2010年研究旅行

パリのパサージュの魅力

園田 桜子

 たまたま見たテレビ番組の中で初めてパサージュを知った。以前パリに行ったことがあったがパサージュを一度も見たことがなかったのでかなり驚いた。テレビで見たパサージュは「パサージュ・デュ・グラン=セール」。静かで洗練された雰囲気とその美しさが特徴的なパサージュである。私はこのパサージュを見ながらどこか昔の空気を感じた。それは現在の映像なのか昔の映像なのか分からなくなる不思議な感覚である。もちろん映されているのは現在のパサージュ・デュ・グラン=セールであり、そこに映る人も店も現代のものである。そして後で詳しく説明するが、パサージュ・デュ・グラン=セールは1991年に改装が行われパサージュの中では特に真新しいパサージュである。ではなぜその真新しいパサージュに昔の空気を感じたのだろうか と興味を持ちパサージュについて調べることにした。

パサージュとは

 パサージュの正式名称は「パサージュ・クヴェール passage couvert(ガラス屋根で覆われたパサージュ)」。パサージュとはフランス語で道と道を結ぶ「通り抜け」を意味し、「通過」や「小径」と訳される。ヴァルター・ベンヤミンの「パサージュ論」の流行により、日本でもパサージュという言葉が定着した。パサージュは日本で言うところのアーケードの商店街のようなものであるが、形態的には似ていても雰囲気はかなり異なるものである。
 調べるとパサージュの多くは18~19世紀にパリで建設され、多いときには100箇所を数えたそうだ。しかし現存するものは20箇所程度で、パサージュに入っている店の系統やパサージュ自体の機能というものは地域的にかなり特色があるようだ。調べるうちに、パサージュが最近注目され始めていることを知った。それも私がパリに行くにあたり日本で買ったガイドブックに特集されているほどである。そこで不思議に思ったのは、なぜ今頃パサージュが再注目され始めているのだろうか ということ。パリらしい歴史あるものだからと考えたけれどもそれだけではないような気がした。なぜならパサージュより古くていわれのある場所はパリの至る所にあるからである。それでは古さ以外に何が人々をパサージュに引き寄せるのか これは実際に現場に行ってみないと分からないと思い研修旅行に参加した。

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研究方法

 今回パリの18のパサージュを訪れることができた。パサージュの魅力を考える研究方法として
 1. パサージュを自分で観察する
 2. パサージュで働く従業員とパサージュのお客さんにアンケート調査をする

の2つの方法をとった。2のアンケートはフランス人にとってパサージュがどんなものなのか(好きなところ、自慢したいところ、どういう目的で訪れるのかなど)を尋ねた内容のものである。アンケートを実施した理由は、現場で働く人や訪れる人のほうが初めて現場に行く私よりもパサージュに親しみがあり、その魅力もよく知っていると思ったからである。
 私が研究した18のパサージュの中からピックアップした9のパサージュを、パレ=ロワイヤル周辺、リシュリュードゥルオ駅周辺そしてサン・ドニ通り周辺の大きく3つの地域にまとめた。また研究方法2のアンケート調査は治安上の理由により実施することはできなかったパサージュがあるため、アンケートを実施できたパサージュについてはアンケートの意見を織り交ぜて紹介していく。それでは地域ごとにパサージュを見て行くことにする。

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ギャルリ・ヴェロ=ドタ Galerie Véro-Dodat(パレ=ロワイヤル周辺)

ギャルリ・ヴェロ=ドタ Galerie Véro-Dodat ギャルリ・ヴェロ=ドタ Galerie Véro-Dodat

ギャルリ・ヴェロ=ドタGalerie Véro-Dodat(ブロワ通り/ジャン‐ジャック・ルソー通り、1826年完成 月曜から土曜まで営業07 h 00〜22 h 00

