特集 私が見つけたGLOBAL

国籍や性別、年齢など関係なく相手を笑顔にしたり、価値を与えたりできること。 髙山 柊翔さん

競技の枠を超えた心の交流で実感した真の「GLOBAL」

 私は大学3年次に1年間休学し、ワーキングホリデーを利用してオーストラリアに滞在しました。その目的は、中学生の頃から続けているフリースタイルフットボールの技術向上と世界大会への挑戦です。留学ではなくワーキングホリデーを選んだのは、限られた時間をフリースタイルフットボールに注ぎたいと考えたからです。
 フリースタイルフットボールは、サッカーのリフティングやドリブルなどの技術を“魅せるパフォーマンス”として表現する競技です。マイナースポーツで競技人口は多くありませんが、競技者同士にはファミリーのような絆があり、ボール1つでつながれる感覚があります。
 オーストラリアでは、公園で練習していると、「すごい!」「どうやってやるの?」と老若男女問わず、フレンドリーに話しかけてくれ、日本では味わったことのない経験をしました。時には、初対面でパーティーに招待されてパフォーマンスをしたり、子どもにリフティングを教える仕事につながったりすることもありました。
 これまでフリースタイルフットボールの魅力をプレイヤー同士の中にしか見出せていなかった私にとって、良い意味でのカルチャーショックでした。国籍や年齢、性別を問わず、ボール1つで笑顔や感動を届けることができる。お互いの心が国境を越えて通い合うことが本当の意味での「GLOBAL」である。そう実感した忘れられない経験でした。

日本を離れ、自分と向き合い見つけた自分の「軸」。

 実は、休学してまで海外に飛び出したのは、今後フリースタイルフットボールにどのように関わっていくかを模索し、将来のキャリアについて考える時間をつくるためでもありました。競技者を続けていくのか。それとも、別の関わり方を見つけるのか。その答えは、オーストラリアで出会った人たちの笑顔が教えてくれました。競技者としてではなく、自らの経験を生かし、その魅力や感動を世界に伝える立場としてフリースタイルフットボールの発展に貢献したい。これが私の目指す道だと確信し、現在はフリースタイルフットボールのイベントなどに関わる事業の立ち上げを計画しています。
 この選択ができたのは、海外へ飛び出し、日本社会の歯車の外から自分を客観的に見ることができたからです。何にも属していない自分と向き合う中で、フリースタイルフットボールは自分の「軸」となるものだと改めて気付くことができたのです。
 また、日本を離れたことで得たもう1つの気付きがあります。それは、「国籍」というフィルターを外し、一人の人間として相手を見ることでより深くつながれるということ。多文化社会のオーストラリアで暮らす中で初めて実感することができました。そして、国籍に対する固定概念や偏見は、ニュースやSNSなど外部の情報によって無意識に形成されていることを痛感し、自分の価値観を見つめ直す意味でも、外から自分を見ることの大切さを学びました。

「好き」を持って飛び出せば、世界はもっと広がる。

 今の私にとって、フリースタイルフットボールは世界を知るためのツールであり、世界とつながるための言語であり、生き方そのものを広げてくれるものになっています。何か1つでも自分の好きなもの、情熱を持って取り組んでいることを自分の「軸」にすることで世界は想像以上に広がります。そして、その広がりの中で多くのことを学ぶ過程で、まだ見えない自分の輪郭が少しずつ形作られるはずです。
 私は1年間、好きなことを通して自分と向き合った結果、「迷った時はより挑戦できる方を選ぶ」というマインドを育むことができました。そして今、海外へ行く前から漠然と憧れを抱きつつもハードルが高いと感じていたパイロットという職業に対しても、「自分にも挑戦できるはず」と意識が変化し、フリースタイルフットボールと両立しながら、新たな夢に向かって勉強に励んでいます。
 ぜひ皆さんも海外で経験と出合いを積み重ね、自分を「広げる」と「深める」を繰り返しながら成長する自分を楽しんでください。

