02-2507 森行 博史 ユーゴー・下水道のパリ
Victor HugoがLes Miserables (1858-1862)で描いたパリ。追う者と追われる者との間で、パリは都市空間化されていきます。都市の表皮の下に潜む内臓、都市が必然的に含む闇の部分--下水道はもう一つのパリの象徴的な姿です。このネガの世界をいかにして人間がポジ化しようとしたのか、下水道整備工事の歴史をひもときながら、森行くんがその過程を明らかにしてくれました。ユーゴーの小説には、まさに、都市の光と闇の抗争、空間化の争いが描かれているのです。
02-2540 川野 天恵 レ・アール --市場のパリ--
パリ1区のLes Hallesは、今でこそ観光客の溜まり場ですが、昔は由緒ある市場でした。Mercierが書いた18世紀のパリの生活誌、Tableaude Paris(1782)には、12世紀から存在するこの市場の活気ある様子が、克明に描かれています。ファッションやアートに象徴される現在のレ・アールという場所の土壌には、実は時代の波間に飲み込まれていった、魚屋、八百屋、カフェオレ屋・・・幾百の庶民の暮らしの記憶が眠っていたのです。華の都パリの土台を支える、たくましい土壌に触れさせてくれる発表でした。
02-2548 原田 文美江 アポリネール・ミラボー橋
「ミラボー橋の下セーヌは流れる 恋は流れるこの水のように去る」という有名なフレーズで始まるGuillaumeApollinaire(1880-1918)の詩、『ミラボー橋』。画家マリー・ローランサンとの不幸に終わる恋愛にインスピレーションを受けて、句読点なしにリズムだけで失恋の思いを歌っています。ミラボー橋はセーヌを挟んで向き合う、移民の街15区とブルジョワの街16区を結ぶ、近代的で巨大な鉄骨の橋です。男と女という岸の淵にたたずむ詩人の孤独の現代性は、その詩形、そしてこの鉄骨橋という構築物のうちに、きわめて尖鋭な形で描かれているのです。詩を詳細に読解したなかなかよい発表でした。
02-2532 高橋 由美 ポン・ヌフの歴史物語
レオス・カラックスの映画『ポン・ヌフの恋人』の主役はパリ最古の「新橋」です。革命200周年を祝うパリの花火の下、ポン・ヌフを潜ってセーヌ川をスキーで疾駆するジュリエット・ビノシュ。火を吹く大道芸人、道化師、露天商、そして数え切れないほどの恋人たち、広場、通り、用水場、百貨店、・・・アンリ4世の時代から400年もの間、この「新橋」の上で、下で、周りで、様々な物語が展開されてきました。ポン・ヌフは幾千もの都市の記憶を、その堅固な石の中に閉じこめているのだということを、あらためて教えてくれた発表でした。
02-2554 古川 愛 佐伯祐三のパリ
島崎藤村がいったように、石づくりの街パリには響きがあります。佐伯祐三(1891-1928)の描くパリ風景からは、まさにこの響きが聞こえてきます。靴屋、壁、広告塔、新聞屋、レストラン、門扉・・・すべては真正面からまっすぐに捉えられていて、どこかに隙間が空いています。石づくりで石づくめのパリ。堅牢で人を寄せつけない風ではあるけれど、少しだけ扉が空いていて、私たちはここからパリの響きを聴取するのです。鈍くて硬くて、そして優しい響き、祐三の心の叫びかもしれません。なかなか味わい深い発表でした。
02-2505 松枝 俊之 パリのカフェ
Deux Magots, Flore, Cafe de la Paix, LaCoupole... カフェはパリになくてはならない存在です。コーヒーが1669年、オスマン帝国からフランスに伝わって以来、コーヒーを愛好してやまないフランス人たちが、革命の際には政治的会合の場として、近代では芸術の揺籃の場として、カフェのまわりに集い、カフェを単なる喫茶店以上のもの、まさに文化そのものとして育てあげてきました。カフェに座って外をぼんやり眺める、そんなゆっくりした時間が恋しくなる発表でした。