 「ギャルリ」とはパサージュよりも高級なパサージュという意味である。このパサージュは当時人気だったパレ・ロワイヤルの近くに建てられその人の流れに乗って大盛り上がりのパサージュとなった。しかしパレ・ロワイヤルに賭博禁止令と娼婦追放性政策が出されたことよりギャルリ・ヴェロ=ドタは不景気になった。150年前の衰退を始めた状態がそのまま現在に「保存」されているパサージュである。
 白黒の市松模様の床と黒っぽい壁が統一感を増し落ち着いた雰囲気を醸し出していた。店舗のファサードには透明ガラスが使われており、豪華さと気品を感じる。天井は白で統一されており天井画がいくつかある。夕暮れになると丸いライトが浮かび上がりパサージュをライトアップし、昼とは別人に変身する。ライトアップされたギャルリ・ヴェロ=ドタは当時にタイムスリップしてくれるような不思議な空気を纏っていて建築当時の面影を見ることができる。パサージュの店舗数はとても少なく静かである。
 ギャルリ・ヴェロ=ドタに古くから店を構えている「GAUGIN」という古書屋に入らせてもらった。店の中は本がそこら中においてあり照明も薄暗く主人の雰囲気も含めて古い時代を感じた。他には靴の修理専門店に入らせてもらった。たくさんの修理待ちの靴(主にパンプス)がたくさん置いてあった。アンケートの結果、このパサージュがパリ市歴史建造物リストに登録されたことがここで働く人にとって誇らしいことであるということ、静かでひっそりとしたところが魅力的であるということがわかった。

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ギャルリ・ヴィヴィエンヌ Galerie Vivienne(パレ=ロワイヤル周辺)

ギャルリ・ヴィヴィエンヌGalerie Vivienne(プチ‐シャン通り/ヴィヴィエンヌ通り、1826年完成 毎日営業08 h 3020 h 30

 最も美しいと言われるこのパサージュ。私が訪れたときイルミネーションが全体に施されていて噂通りきれいだった。赤いカーテンをくぐって中に入ると、広くてゆったりした空間が広がっている。現代風に改装されたこのパサージュはモードで名が通っており鳥居ユキのブティックを始めとした多くのブティックが入っている。その他にはかわいい雑貨屋やおもちゃ屋、ギャラリー、古書店、レストランなどが入っている。床の模様は細かいタイルで幾何学模様が描かれていて美しい。パサージュの設計においては高低差があるうえ、折れ曲がりや横道、円型空間、メインの長方形の歩廊など工夫が施されており全長は長くないけれども十分に楽しめるパサージュだ。天井のガラス屋根も通りごとに異なっており当時の設計のレベルの高さに感心する。通路の曲がり角にある「JOUSSEAUME」という古書店は1862年から店を構えており、古い本だらけだった。店主は気さくな人でパリのパサージュが連携して作っているパンフレットをくれた。「Si Tu Veux」というおもちゃ屋はかわいいおもちゃと雑貨があり賑わっていた。アンケートの結果、ショッピングのためにここに訪れる人が多いことがわかった。パサージュの静かな雰囲気とお洒落な店が魅力的だそうだ。

  • ギャルリ・ヴィヴィエンヌ Galerie Vivienne1ギャルリ・ヴィヴィエンヌ Galerie Vivienne1
  • ギャルリ・ヴィヴィエンヌ Galerie Vivienne2ギャルリ・ヴィヴィエンヌ Galerie Vivienne2

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ギャルリ・コルベール Galerie Colbert(パレ=ロワイヤル周辺)

ギャルリ・コルベール Galerie Colbert ギャルリ・コルベール Galerie Colbert

ギャルリ・コルベールGalerie Colbert(プチ‐シャン通り/ヴィヴィエンヌ通り、1826年完成)

