02-2539 中川 加奈子 マネ・モニエ街

 Edouard Manet (1832-1883)が1878年に描いたモニエ街の道路清掃の風景。19世紀になっても、パリの町並みは中世のままで狭く汚い路地や川からは悪臭が漂っていました。技師のベルグランによって実現した新しい下水システムによって、パリは「街」から「都市」へと変貌しました。古い建物を壊して造られたブールヴァールが放射線状に走り、袋小路はなくなり、ガス灯のある舗道がきれいにできあがっていきます。ナポレオン3世とオスマン男爵とが計画した改造計画のもと、都市は遠近法perspective の視線によって貫かれていくのです。その視線の先には権力があるということを、中川さんは私たちに指し示すことを忘れませんでした。さらなる洞察が期待されます。

02-2526 坂井 真樹子 バルト・エッフェル塔

 Roland Barthes の評論 La Tour Eiffel の分析をもとに、エッフェル塔を読み解こうとする果敢な発表でした。構造主義の立場からエッフェル塔という建築物を見るバルトの評論は、刺激的ですが、3年生には困難なテキストです。しかし、坂井さんは見事にやってくれました。"regard, objet, symbole, la Tour est tout ce que l'homme met enelle, et ce tout est infini. " エッフェル塔の見方が、また変わりますね。

01-2501 小川 泰紀 ボードレール・死後の悔恨

 Charles Baudelaire のRemords Posthume という詩には、詩人と墓との親密な関係が語られています。ペール・ラシェーズやモンマルトル、モンパルナスなど、パリに点在する広大な墓地と、そこに眠る、そこを訪れる多くの人々。この近代都市はまた死者の都でもあるのです。「白日の下に見ることのできるものは、常に、一枚の硝子窓のうしろで起こっていることよりも面白くない。この昏いあるいはきらきらする穴の中では、生が息づく、生が夢見る、生が苦しむ」--ボードレールは言っています。視点を変えた大変面白い発表でした。

02-2541 中村 真里子 パリ・コミューン

 19世紀後半のパリの変貌を加速させたのは、普仏戦争とパリ・コミューンによる破壊でした。これまでの発表は創造、新しいパリという視点に基づくものが多かったのですが、中村さんのは逆に破壊の視点から、パリという近代都市が持つ記憶の襞をめくるという作業に徹したものです。市街戦の中で燃え上がるパレ・ロワイヤルやチュイルリ宮殿、処刑場であったコンコルド広場。歴史的な観点を重視したソリッドな発表でした。

02-2509 矢吹 和亮 ヴェンダース・アメリカの友人

 Vim Venders が1977年に監督した映画「アメリカの友人」。乗り物と都市と死とが常に遭遇するヴェンダースの映画は、何度見ても、いつ見ても、私たちの心を捉えてしまいます。ここに描かれているのはアメリカ的でも、フランス的でもない、「パリらしくないパリ」です。パリらしくないパリとは?という矢吹君の投げかけた問いに、私たちも、もう一度この映画を見ながら、答えてみたいと思います。

01-2514 椛島 亜希子 フランス・ギャル

 「小さなフランス人形」France Gall(1947-)はパリ生まれの歌手です。ゲンズブールのプロデュースによって、一躍フランスのアイドルになった彼女も、その後の人生いろいろありました。60年代の彼女の歌、最愛の夫ミシェル・ベルジェとともに作った90年代の歌を聴きながら、わたしたちはゲンズブールという凄腕アーティストが演出した60年代のパリに思いを馳せ、そして<<Oues-tu?>>と呼ぶ歌声とともに、90年代のパリを探します。歌は世に連れ・・・なんだから、社会的背景や世相を比較する視点を導入してほしかったですね。

02-2529 陶山 由美 ユトリロのパリ

 Maurice Utrillo(1883-1955)は、モンマルトルで酒におぼれながら独学で、写実的で繊細な都市の風景を描いた画家です。重厚なタッチのMontmagny時代、「クリニャンクールのノートルダム」などの作品がある白の時代、「フォンテーヌ街」などの色彩の時代、と作風は徐々に変わっていきますが、題材は一貫して都市でした。彼が好んで描いたサクレ・クール寺院がパリ・コミューンの戦いによって疲弊した街と人々を救ったように、絵画の中の寺院もまた、彼の荒廃した心を救うためにそこにあるのかもしれません。それを教えてくれた発表でしたが、第一次大戦という重要な時期にもう少しスポットを当てて考察してくれると、ユトリロの時代がよりよく見えてきたはずです。

02-2565 山中 美香子 おしゃれ泥棒

 アメリカ映画、Billy Wilderの「おしゃれ泥棒」で、ヘプバーンが真っ赤な車で走り回るパリ。「贋物」がたくさん出てくるこの映画の舞台は、本物のパリでした。 <<Ondepense>>--贅沢で豪華な右岸を疾走するオードリーの姿は、ゴダールのベルモンドの疾走とも、ルイ・マルのザジの疾走とも違う、エレガントでハッピー・エンドの、古き良きアメリカ的精神に満ちあふれたものでした。

02-2552 福田 充栄 ドイツ占領下のパリ

 Louis Malle の1987年の映画「さようなら子供たち」を参考にして、1940-44年代の占領下のパリの姿を映し出してみようという試みです。パリがもっている記憶の中でも、最も生々しく、最もつらい思い出に満ちた重要な時の層です。ヒトラーにとっての悲願は、パリを爆撃することでした。実際に命令も下したそうですが、パリ駐在の仕官はこれを遂行することはどうしてもできなかったそうです。都市は幸運にも生き延びて、その美しい姿を保持しているのです。フランス人が決して忘れることのできない時間があることを、映画を通して、この発表は教えてくれたのでした。