猫の視点で歴史や文化を見直すと、
地域や時代によって変化する
人間と猫の関係から、
人間という生き物の本質が見えてきます。
  • 人間科学部社会福祉学科
  • 山根やまね 明弘あきひろ教授
  • 九州大学大学院理学研究科生物学専攻博士課程修了。
    研究分野は生物学、動物生態学、
    保全生態学、生命科学、ねこ学。
女神か、魔女の手先か。
人間の都合で左右される猫の運命。
 私は長年、「ねこ学」というテーマで研究を続けています。猫の生態はもちろん、猫と人間が長い歴史の中でどのように関わり、時代や国によってその関係性がどのように変化してきたのかを探求しています。
 さて、人間と猫の最初の出会いは、今から1万年前。チグリス川とユーフラテス川流域のメソポタミア地方と言われています。肥沃な大地に恵まれたこの地は、人類が最初に農業を始めた場所でもありました。この頃、人間にとって最大の敵は、収穫した穀物を食い荒らすネズミでした。そこに現れたのが、猫の祖先とされる野生のリビアヤマネコです。厄介なネズミを退治する彼らは人間にとって非常にありがたい存在です。しかも、人間を襲うこともなく、愛らしい見た目も人々を引き付けました。一方、猫にとっても人間のそばには好物のネズミが多くいるため、暮らしやすい環境でした。こうして利害が一致した両者は距離を縮めていき、猫は人間と生活を共にするようになります。牛や羊のように人間の都合で家畜化した動物とは異なり、互いに歩み寄って関係を築いた点は非常に興味深いところです。
 紀元前2000年頃の古代エジプトでは、現在の原型となる猫の姿が壁画に多く描かれるようになります。中でも、猫の頭を持つ女神バステトは豊穣を司る神として崇められ、猫は神聖な存在でした。さらに、猫は国を豊かにする存在として国外への持ち出しが禁じられていたことからも、猫がいかに大切に扱われていたかがうかがえます。
 一方、中世ヨーロッパでは一転して、猫は虐げられる存在となります。当時、キリスト教を布教するため、古くからある宗教を排除しようとする動きの中で魔女狩りが行われ、魔女の手先とみなされた猫、特に黒猫は忌み嫌われ、多くの命が奪われました。その影響からネズミが爆発的に増え、ペストが蔓延したともいわれています。
 こうして猫の目線で世界の歴史をたどると、猫は各地で人々と独自の関係を築き、生活や文化に影響を与えてきたことが分かります。同時に、ある時は神として崇め、ある時は悪魔の手先として命を奪う。人間がいかに身勝手な生き物であるかを考えさせられます。
 昨今の熊の問題も、熊の目線で考えれば、人間優位に自然を開発し過ぎた結果ともいえるでしょう。そして、人間は道徳的に進歩する生き物と言うけれど、過去を振り返り、自らの行いを省みることも必要なのではないでしょうか。
日本の生業を陰で支えた
知られざる猫の活躍とは。
 日本における猫の歴史を見てみると、その渡来は約1400年前の飛鳥時代といわれてきました。仏教の経典をネズミから守るため、船に乗せられて日本にやって来たといわれています。しかし近年、壱岐島のカラカミ遺跡で猫の骨が発見され、弥生時代には猫が渡来していた可能性も指摘されています。
 こうして古くから日本に住み着いた猫は、ネズミを退治するという本来の能力を最大限に発揮し、農業・漁業・養蚕業という日本の主要な生業を支えてきました。農業では米を守り、漁業では船を守り、そして、養蚕業では蚕や繭をネズミから守りました。特に生糸は、明治時代の日本を代表する輸出品だったことを考えると、猫は日本の発展を陰で支えた存在でもあったのです。
 こうした日本独自で育まれた猫との関係は、文化の面でも色濃く表れています。江戸時代の浮世絵では猫が踊っていたり、酒に酔ったりとユーモラスに擬人化され、庶民に親しまれてきました。現代で例えるなら、ポケットモンスターのニャースやドラえもんなど言葉を話す猫のキャラクターは日本では自然に受け入れられています。でも実は、こうした表現は海外では珍しく、猫と人間の境目が曖昧である点に、日本人独特の感性が表れており、これこそが猫が日本で築いた独自の関係性といえるでしょう。
 学生の皆さんは就職活動の早期化で目の前の課題をこなすことに追われがちです。しかし、大学は本来、人生を幸せに生きるための術を学ぶところです。好きなことに打ち込み、もっと自由に人生を考える時間も大切にしてほしいと思います。「少し疲れたな」と感じたときは、自由気ままな猫を見習ってみるのもおすすめです。
経済学の視点で猫ブームを分析すると、
「孤独」を癒す存在として
猫人気が高まる一方、
野良猫の餌付けなどの
社会問題も存在しています。
  • 経済学部経済学科
  • 山村やまむら 英司えいじ教授
  • 東京都立大学大学院社会科学博士課程修了。
    研究分野は行動経済学、経済発展論、経済地理。
悪意のない猫への餌付け、
その裏で発生する見えないコストとは?