 ギャルリ・ヴィヴィエンヌに並行するよう建てられたギャルリ・コルベールは現在国立図書館の分館であり鑑賞用のパサージュになっている。入り口で持ち物検査を受けて入ると中にはレストランが入っていてその他に店はない。ギャルリ・コルベールに通勤する人が多く、その他には学生が多かった。学生たちは朝から授業を受けており、ヴァルター・ベンヤミンなどの著名人の名がそのクラス名(もしくは授業名)となっていた。パサージュの最奥にはヴィーナス像がある。

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パサージュ・ショワズール Passage de Choiseaul(パレ=ロワイヤル周辺)

パサージュ・ショワズール Passage de Choiseaul パサージュ・ショワズール Passage de Choiseaul

パサージュ・ショワズール Passage de Choiseaul(プチ・シャン通り/サン・オーガスティン通り、1827年完成 月曜〜金曜日07 h 0021 h 00

 日本のアーケード街に一番近い雰囲気を持つパサージュ。庶民感が溢れており、人通りが多く賑わっている。買い物ではなく通勤のために毎日このパサージュを通る人も多い。スープなどの手軽に食事ができるエスニックな店やアジア系の飲食店、日本人が経営している「桃の木」という飲食店もあった。屋根はかなり汚れていて壊れているのか、ネットが張ってあった。それぞれの店はシャッターで区切られておりそんなところも日本の商店街に似ているように感じた。パサージュの造りは単調で装飾といったものが感じられない。古書店にアンケートをとったところデパートよりも親しみやすく接客ができるところがパサージュの利点の一つであるということがわかった。

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パサージュ・デ・パノラマ Passage des Panoramas(リシュリュードゥルオ駅周辺)

パサージュ・デ・パノラマ Passage des Panoramas(11, Boulevard Montmartre。(モンマルトル大通り、1800年完成 毎日営業06 h 00〜夜まで)

 夕方に訪れたのだが、夕方から本領発揮するかのように人通りが徐々に増えた。いくつもの古切手屋があり、高い切手は立派な額縁に入れてあった。他にもアジア風のアクセサリーの店や人形店、風変わりな現代アートのような店もあった。訪れている人たちは古切手や古コイン、古絵はがき、古ポストカードなどのコレクターの常連客が多い。夜のパサージュ・デ・パノラマはそれなりに賑わいがあるけれどもどことなく寂れた感じが否めなかった。アンケートの結果、掘り出し物を発見できること、和気あいあいとした空気が熱意溢れる商売ゾーンとしてこのパサージュ人気を集めていることがわかった。その他に店の人と交渉ができること、大通りに面していることなどがこのパサージュの利点である。

  • パサージュ・デ・パノラマ Passage des Panoramas1パサージュ・デ・パノラマ Passage des Panoramas1
  • パサージュ・デ・パノラマ Passage des Panoramas2パサージュ・デ・パノラマ Passage des Panoramas2

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パサージュ・ジュフロワ Passage Jouffroy(リシュリュードゥルオ駅周辺)

パサージュ・ジュフロワ Passage Jouffroy(モンマルトル大通り/グランジ‐バトゥリエール通り、1847年完成 毎日営業07 h 0021 h 30

 パサージュに昔の面影を一番感じることができたパサージュである。このパサージュにたどり着くまでにギャルリ・ラファイエットというショッピングモールの前を通った。クリスマスのイルミネーションがすばらしく美しかったのだが、このパサージュに近づくとラファイエットの現代的な雰囲気とは一転する。夕方オレンジのライトで溢れるこのパサージュはまるでタイムトンネルのようだった。一瞬19世紀に連れてこられたかの気持ちになるのである。なぜそのような気持ちになったのか 理由の一つに空間の演出に関係があると思う。このパサージュの屋根は当時の建築資材の進化によりガラス屋根を支える骨組み組が鉄骨になっている。鉄の採用によってガラス屋根は丸みのある形が可能になりそれにより空間内に光を十分に取り入れることができる。当時最先端であった設計とオレンジの光がレトロな雰囲気を醸し出し、現代らしくない過去の空間を作り出しているのだと思う。そしてパサージュの適度に廃れた感じが昔の繁栄した時代をイメージさせ、何となく悲しく切ない気持ちにさせてくれるのだ。このパサージュにはお菓子屋や子供向け用品、ギャラリー、アクセサリー店、古書店などさまざまな店が入っていてどれも見応えがあった。レトロな雰囲気に流されて何か古いものを買いたくなるパサージュである。

