入来 容子
フランス料理といえば、言わずと知れた世界三大料理のひとつであり、中でも「高級フランス料理」は2010年にユネスコ無形文化遺産にも登録された世界最高峰の美食とされています。誰もが、美しくセッティングされたテーブルに並ぶ豪華で優雅な洗練された料理の数々を思い浮かべることでしょう。
しかし、私が興味を持ったのは、典型的なフランス人家庭では、毎日どのような料理が食べられているのだろうということでした。料理は愛情だと言われますが、そういう意味では家庭料理が最高のごちそうだと思うからです。
そこで私はホームスティの期間、フランス人家庭の日常の食生活を実際に体験しながら、フランス家庭料理について調査、研究することにしました。その過程で現代フランスの食事情もかいまみえてきたので合わせて報告します。
チュニジア人のホストファザー、フランス人のホストマザー(以下マダムと表記)のLeffre夫妻と夏休みで遊びに来ていた2人のお孫さん姉妹が私のホストファミリーです。Leffre家は、長年にわたり世界各国から多くの学生を受け入れており、ちょうど私がお世話になった時期も私を含めて日本人2人、ドイツ人、スペイン人の学生がホームスティしていました。
ホストファザーは、バカンス中で残念なことに、滞在中一度もお会いすることは出来ませんでした。しかし、偶然にも、マダムは以前レストランを経営されていたこともあり、とても料理上手だったので、研究テーマを家庭料理に決めていた私にとって、非常に幸運なことでした。しかも、若いころ日本に一年滞在していた経験があるのも心強いことでした。
マダムはイスラム教を信仰しているため、イスラム暦に従って毎日食事の時間が違うので、私たち学生と一緒に食事をとることはありませんでしたが、給仕をしてくださりながら、学校の話や観光の話など会話を盛り上げ、和やかな雰囲気をつくっていました。なにより、マダムの料理には、食べる人への愛情が溢れており、夜食の差し入れや、誕生日のサプライズなど細やかな心配りが感じられました。私が家庭料理について調べてることもご存じだったので、毎回料理について説明してもらいましたが、半分くらいしか理解できなかったことが残念でした。
4週間の滞在中、夕食の時間はマダムの笑顔とおいしい料理と身振り手振りを交えたカタコトのフランス語(時には英語)が飛び交う心地よい時間で、私にとって忘れることの出来ない大切な思い出です。
[朝食] パン(食パンが多かった)やビスコットに手作りのジャム数種類とチョコペーストが添えられていました。飲み物は、野菜ジュース、フルーツジュース、牛乳、ココア、コーヒー、紅茶から各自好きな物を選んで飲みます。
※牛乳は、甘く加工してあるもので驚きました。
[夕食] 私が学校帰ってくる頃までにマダムによって夕食の準備がだいたい整えられていました。マダムの許可をもらい、毎日献立を記録し、写真を撮らせてもらいました。
8/7 カンパーニュ(田舎パン)、サラダ、野菜のポタージュ、チーズと野菜のキッシュ、ヨーグルト(マロングラッセ添え)
8/8 バゲット、サラダ、チュニジア料理(ジャガイモ、にんじん、ハンバーグ、豆類を煮込んだもの)、ガトーショコラ
8/9 バゲット、にんじんサラダ、野菜のポタージュ、テリーヌ、りんごのタルト
8/10 バゲット、コーンとトマトのサラダ、いんげんとにんじんぼソテー、魚のハンバーグ、カレーピラフ、プラム
8/11 カンパーニュ、サラダ、ラザニア、ヨーグルト(マロングラッセ添え)
8/12 カンパーニュ、ズッキーニサラダ、手作りピザ、ピーチ、プラム
8/13 バケット、サラダ、トマトのポタージュ、バターライス、チキンのマッシュルームのクリームソース、チョコレートムース
8/14 バゲット、サラダ、トマトのポタージュ、チーズとズッキーニのキッシュ、チョコレートムース
