時代とともに変容する
「日本文学」の魅力をひもとく。

 私は現代日本文学を専門とし、遠藤周作の作品を中心に研究しています。中でも私が注目したのは、遠藤の代表作である『沈黙』や『深い河』をはじめとした多くの作品に描かれている「悪」です。キリスト教徒である遠藤が「悪」をどのように表現したのか。「悪」を描くことにどのような意味があるのか。遠藤の価値観や思想が表れているエッセイと批評作品にスポットを当て、表現スタイルやテキストを分析することで遠藤の「悪」に対する概念や思想の発展を考察しました。その研究論文は、『遠藤周作の作品における悪の解釈学:読書から執筆へ』というタイトルで出版されています。
 また、日本独特の文学といわれる「私小説」も研究対象です。私小説は作者自身の人生や経験をもとにして書かれた小説で、自己の内面をリアルに描いているのが特徴です。興味深いのは、日本ならではの文学である私小説が、なぜ価値観が多様に変化しているグローバル時代において、言語や文化、時代を超えて、日本国内および海外で受け入れられているのかという点です。また、私小説の主語である「私」や「I(アイ)」という普遍的な単語は、読み手にどのように捉えられているのでしょうか。作者自身を指しているのか、読者自身を表しているのか、物語の主人公やほかの誰かを指すのか、さまざまな解釈が可能です。このような視点から私小説を考察し、太宰治や遠藤周作、大江健三郎、村上春樹を中心に、彼らの作品はもちろん、作家の経験や考えに触れることができるインタビューなども研究資料として扱い、私小説を再考しています。

 最近は、翻訳研究にも力を入れています。時代が変われば、読み手も変わるように、言葉の意味や使い方、社会的背景なども変わります。
 そうした多様な変化の中、グローバルな視点と世界文学の枠組みで日本文学を捉えた上で、日本文学と日本語文学の違いや、多様な翻訳を通じて原作が豊かに変容する過程、さらに日本文学に対する国内外の考え方の変化について調査しています。
 私にとって研究は、他者との出会いであることを実感しています。日本文学を介してさまざまな国の文化や思想に触れることができ、これは一つの異文化コミュニケーションといえるでしょう。また、作品読解を通じて自分自身を見つめ直すことができる点もこの研究の醍醐味です。
 次は、遠藤周作のフランス留学時代の日記を英訳したいと考えています。

現在の研究と
出合ったきっかけは?
幼少期、北海道で過ごした経験から言葉とアイデンティティの関係に興味を持ち、大学は日本語・日本文化学科に進学。日本文学の授業で遠藤周作の『沈黙』を読んだことをきっかけに、「日本人のキリスト教作家」という彼の背景に興味を持ち、大学院で彼の作品を本格的に研究するようになりました。
学生時代は
どのような学生でしたか?
今の学生と同じように、勉強や遊びを満喫していたと思います。一番記憶に残っているのは、友人との出会いです。インターネットは今ほど普及しておらず、スマホもなかったので、直接会うのが当たり前で、それが何よりも楽しい時間でした。
外国人留学生が日本語の学習方法を紹介
 過去に、西南学院大学の外国人留学生がゼミに参加。母国での日本語の勉強方法を紹介してくれました。ゼミ生にとっては、自分たちが当たり前に使っている「日本語」が世界でどのように学ばれているかを知る良い機会となり、英語を学ぶ上でも刺激になりました。
 本ゼミでは、理論と実践の両面から英日翻訳の技術の修得を目指しています。
 まず、翻訳の基礎として語源について学びます。英語のルーツには、古典ギリシャ語やラテン語などがあり、これらの言語は単語や文章の語順、構造において英語と多くの共通点を持っています。最初に語源を理解することは言語をより広く解釈する際に役立ちます。
 この学びを踏まえ、翻訳に関する専門的な理解を深めるため、翻訳の主要な理論を学習します。例えば、英語の和訳では、日本語の特徴をどのくらい翻訳文に反映させるかが重要であるため、英語と日本語のそれぞれの特徴を理論的に学びます。こうした理論に基づいた言語分析の知識を生かし、翻訳に挑戦します。
 実践的な翻訳では、さまざまな英文を教材として使用します。ビジネスメール、新聞記事、日記、小説、時にはコメディ番組を教材にすることもあります。このように多様なシチュエーションに触れることで、文脈に応じた言葉のニュアンスの読み取りや、時代背景に基づいた言葉選びなど表現の幅を広げ、同時に異文化への理解を深めています。
 また、翻訳作業は2〜3名のグループワークで行います。英語力の差や翻訳に違いがある中、翻訳を完成させるディスカッションを通じて、自己表現やコミュニケーション能力を高めることもこのゼミの大切な目標です。
 AIが発達した今、「翻訳はAIに任せればいい」と考えられがちです。しかし、AIにはできない翻訳もあります。それが、「沈黙」です。「言葉にできないものは、沈黙を守るべきだ」とヴィトゲンシュタインの言葉があるように、翻訳できないものも存在します。学生には、沈黙もコミュニケーションの一つであることを理解し、外国語に触れてほしいと願っています。
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