  • パサージュ・ジュフロワ Passage Jouffroy1パサージュ・ジュフロワ Passage Jouffroy1
  • パサージュ・ジュフロワ Passage Jouffroy2パサージュ・ジュフロワ Passage Jouffroy2
  • パサージュ・ジュフロワ Passage Jouffroy3パサージュ・ジュフロワ Passage Jouffroy3

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パサージュ・ヴェルドー Passage Verdeau(リシュリュードゥルオ駅周辺)

パサージュ・ヴェルドー Passage Verdeau(グランジ‐バトゥリエール通り/フォブール‐モンマルトル大通り、1847年完成 月曜〜金曜日07 h 3021 h 00

 パサージュ・ジュフロワに続くように位置するパサージュ・ヴェルドー。ジュフロワと同じ鉄の骨組みになっており、ガラス屋根はよく似ている。違うところはジュフロワにはない落ち着きがヴェルドーにはある。というのもヴェルドーは文学的・芸術的な店が多く、古書店にはシックな服装をした賢そうなパリジャンたちが本をじっくり選書していたり、フォト・ギャルリで写真を鑑賞している老夫婦がいたりして、パサージュ全体に静かで知的な空間が広がっているのである。アンケート調査によると静かな雰囲気、情熱的に仕事をする人が多いことがこのパサージュの魅力であることがわかった。そしてデパートでは見つからないものを見つけることができること、例えば「ファルフール」という本屋は古書店の中でも一目置かれる本屋であり、ここでしか手に入らないような本も多いらしい。

  • パサージュ・ヴェルドー Passage Verdeau1パサージュ・ヴェルドー Passage Verdeau1
  • パサージュ・ヴェルドー Passage Verdeau2パサージュ・ヴェルドー Passage Verdeau2

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パサージュ・デュ・グランセール Passage du Grand-Cerf(サン・ドニ通り周辺)

パサージュ・デュ・グランセール Passage du Grand-Cerf(サン‐ドニ通り/デュスウー通り、1825年完成 月曜〜金曜日08 h 3020 h 00

 冒頭で説明したが1991年に改装が行われたこのパサージュはどのパサージュよりも真新しさを感じさせる。入っている店はハンドメイドのアクセサリー店、アロマ関係の店、かわいい雑貨屋、エスニックな店、オブジェを扱うアートスティックな店、花屋など。どの店も店頭ディスプレイが美しく、通りを歩くだけでわくわくする女性にはたまらないパサージュだと思う。このパサージュの特徴のひとつに高いガラス屋根がある。テレビで見た時に知ったのだが、このガラス屋根はガラス天井の上に突き出す形で作られており、その両側には通路が設けられテラスがある。そしてパサージュの上は住居となっている。アンケートによりここで住む人に撮ってパサージュの上のテラスでゆったりコーヒーを飲むことが楽しみであることがわかった。ひとつの町のようなこのパサージュは原型を忠実に復元していて、新しさのなかに歴史を感じることができる。ぜひ一度は訪れてほしいパサージュである。

  • パサージュ・デュ・グランセール Passage du Grand-Cerf1パサージュ・デュ・グランセール Passage du Grand-Cerf1
  • パサージュ・デュ・グランセール Passage du Grand-Cerf2パサージュ・デュ・グランセール Passage du Grand-Cerf2

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パサージュ・ブラディ Passage Brady(サン・ドニ通り周辺)

パサージュ・ブラディ Passage Brady パサージュ・ブラディ Passage Brady

パサージュ・ブラディ Passage Brady(フォブール・サン‐ドニ通り/フォブール・サン‐マルタン通り、1828年完成 毎日営業)