8/15 バゲット、サラダ、チュニジア料理、フルーツポンチ
8/16 バゲット、サラダ、カルボナーラ、ウィンナー
8/17 サラダ、クスクス、青リンゴヨーグルト
8/18 バゲット、サラダ、タジーヌ、トマトソースのパスタ
8/19 バゲット、サーモンのムニエルほうれん草クリームソース添え、むぎのピラフ、フルーツポンチ
8/20 カンパーニュ、ポテトサラダ、トマトとチーズのサラダ、魚のハンバーグ、ラフランス
8/21 カンパーニュ、サラダ、トマトのリゾットアンチョビ添え、フルーツポンチ
8/22 バゲット、サーモンとキャベツのサラダ、ピーマンの肉詰め、手作りプリン
8/23 バゲット、にんじんのサラダ、サーモンとキャベツのサラダ、ラディッシュサラダ、牛肉のステーキ、麦のチーズチャーハン、青リンゴのヨーグルト
8/24 バゲット、サラダ、トマトソースパスタ
8/25 バゲット、サラダ、チーズのキッシュ、マスカット、プチガトー
8/26 バゲット、ジャガイモとチーズとトマトのサラダ、チーズのキッシュ、プチスイス(ヨーグルトみたいなもの)
8/27 ※モンサンミッシェル観光のため、外食
8/28 バゲット、サラダ、ラザニア、ブリック、マンゴーヨーグルト
8/29 バゲット、サラダ、ピーマンの肉詰め、ブリック、フルーツポンチ
8/30 バゲット、サラダ、トマトのポタージュ、ブロッコリーのキッシュ、プラム、メロン
8/31 バゲット、サラダ、チュニジア料理、オレンジヨーグルト
9/1 バゲット、サラダ、チーズとジャガイモのキッシュ
9/2 バゲット、サラダ、チキンロースト、カレーピラフ、麦のトマトリゾット、ブロッコリーのキッシュ
4週間を振り返ってみると、チュニジア料理が多かったです。ラム肉、鶏肉、魚はよく使われていましたが、宗教上の制約から豚肉は使われていませんでした。ほぼ毎回出されるデザートも手作りが多く、キッシュやサラダも毎回素材を変えてたくさんの野菜が使われていました。時には、自家製のパンが出されることもありました。
マダムの料理だけでフランス人家庭の典型的な食卓ということは出来ませんが、語学学校のフランス人スタッフや他の家庭にホームスティしている何人かの日本人学生に話を聞いたところ、レンジで温めるだけのインスタント食品が多いとか、野菜がほとんど出ないなどという声もあったことも付け加えておきます。
私の昼食は、語学学校の近くのパン屋さんでパンを買ったり、比較的時間があるときは、近くのカフェで軽食をとったりすることもありました。マクドナルドやスターバックスコーヒーもよく利用しましたが、お昼の時間はどの店も混雑していて大盛況でした。カフェでは、アルコールも提供していて明るい時間にも関わらず、ビールなどを飲んでいる人も見かけました。日本ではあまり見かけない光景です。カフェに座って通りを通る人を眺めていると、観光客らしい人を除いても、髪の色や目の色や肌の色、体格など様々でパリには、いろいろな民族が集まっていると感じました。バックからフランスパンをのぞかせてさっそうと歩いている人を見かけたとき、フランスらしい光景だなと思いました。
フランス料理を気軽に味わえるビストロにも何軒か訪れ、なすの肉詰めやハーブソースを使ったパスタ、オムレツ、チキンのグリルなどおいしくいただきました。思っていたよりもずっと気さくな雰囲気で入りやすく、フランス料理入門者にはおすすめです。
マダムの作る夕食だけに限らず、フランスではチュニジアやモロッコなどのアフリカ料理がよく食べられているようです。それがなぜなのか不思議に思いましたが、歴史を調べてみてその疑問は解決しました。北アフリカの国々は、一時期フランスの植民地支配を受けており、現在もフランスにはマグレブ系(モロッコ、チュニジア、アルジェリア)の人々が多く住んでいます。これらの国々は、古来、様々な国や文化と交流してきた歴史のある国であり、自国の文化に対して強い誇りを持っています。フランスに移民してきた人々の中には、ふるさとの味を知ってほしいとレストランを開業する人も少なくないというとこです。こうした経緯もあり、アフリカ料理はフランスに広がり、だんだんとなじんでいったのではないでしょうか。