新しい挑戦、新しい発見、
新しい出会いが絶えず生まれ続けること。 木村 心那さん

自分の殻を破った、初めての海外インターンシップ。

 いつか海外で働いてみたいー。この目標が芽生えたのは、高校生の頃。ニュージーランドの留学で出会った友人がきっかけでした。移民の彼女たちは、母国の経済が不安定なことから、将来、家族を支えるために海外で働くことを決めていました。同世代でありながら、自分と全く異なる視点で世界を捉えていることに衝撃を受けた一方、次第に「海外で働く」ということを経験してみたいと考えるようになりました。
 その一歩として、大学1年次にフィリピンのホテルでの5日間のインターンシップに参加しました。私はマーケティング部に配属され、動画コンテンツの作成やSNSの運用、イベントに向けた企画立案などを任されました。しかし、言葉の壁に直面し、何もできないまま時間だけが過ぎていくばかり。それでも自分から動かなければ何も始まらないと、拙い英語で積極的にコミュニケーションを取り、自分の意見を言葉にすることを実践。最終日には、任された業務をやり遂げることができ、微力ながらチームに貢献することができました。
 この5日間を振り返ると、「分かりません」「教えてください」と自ら聞けるようになれたことは、私にとって大きな成長でした。何より、「日本人は物静かなイメージだったけど、君は積極的に話しかけてくれたね」と言ってもらえた時は、自分の殻を破れたと実感した瞬間でした。

多様性の中で実感した日本人ならではの「察する力」の大切さ。

 2度目の海外インターンシップは、大学4年次の後期に参加した「西南ディズニー・インターンシップ・プログラム」です。このプログラムはアメリカ・フロリダ州の「ウォルト・ディズニー・ワールド」で半年間、有給キャストとして働くことができるため、入学前から挑戦することを志していました。限られたチャンスの中で倍率も高かったのですが、四技能の語学力向上に全力で取り組み、2度目の選考でその切符をつかむことができました。
 そんな夢にまで見た憧れの職場は、世界各国からキャストが集まる場所。多様な価値観が交わる環境の中、「お客様の笑顔のために」という共通の目標に向かい、それぞれが役割を担っていました。しかし、仕事に対する姿勢はさまざま。フードコートのキッチンで働いていた時、どんなに忙しくてもマイペースで仕事をする仲間や、プライベートで嫌なことがあった日に不機嫌そうに接客するスタッフに対してリーダーが「そういう日もあるよね」と役割を変えたことも。当初は、「単なるわがままなのでは?」と感じることもありました。しかし、彼らが自分の特性を生かして接客する姿に触れた時に、苦手なことも含めて個性と認め、一人ひとりの強みを生かす適材適所の考え方こそが、多様性の良さなのだと気付いたのです。
 そして、多様な個性が集まる場で私が見つけた自分の強みは、気持ちや状況を察する力でした。忙しい時には、「笑顔で、楽しくやろう」と皆を和ませたこともあれば、元気がない仲間に「今日は笑顔じゃなくても大丈夫だよ」と寄り添うこともありました。
 しばしば、「察する」という日本人ならではの特性は、自己主張が重視される海外では弱みと捉えられがちです。しかし、この経験を通して、それもまた多様性の中で生かすことができる大切にし続けたい強みだと考えています。

当たり前の環境から飛び出した先に成長が待っている。

 私が2度の海外インターンシップを経験して得た学びは、当たり前が通用しない環境に身を置くからこそ、小さな挑戦でも自分の力で乗り越えた時の達成感は大きく、そこから新たな出会いが生まれるということです。また、「GLOBAL」な学びとは、単に言語を学ぶことではなく、多様な価値観や社会課題を理解し、世界と関わることだと実感しました。この経験から、現在は、日本と世界をつなぐ国際物流の分野に興味を持っています。
 そして海外で過ごすことはその国のことを知るのと同じくらい、日本の魅力を再認識する機会にもなります。新しい視点から日本や世界、そして自分自身を見つめ直すために、ぜひ学生のうちに一歩を踏み出してください。

