町や人々にとっての
クラブスポーツの意義を追求。
 プロバスケットボールリーグ、B.LEAGUE(Bリーグ)のライジングゼファーフクオカで、運営スタッフとして働いています。現在は、福岡県におけるクラブの存在意義の確立を目的としたホームタウン事業部に所属。行政や協賛企業の方と清掃活動を行うほか、観戦に訪れた方が食材を持参し、子ども食堂や児童養護施設へ寄付するなど、地域課題解決にも取り組んでいます。さらに、行政と連携し、まちづくりにおいて相互に協力するフレンドリータウン協定を、飯塚市、新宮町、粕屋町、志免町、篠栗町と締結しました。また、マーケティング業務では、チケットやグッズが売れる仕組みづくりを担当。スポーツビジネスにとって核となるのは集客です。まずは試合を見に来てもらうため、どこに、どんな施策を打つのか、今どんなニーズがあるのか。あらゆる視点から戦略を立てています。
 近年、日本人NBAプレーヤーが続々と誕生したり、男子日本代表がパリ五輪出場権を獲得したりと、日本のバスケットボール熱が高まっています。さらに、今年はチームが良い成績を残していることもあり、1試合あたりの平均観客数は昨シーズンと比較して40%以上も増加。やはり、強いチームの試合は見たくなる上に、継続して応援したくなる。そして、選手は声援をエネルギーに変え、力をさらに発揮できる。そんな好循環が生まれ始めています。

ホームタウン活動の一環で小学生に向けてバスケ教室を開催。

現場の指導者から、運営側へ。
仕組みからチームを変えたい。
 私は、高校でバスケットボールの強豪校に入学するも、部活の仲間たちの身体能力や技術力の高さに圧倒され、自分にはプロの道は厳しいと断念した経験があります。しかし、学生時代に中学校の部活のコーチを務めた経験から、指導者の道を志すようになりました。そこで、思い切って大学3年の終わりに1年間休学し、スペイン・バルセロナでのコーチング留学に挑戦。飛び込みでカタルーニャ州のバスケットボール協会に行き、バスケットボールのコーチングを勉強させてほしいと直談判しました。門前払いされてもおかしくない状況でしたが、数度のお願いの結果、受け入れてくれることになり、複数のチームに入って、練習プログラムや育成システムを学ばせてもらいました。人に恵まれ、とても幸運だったと思います。さらには、スペイン滞在中、帯同していたチームの優勝に立ち会うことができたのです。その直前、少し気分が落ち込む出来事がありましたが、モヤモヤが一瞬にして晴れるほどの感動を体感しました。スポーツは人を熱中させる力がある。改めてスポーツの底力を感じた瞬間でした。

志免町と締結したフレンドリータウン協定も担当。

 帰国後、ありがたいことに留学の経験を買ってくれた琉球ゴールデンキングスがコーチとして採用してくれました。4年生だった私は1年間、沖縄と福岡を行き来し、卒業後に正式に入社。当初はコーチ業に徹していましたが、次第にクラブ全体を見てその仕組みから構築したいと思うようになり、入社4年目を機に運営側へシフトしました。その思いは、現在の業務に通じています。そして、2022-23シーズンには、琉球ゴールデンキングスが年間チャンピオンという初の栄冠に輝きました。ついに頂点までたどり着いたという達成感。感無量の思いとともに、私自身も新たなステージに挑む時が来たのだと、そんな思いが沸き起こりました。その挑戦の場こそが、ここライジングゼファーフクオカです。
 今、コツコツと種を蒔いていることが、5年後、10年後に芽吹き、ライジングゼファーフクオカが福岡の町に不可欠な存在となれたらこれ以上うれしいことはありません。日本一という高い目標はもちろんのこと、多くの人にエネルギーを届けられる存在となれることを、クラブ一丸となり目指していきます。

志免町と締結したフレンドリータウン協定も担当。

リスクを取らずして
成功はなし!

仕事において大切にしていることは、言われたことは何でもやってみること。周りの人の方が自分の適性を理解してくれていることが往々にしてあります。「虎穴に入らずんば虎子を得ず」のように、リスクを負わなければ大きな成功は得られないという考えもあります。その観点からも、まずは挑戦してみる瞬発力を、学生時代は大切にすると良いかもしれません。そうすれば、人生を振り返った時に、素敵なターニングポイントに恵まれているかもしれません。

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