実際にフランス人はタジン鍋料理が大好きでクスクスの料理は、フランス人の好きな料理ランキング2位になったこともあるそうです。ルーツはアフリカ料理だけれども、今ではフランスの立派な市民権を得ていると言えます。私たち日本人が、中国のラーメンやインドのカレー、イタリアのパスタ料理をとりこんで独自に進化させ、家庭の味として定着させてきた様子によく似ていると感じました。
フランス人は健康的な食事が体にいいことを知っており、3度の食事や季節ごとの食卓の喜びを大切にしてきました。しかし、忙しい現代人にとって前菜、スープ、主菜、サラダ、チーズ、デザートと続く伝統的な食事の形態を守るのは難しく、最近は簡単に済ませる傾向が顕著です。
例えば、朝食はビスコット(ラスクみたいな乾いた小さなトースト)やバゲットにバターやジャムを塗ったものと、カフェオレやココア、紅茶などが一般的でコーンフレークやシリアルを食べる人も多いです。昼食は、近くの店でサンドウィッチや惣菜を買って済ませるか、ファストフードを利用したり、カフェで軽食をとる人がほとんどで、日本のようにお弁当を持参する文化はありません。夕食も働いている女性が多いため、冷凍のピザやキッシュ、惣菜にバゲットかパスタなど簡単に出せるものが一品と、あればちょっとしたサラダを付ける程度で、以外なほど地味でシンプルです。
食卓においては、厳格で重要なフランス式マナー(各人に決まった席やナプキンリングが用意される、料理を公平に分け合う、食事が終わるまでテーブルを離れない、ナイフとフォークを上手に使うなど)が家庭教育の中で伝えられてきましたが、時代につれ簡略化され日常生活の中での礼儀と気配りとしてとれえられるようになってきました。
とはいっても、復活祭やクリスマスや正月などの祝祭日、何かの記念日や誕生日の時には、食文化の伝統的なスタイルを存分に発揮します。また、家族がそろう週末やゲストを招くときなどは、食卓を美しく整え、手間と時間をたっぷりかけた料理を準備し会話と食事を楽しみながら、集う時間を大切にする習慣は今なお健在です。
今回のホームスティ体験や各種の調査を通じて、フランスの家庭料理とは郷土色、国際色豊かなバラエティに富んだもので、土地それぞれの風土の中で長年にわたって培われ、大事に伝えられてきたものだと強く感じました。それは、フランス料理のレシピの中にニース風、ノルマンディ風、アルザス風やプロヴァンス風のように○○風と名付けられているものが多いことや、アフリカ料理を日常の食事にとりこんでいることからもうかがえます。
フランスの伝統的な食卓は、残念なことに都会を中心に簡略化されつつありますが(同じことは日本にも言えます)、週末などには腕によりをかけごちそうを準備し、伝統的スタイルにのっとって家族そろって食事を楽しむ時間を大切にする様子はさすがフランスという気がします。
家庭料理とは、フランスや日本のみならず、全世界共通して、作り手側の食べる人への愛情と食べる側の感謝の気持ちで成り立っているのだと思います。普段なかなか気づくことはありませんでしたが、パリでマダムのおいしい家庭料理を食べながら、日本の母の味を思い出し、料理に込められた強い愛情を感じました。
最後に、今回の調査においてマダムをはじめ、ご協力いただいたたくさんの方々に感謝してこの報告を終わりとします。
・ほんとうのフランスがわかる本
ジュヌヴィエーヴ・ブラム著 原書房
・パリっ子の食卓
佐藤 真著 河出書房新社
・おにぎりはどの角から食べるのがマナーですか?
吉野 椰枝子著 祥伝社