その定義の曖昧さと理論の矛盾を問う。
私の研究分野は、「刑事法」です。刑事法は、犯罪と刑罰に関するルールをまとめた法律分野であり、「刑法」「刑事手続法」「刑事政策」の3つの領域に分けられます。中でも、私は刑法第60条以下に規定される「共犯」に着目し、20年以上にわたり共犯論の研究を続けています。
「共犯」については、どこまでを正犯(主犯)とみるか、さまざまな解釈があります。刑法第60条では、「二人以上共同して犯罪を実行した者は、すべて正犯とする」と定められています。これを「共同正犯」といい、条文上は “実際に現場で一緒に実行した人”が正犯=主犯になるわけです。例えば、AとBが共謀して銀行強盗を計画し、Aのみが実行し、Bは現場に行かなかった場合、この考え方によれば、Aは正犯になりますが、Bは正犯になりません。
しかしながら、「共謀共同正犯論」という学説が主張されていて、この立場では、たとえ現場にいなくても、共謀に加わっていれば、正犯に含まれると考えます。そのため、先ほどのBもAと同様に正犯となります。この考え方を用いれば、例えば、部下に犯罪を命じた指示役を正犯として裁くことができます。大審院以来、最高裁判所もこの立場を採用したことから、現在は共謀共同正犯論が通説とされています。
しかし、犯罪をそそのかした罪(教唆犯)や手助けした罪(幇助犯)を刑法が定めていることを踏まえると、共謀共同正犯は認めるべきではないというのが私の考えです。そこで、被害に対する関与の度合いに応じて正犯と区別する「因果的共犯論」の立場から、これを立証する研究を続けています。ただ、共犯論は学説の対立が激しく、さまざまな問題が絡み合うことから、「絶望の章」と呼ばれるほど難解です。しかし、難解だからこそ、理論を論理的に立証していく過程に面白さを感じています。
そのほかに取り組んでいる研究に「再審」があります。再審法は約80年前に現行法が施行されて以来、一度も改正されていません。そうした中、現在改正の動きが見られ、その必要性について検討を行っています。また、2023年に最高裁で逆転無罪となった死体遺棄事件に関わったことを契機に、死体遺棄罪を含む刑法第190条の研究にも取り組んでいます。
そもそも法律学は机上で完結するものではなく、裁判する際の規範となるものです。既存の法の解釈で問題を解決できない場合、法改正を視野にいれて研究を行います。その意味で、理論の立証に留まらず、実務と結び付くことに醍醐味を感じています。同時に、研究者は研究の成果を社会に還元する義務があると考えています。たとえ何十年かかったとしても、自らの研究が法制度の改善や適正な運用の一助となることが私の目標です。
どんな学生でしたか?
きっかけは?
3年次はグループワークを中心に活動し、テーマは学生同士の話し合いによって決定します。法律学は社会科学であるため、その時々の社会状況や法改正の動きによってテーマも変化します。例えば、少年法改正が行われた年には「少年法改正」、拘禁刑が施行された年には「刑罰論」を取り上げました。再審事件が社会的に注目された年は、「再審」をテーマに、再審が認められた事件を分析しながら、制度の問題点や仕組みについて多角的に議論しました。今年度前期のテーマは「事例問題を解く」です。重要な判例を基にした架空の刑事事件を題材に、弁護士班、検察班、両者の主張を判断する班に分かれ、模擬裁判形式で刑事法を実践的に学んでいます。
毎年、学生の興味関心に応じてテーマを設定していますが、「なぜこのテーマなのか」「なぜ今取り上げる必要があるのか」を十分検討し、問題意識を持ってテーマに取り組むことを大切しています。また、情報収集力やプレゼンテーション力、ディスカッション力など、社会で求められるスキルを身に付けることもゼミ活動の重要な役割と考えています。
福永ゼミの大きな特徴は、「ゼミは学生のもの」という考え方のもと、学生主体で運営している点です。テーマ設定や議論の進行も学生主体で行い、学生自らが学びを作り上げていくことが魅力です。
また、教室の外で学ぶ機会も積極的に取り入れています。「刑罰」をテーマにした年は、福岡刑務所などの刑事施設の見学や、矯正研究所の職員への取材を実施。「再審」を取り上げた年は、事件を担当した弁護士から直接話を聞く機会を設けました。これらの活動を通して、法律が実際に使われている現場に触れ、法律をより身近に学ぶことを大切にしています。こうした学びを土台に、4年次には、卒業研究やゼミ論文に取り組みます。
知識や経験はどれだけ増えても、荷物になりません。ゼミの学びを通して、1つでも多くの知識や経験を自分の引き出しに蓄え、社会で生かしてほしいと思います。