 今、日本は空前の猫ブームといわれています。ここ数年、猫を飼う人は増え続け、その飼育頭数は犬を上回りました。こうした猫ブームを経済学の視点で分析してみると、1つのキーワードが浮かび上がってきます。それが「孤独」です。大都市での単身生活や超高齢化に伴う独居の高齢者の増加は、現代の日本における深刻な問題であり、多くの人が孤独を感じていると考えられます。そして、その寂しさを埋める存在として、猫を家族の一員として迎える人が増えています。
 しかし、こうした個人の満足の裏側で、猫に関する社会問題も指摘されています。その1つが、野良猫への餌付けです。野良猫への餌付けはむやみに猫を増やし、糞尿被害や殺処分といった問題を引き起こしています。このような現象を、経済学では「負の外部性」といいます。
 外部性とは、市場取引の外側で発生するコスト(お金・時間)や便益のことを指します。家で猫をペットとして飼う場合、飼い主が猫に関わるコストを全て負担する代わりに、「癒やし」という便益を得ており、コストも便益も飼い主の間で完結しています。しかし、野良猫の餌付けは、餌付けをする人が「癒やし」という便益を得る一方で、糞尿の清掃コストや殺処分にかかる費用は、市場の外である社会が負担することになります。このように、ある人の行動が市場を介さずに第三者に意図せず不利益をもたらすことも「負の外部性」といえます。
 では、この問題を経済学的なアプローチで解決する場合、どのような方法があるでしょうか。
 従来の経済学では、負の外部性によって生じるコストを「内部化」するという考え方があります。糞尿問題や殺処分のコストを、餌付けをする人自身が負担すれば、コストも便益も市場の中で完結します。また、野良猫に癒やしを求めるのではなく、自分の家で猫を飼い、そのコストを負担することでコストの内部化を実現することができるでしょう。しかし、現実には実行が難しい面もあるため、地域で餌付けのルールを設けるなど、より現実的な解決策が求められます。
人の心理に寄り添う
行動経済学から見る餌付け問題の解決法。
 次に経済学の一分野である「行動経済学」の視点から、この問題について考えてみましょう。
 行動経済学とは、人は必ずしも合理的に行動するとは限らず、感情や心理に影響されて意思決定を行うと考えます。これは、人はお金などに基づいて合理的に行動することを前提とする従来の経済学と対照的で、心理学の手法を取り入れた分析を特徴としています。その代表的な手法として、「ナッジ」があります。ナッジとは、強制することなく人の行動を望ましい方へさりげなく誘導する手法です。例えば、自然と列に並ぶよう促すコンビニエンスストアの足跡マークはその一例です。
 そこで、行動経済学では、餌付け問題について外部性が発生する前の段階で猫に依存しない行動を促すことが重要と考えます。餌付けの背景にある「孤独」に着目し、人と人がつながる場を設け、そこへ自然と参加を促すナッジを設計することが有効です。また、「あなたの餌付けで皆が困っています」というネガティブなメッセージではなく、「餌付けするのではなく、あなたが自宅で猫を飼うことで皆が幸せになります」というポジティブなメッセージを通じて行動変容を促すことも、ナッジを活用した外部性の内部化につながるでしょう。
 そして、孤独の問題は学生生活にも無関係ではありません。実りある学生生活を送るためには、自分の居場所を作ることが大切です。SNSでは華やかな学生生活が目に入ることがあるでしょう。しかし、大切なのはリアルな人間関係です。面と向かって会話できる等身大の関係こそが安心できる居場所になります。他愛ない話を気兼ねなく続けられる。そんな関係にこそ、意味があるのではないでしょうか。ぜひ人とのつながりを大切にし、自分らしく居られる居場所をキャンパスで見つけてください。
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