日本社会・経済と
多様性への理解と促進。
 多様性(diversity)とは、異なる考え、文化、国籍、アイデンティティ、性などの共存を認める概念です。
 多様性については日本国内でもしばしば議論されています。女性の社会進出やLGBTQ+への理解の普及、在日外国人の増加など、多様性は社会的に現実のものになりつつあります。実際、日本の法的枠組みにおいても、女性活躍推進法(2015年)、ヘイトスピーチ解消法(2016年)、アイヌ施策推進法(2019年)など多様性を反映した動きを見ることができます。
 同時に、日本政府が促進に力を入れているインバウンドツーリズムや外国人労働者の受け入れなどによって、異なる背景や価値観を持った人と接触する機会はさらに増えるでしょう。こうしたビジネスの視点から多様性を考えると、交渉や取引などさまざまなビジネスシーンにおいて多様性への理解は不可欠です。さらに、多様な労働環境は生産性向上につながるという研究結果もあります。こうした背景から多様性を理解することは経済的なメリットやビジネスチャンスを広げ、このことは多様性の意義の一つといえるでしょう。
多様性の容認、促進は
どの程度が望ましいのか、
その答えも多様です。
 先述の法整備の動きから、日本の多様性への理解は進んでいるように思われます。しかし、実際は多くの課題が残されています。LGBT理解増進法案の廃案をはじめ、女子受験生を不利に扱った不正入試問題、東京オリンピック組織委員会関係者の差別的発言は、多様性の実現の難しさを物語っています。
 こうした多様性を巡る議論は社会や政治という実世界のみならず、興行の世界にも及んでいます。「ロード・オブ・ザ・リング:力の指輪」では黒人俳優のキャスティングに対して、映画界における多様性を支持する賛成派と原作の世界観を無視して政治化してしまったことに反発する反対派の間で激しい論争が巻き起こりました。多様性の必要性はある程度認めるけれども、その容認や促進はどの程度が現実的かつ望ましいのかという問題に対して、その答えも極めて多様であるといえるでしょう。
 多様性に対するさまざまな反応は、政治思想的な領域でも確認できます。男女平等の実現を掲げてきたフェミニズムが登場した他、多文化主義は社会に多様な共有意識が存在することを認識し、人類的、民族的、言語的な違いを認めようとしています。それに対して、保守主義は主権国家の存在意義や伝統的な家族観の重要性を強調し、多様性を懐疑的に見ています。一方、膨張主義的ナショナリズムは多様性そのものを否定する姿勢を取っています。民主主義的な社会においては多様性の実用性、程度及び範囲を巡る論争が起こるのは当然と言えるでしょう。
 しかし、SNSの普及により、自分の意見に似ている人としかつながらず、同類の情報しか手に入らないエコーチェンバー現象が広がる今、自分と異なる意見に触れる機会が減少しています。こうした状況にある今こそ、社会に存在する多様な意見に耳を傾けていくことが重要であり、この姿勢こそが多様性の意義と言えるのではないでしょうか。自分と異なる意見であっても、その意見を持つ動機や背景を理解しようとする。そうした寛容な姿勢を学生の皆さんには大学4年間で身に付けて欲しいと思います。
多様性の根底にある
個人の人権。
 多様性の意義を考えるにあたり、それがどのような具体的な事柄を巡って用いられているのか、そして多様性を巡りどのような問題が浮かび上がるのか、私の専門分野である「社会保障」から考えてみようと思います。
 憲法25条は「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」と生存権を規定しています。これは、社会保障の重要な基本理念として位置づけられてきました。また、憲法13条の「自由」や「幸福追求権」に基礎理念を求める考え方も注目されています。この理念は、個人の自律の支援や自由の保障を重視しています。
 このような個人の人権を保障する社会保障の理念を根底にして、「個人の自由と選択の幅を広げて、より良い生き方ができるようになること」が多様性の意義だと考えます。
同性と異性で異なる
事実婚の配偶者への解釈。
 では、多様性の意義は実社会でどのように反映されているのでしょうか。社会保障の中の「遺族年金」に着目して考えてみましょう。
 遺族年金は、一家の働き手や年金を受け取っている方などが亡くなった際、遺された配偶者などに給付される年金です。遺族年金の給付については、「配偶者」の解釈を巡って様々な裁判が行われてきました。その一つに、婚姻関係のある配偶者を持ちながら、他の異性と内縁関係を持つ重婚的内縁関係のケースがあります。争点は、事実婚のパートナーを遺族年金が受給できる„配偶者"とみなすか否か。裁判では配偶者関係が破綻してしまって、事実上の離婚状態にある場合には事実婚のパートナーを配偶者とみなし、受給権を与えました。これは、厚生年金保険法の「遺族の生活の安定と福祉の向上に寄与する」という目的に基づく判断でした。現行の社会保障関係法令では事実婚のパートナーを配偶者として明文化しています。
 では、事実婚の同性カップルの場合はどうでしょう。裁判では、事実婚の同性パートナーは配偶者には当たらないとし、遺族年金の給付対象とは認めませんでした。その根拠として、婚姻の自由を規定した憲法24条では異性を前提とした文言が使用され、同性パートナーを配偶者に含むのは難しいと考えられたためです。また同性婚に対する社会通念が形成されていない点も事実婚の配偶者に同性パートナーが含まれない根拠に挙げられました。
 近年の遺族年金をめぐる判例には、憲法24条の家族像で解決できない事実もあります。これからも家族や遺族の社会的変容を把握し、LGBTQ+や民法との関係にも注目して、社会保障が向き合う家族像を考えていきたいと思います。
多様性について「問い」を立て、
自分の答えを探してみよう。
 さあ、あなたは遺族年金と同性パートナーの配偶者に関する問題をどのように考えますか?ぜひ、この問いから多様性の意義について考えてみましょう。
 そして、あなたが学んでいる学問と多様性を結びつけて問いを立ててみましょう。例えば、商学部であれば「多様性が進むと、企業は成長するのか」という問いでも良いでしょう。そして、立てた問いを先生や友人に投げかけてみてください。一緒に考える中で、多様性に関する学びが深まり、「多様性とは何か」という自分の答えが見つかるはずです。何が問題であるのか「問い」を立てる、これこそが大学での学びであると私は考えます。
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