相手の世界に飛び込み、
異なる価値観を認め、理解しようとする心。 ヤヤオイ・リヤドさん

異文化との出会いが教えてくれた「違い」という豊かさ。

 私が西南学院大学への留学を通して見つけた「GLOBAL」は、相手の世界に自分から飛び込み、自分の価値観を押しつけず、相手の価値観を理解することです。
 この気付きを得たきっかけの1つが世界中の学生が共に学ぶカリキュラムである「GlobalLiberalArts」でした。「価値」「正義」「表現の自由」という概念について、日本人や他の国の学生とディスカッションした時、考え方が大きく異なることを実感しました。例えば、フランスでは赤信号でも渡る人が少なくない一方、日本では青信号まで待つのが常識であり、正義やルールに対する価値観の違いが表れています。また、フランスはどこでも自由に喫煙できますが、日本では喫煙所に限定されるのは、健康を重視する文化の表れだと感じました。異なる文化を持つ同世代と議論できた経験は、多様な考え方を受け入れる大切さを実感する貴重な機会となりました。
 教室の外でも、「GLOBAL」に対する理解を育む機会がありました。国際寮では、さまざまな国から来た学生たちと日常を共にする中で、あいさつや食事など、身近な場面にも異文化が存在していることを実感。西新商店街や温泉地に訪れた際には、言葉の壁はあるものの、ジェスチャーを交えながら、地元の人たちと心が通じ合う喜びを体験し、何気ない日常の瞬間にこそ、「世界とつながる」ということの本質があるのだと感じています。
 こうした経験は私の日本のイメージを一変させました。留学前は、規律正しく、時に人間関係において冷たい一面もある国というイメージでしたが、実際には、人々は心温かく、海外の文化に興味を持って歩み寄ってくれる。そんな人間味あふれる日本を発見することができました。そして、国と国の違いを肌で感じたことで、「違い」とは障壁ではなく、「豊かさ」だと感じるようになりました。これを理解することこそが、真の意味で「グローバルに世界を見る」ということだと確信しています。

世界は多様な社会のモザイク。
異なるものと共生するには、「自分」が変わること。 立石 剛さん

世界は多様である。その「違い」を体感して共に生きる力を!

 「GLOBAL」という言葉を聞くと、「世界は同じ」という均質化されたイメージを持つ人は多いのではないでしょうか。しかし、私は、世界はモザイクのように多様で、それを理解し受け止めることが大切と考えています。
 この考えに至ったのは、約10年前、研究テーマである「アメリカ経済」の実態を現地で調査するため、アメリカ・テキサス州のベイラー大学へ交換教授として赴任した経験がきっかけです。
 アメリカ南部では、「小さな政府」という政策が展開されています。これは、企業や個人の自助努力を重視し、政府が経済活動や福祉にあまり介入しないという考え方です。この政策をアメリカ国民はどのようにとらえているのか。都市部のリベラル派では反対意見が多いのですが、経済的にはあまり豊かでない地域が多いアメリカ南部はこの政策を支持しているのです。「豊かでない地域こそ、政府の支えが必要なはずなのになぜだろう?」この疑問を解決するためにテキサス州に向かいました。
 現地では、週末ごとに教会へ通い、商工会議所や日系企業を訪ねるなど、地域の人との交流を中心に現地調査に努めました。そこで分かったことの1つは、歴史と風土によって形成された地域コミュニティーの中に、政府に頼らず支えあえる共助の仕組みが根付いていたことです。つまり、地域社会は、風土、宗教、文化など固有の要素によって歴史的に形成されており、それが経済における地域の特殊性や多様性を生み出しているのだと理解できたのです。
 多様な世界は、自分の価値観や考え方を謙虚に問い直すことを求めます。現在、世界が多様である理由を深く考えることなく、自分の価値観だけで判断してしまう場面がしばしば見られます。しかし私たちは、世界の多様性の中に身を置き、自分の常識が通用しないという経験を通じてこそ、世界を理解することができます。これこそが「GLOBAL」への第一歩だと思うのです。
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