに、他者より秀でたところが見当たらなければ、そのことまで含めて積極的に「自己肯定」することが求められます。そうまでして見いだしたものは、本当の「自分らしさ」なのでしょうか。自己を肯定も否定も発信もせず、ニュートラルにただ静かに存在することすら、「自己肯定が足りていない」とみなされるとは、なんとも生きづらい社会です。
私が研究しているアフリカの一部の地域では、「年齢階梯集団」と呼ばれる世代ごとの集団を重視する社会があります。そこでは、年齢グループごとに社会の中で求められる役割があり、さらにそのグループの中でも役割や立ち位置が存在し、それを果たすことが何より大切だと考えられています。自分の希望ではなく、すでに社会の中で役割が定まっているなんて不自由だと思う人もいるかもしれません。しかし、「自分の思いのままに生きること」よりも、「自分が生きる社会で、周囲から求められる立場で自分の良さを生かすこと」が大切な社会もあるのです。それは決して「自分らしさ」の放棄ではありません。文化が違えば、「自分らしさ」の捉え方も異なるのです。 -
「自分らしさ」は、
自分ひとりでは見つけられない。 -
私たち人間は、ゲームのキャラクターのように数値化・明文化される「スペック」で構成されているわけではありません。また、他者と明確に区切られて独立した「実体」があるわけでもありません。本来の「自分らしさ」は他者との比較ではなく、他者との関わりの中で生まれるものです。
文化人類学における南アジアやメラネシアの研究には、個人は他と不可分(individual)な1つの存在ではなく、一緒に食事をしたり、言葉を交わしたり、儀礼を共にしたりといった他者との関わりを通じて成り立つ「分割可能な人格(dividual)」として捉えられているという分析があります。つまり、「自分」とは他者から独立した存在ではなく、関わる相手によって、「自分」も流動的に変化するという考えです。例えば、恋人といる時の自分と家族といる時の自分が違うことは、ごく自然なことです。それを1つの「自分らしさ」に集約しようとすること自体に、無理があるのかもしれません。
もちろん、他者と自分を比較して、自分の社会における位置付けを俯瞰(ふかん)してみるのも良いでしょう。しかし、比較は他者とのつながりの1つに過ぎません。そもそも、自分に固定した実体がないのであれば、「自分らしさ」は内面を凝視しても見つからず、他者とのつながりの中で初めて見えてきます。「あなたはいつも私を支えてくれ。あなたが苦手なことは私が支えよう」。そんな持ちつ持たれつの関係の中で、「自分らしさ」は立ち現れます。そうして人と人との間に生まれるお互いの「自分らしさ」を、ゆるやかに尊重し合う。そんな関係を築くことは難しくも幸せであり、それこそが私たち人間が人間である所以だと思うのです。
学生の皆さんは、この先も折りに触れて「自分らしさ」に向き合うことがあるでしょう。ぜひ、他者との関わりの中にある「自分らしさ」を見つけてください。そのためには、社会の「お客さん」ではなく、社会の「一員」として、世の中のさまざまなことを問うてください。疑問に思ったことを他者と議論し、どうすれば互いがより良く生きられるかを考えてみてください。その積み重ねの中で、自分らしさは立ち現れるはずです。
「自分らしさ」は自らつくるもの。
「どう在りたいか」という目標を持ち、
それを指針として行動を積み重ねることが
望む「自分らしさ」につながります。
「どう在りたいか」という目標を持ち、
それを指針として行動を積み重ねることが
望む「自分らしさ」につながります。
- 人間科学部児童教育学科
- 村上 大記准教授
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筑波大学大学院人間総合科学研究科
体育学専攻博士前期課程修了。
研究分野は、スポーツコーチング。
-
過去を振り返るだけでなく、
未来志向で自分らしさを考える。 -
今のあなたの「自分らしさ」は、どのようにしてつくられてきたのでしょうか。これまで経験してきたことの積み重ねによって、今の「自分らしさ」が育まれてきたのではないでしょうか。そうであれば、未来の「自分らしさ」も、これから経験することによって、形づくられていくはずです。つまり、「自分らしさ」は可変的なものであり、自らの行動や選択によって、「自分らしさ」を「自分の望む在り方」に近づけていくことができると考えられます。
では、望む「自分らしさ」に近づくためには、どうすれば良いのでしょうか。そのヒントを私の研究分野であるスポーツコーチングの観点から考えてみます。コーチという言葉は「馬車」が語源で、人を目的地まで運ぶという意味があります。そこから転じて、コーチングは、その人が目標を達成できるように支援することを目的としています。近年のスポーツコーチングは、勝利至上主義への批判から、競技力だけでなく、人格形成や人間力を高めることも同時に目標とする「ダブルゴール」という考え方が広がっています。
では、この2つの目標は何が違うのでしょうか。前者は「どうなりたいのか」という目標です。「優勝する」「新記録を出す」といったような、結果が目に見えるものです。一方、後者は「どう在りたいか」という目標で、大事にしたい考え方や価値観といった目に見えないものです。例えば私が指導をしているラグビー部では、「九州二強」という競技に関しての目標を持つ一方で、チームの理念として「人としての成長」を掲げています。日々の行動や取り組みが、「人としての成長」につながっているのかを行動の指針としており、立ち返るよりどころになります。また、一人ひとりがその理念を意識して行動することで、それがチームの文化となり、「チームらしさ」を形づくっていくことにつながります。
「自分らしさ」も同様に、まずは「どう在りたいか」という目標を持つことが大切です。誰かに与えられた目標ではなく、自分で考え、見出した目標だからこそ、行動する原動力となります。そして、日々どのような行動を取れば、目指す自分に近づけるのかを、自分自身をコーチングしていくことが、望む「自分らしさ」を育んでいくことにつながります。
「自分らしさ」を考えるとき、過去を振り返ることはもちろん大切です。しかし、「こう在りたい」という未来の自分を思い描くことも、「自分らしさ」を育む大切な視点なのです。 -
置かれた環境の中で、
「在りたい自分」を目指す。 -
「どう在りたいか」という目標を立てた後、どのように行動すれば良いか悩んでしまう人もいるでしょう。確かに、行動を大きく変えることは簡単ではありません。大切なのは、スモールステップの積み重ねであり、日常生活の中の小さな選択を変えていくことが、後の大きな成長につながります。「信頼される人間である」という目標を持つのであれば、何らかの選択を迫られた時に、信頼される人間であればどのように行動するだろうかと思いめぐらせてみてください。その結果として例えば、時間厳守や提出物を期限内に出すなど、面倒と感じることにも前向きに取り組んでみる。その小さな積み重ねが望む自分へと近づけてくれます。
また、その過程では、自分自身を褒め称えることも大切です。どんな小さなことでも、「これくらい」と思わず、「これができた」と自分の成果や成長を認めることが継続の力となります。
「どうなりたいか」という目標は結果であり、誰もが実現できるとは限りません。しかし、「どう在りたいか」は、結果に左右されるものではありません。例えば就職活動で志望した企業や業界の内定を得ることができなかったとしても、「どう在りたいか」という目標は変わらず持ち続けることができます。それぞれの環境の中で目標に沿った行動を続けることで、望む「自分らしさ」へ向かって成長していくことができるのです。
そのためには、まずは勇気を持ってコンフォートゾーンの外へ一歩踏み出しましょう。失敗を恐れて、安全で居心地の良い場所にとどまっていては、何の変化も起こりません。時には傷ついたり、落ち込んだりすることもあるかもしれません。しかし、身をもって体感した経験はあなたを大きく成長させ、かけがえのない「自分らしさ」を形づくってくれるはずです。