 エスニックな雰囲気溢れるこのパサージュは昔から飲食店が多く、食材を中心に扱うパサージュである。パサージュ自体は廃れていて工事が行われている部分もあったが、昔からインド・パキスタン村として活気があったこのパサージュは現在も活気があり昼時になるとシャッターがあがり始める。安く食事ができるが、治安は悪いので一人では訪れない方が良い。

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まとめ

アンケート調査を行った結果、フランス人にとってのパサージュの魅力とは

 ・利便性(直接的な接客と迅速な対応)
 ・独特な雰囲気
 ・歴史
 ・美しさ
 ・品揃え(デパートでは手に入らない古いものが手に入るなど) ・和気あいあいとした雰囲気
 ・静かな雰囲気 ・知的な雰囲気 ・雨にぬれない ・交渉できること・町のような一体感


といった点にあることがわかった。多くのフランス人にとって古いものでありながら、利便性があるところに魅力があると感じていることがこの研究でわかった。そして意外なことも分かった。パサージュは地方のフランス人にとってそれほどメジャーではないということだ。パリジャンはもちろん知っていたが地方の観光で来ていたフランス人に尋ねてもパサージュを知らない人が多かった。しかし観光でパサージュを訪れる団体や研究目的で訪れる学生なども多く、パサージュが人々に再注目されていることを実感した。
 19世紀から現在まで生き残ったパサージュは、当時の衰退を手つかずに「保存」した場所である。踏み入れた遊歩者は「保存」された過去の空間を歩きながら、ぼんやりとした電灯や古書店のほこりっぽい空気に19世紀の姿を見るのである。そして遊歩者はパサージュの中を観察しながら歩き、あらゆるものを通して当時の人々の夢に浸ることができる。19世紀次々と建てられたパサージュは他のパサージュとの差別化を図るためにあらゆる趣向が凝らされた。その設計者の熱意は建築資材によく現れている。当時はまだ目新しかった鉄骨やガラスが多く使用されたパサージュは人々の注目を集めたため多くのパサージュに採用された。そして開通当時遊歩者たちは未来を予感させる新しい設計に期待を膨らまし、パサージュに未来への夢を見たのである。
 しかし繁栄の時代の夢は遊歩者に明るい夢を見せると同時に、切なさを与えた。なぜなら19世紀に人々が抱いた夢はデパートの登場や王命が原因で叶わなくなったからである。衰退が始まったパサージュは次々と人々から見捨てられ、ひっそりと化石のように現在に残った。
 そして現在では、繁華街として機能してない場所や記念碑のような役割の場所、ただの通路になってしまった場所など本来のパサージュの機能を持つものは少なくなってしまった。けれども、その寂れてしまったパサージュには当時の夢が形として残っており、遊歩者たちはその空間に不思議な魅力を感じるのである。
 「わたしたちは、パサージュの中を歩くとき、たんに過去の人々が生きた日常に出会うのではない。日常を生きながら、同時に集団的な未来の夢を見ていた人々の意識と出会うため、よけいに切ない気持ちになるのである。」(鹿島 茂『パリのパサージュ 過ぎ去った夢の痕跡』)
 つまり、私たちはパサージュを通して過去の人々の明るい夢を見ながらも、その夢の終わりを知っているが故にその空間に切なさを感じるのである。例えるならば、終わりが悲劇であると知っている映画の明るい場面を見せられているような気分である。その切なさがパサージュに人々を引き寄せるのである。そして同じ場所にいながら意識だけ別の場所に連れて行かれるという時間的・空間的混乱がパサージュの本質であり、魅力であるのだ。

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参考文献

 パリのパサージュ 過ぎ去った夢の痕跡  写真鹿島直<コロナ・ブックス>平凡社、2008年
 『パサージュ論105』(岩波書店、1993年/岩波現代文庫、2003年)

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