「推し活」は地域経済という
マクロな視点から見ても、
個人の精神的な充実という
ミクロな視点から見ても、
重要な活動と言えるでしょう。
  • 経済学部経済学科
  • 福井ふくい 昭吾しょうご准教授
  • 九州大学大学院経済学府
    経済工学専攻博士課程修了。
    研究分野は計量経済学。
“推し”への思いが集まれば、
地域や国の経済を動かす力に。
 ここ数年、「推し活」という言葉をよく耳にします。比較的新しい言葉ですが、かつては熱心にアイドルを応援する人たちのことを「追っかけ」や「親衛隊」と呼んだり、特定の趣味に熱中する人を「オタク」と呼んだりしていました。さらにさかのぼると、江戸時代にはお気に入りの歌舞伎役者の舞台姿を描いた役者絵を熱心に集める人々がいたそうです。このように、「推し活」という言葉は新しくても、「好きな人やモノを応援する」という行為は今も昔も変わらずに存在していると思うと、非常に興味深く感じます。
 ただ、「追っかけ」「親衛隊」「オタク」は、どちらかといえば、“限られた人たちによる熱心な活動”というイメージでした。それに対して、「推し活」はより多くの人に受け入れられている印象です。応援する対象も、現在はアイドルや俳優だけでなく、アニメやゲーム、キャラクターなど幅広いことも特徴です。つまり、「推し活」は推す側も推される側もその幅を広げたと言えるでしょう。
 では、実際に「推し活」は社会にどのような影響を与えているのでしょう。活発に推し活を行う人が増えれば、経済活動の活性化が期待できます。例えば、ライブに参加する場合を考えてみましょう。チケット代や公式グッズ購入費といった直接的な出費に加え、会場への交通費、現地での飲食代や宿泊費、さらには観光にかかる費用や土産代など、周辺の産業にもお金が回ります。これが数千人から数万人規模で行われるとなれば、地域や経済全体に大きな効果をもたらすことは明らかです。同様に、アニメや映画の舞台を巡る聖地巡礼も、地域経済に活気を与えています。
 例えば、推し活総研の調査では、2025年度における推し活の市場規模は最大3兆5000億円に上ると報告されています※1。推し活は一見すると個人の趣味に見えますが、同じ“推し”を応援する人たちが集まると、地域にとどまらず国全体の経済にまで影響を与える可能性があるのです。
 さらに、ライブや聖地巡礼などによって地域に落とされたお金は、税収として地域に還元され、子育てや福祉などの公共サービスの財源にもなります。そう考えると、推し活の効果は単なる個人の楽しみを超え、社会に潤いと活気をもたらしていると言えるでしょう。
“推し”を支えることが
個人の心の支えに。
 地域や国の経済に大きな影響を与える「推し活」ですが、近年の研究では、推し活が個人の精神的健康にも良い影響をもたらすことが分かっています。例えば、「推しがいること」が前向きな気持ちを強化するという研究結果※2や、コンサートに参加した直後は精神的な健康が向上し、一部の人はその効果が持続する傾向があることも報告されています※3。このように、「推し活」は地域や国の経済というマクロな視点からも、個人の精神的な充実というミクロな視点からも極めて重要な活動であると言えるでしょう。
 とはいえ、誰もが推し活をしているわけではありません。ある調査によると、「有名人やキャラクター等を応援するためにお金を使う」と回答した割合は、10代の約42%をピークに、20代で約32%、30代で約18%、40代以降では10%以下と、年齢が上がるにつれ減少する傾向が見られます※4。この背景には、就職や結婚、子育てなどライフステージの変化によって時間的・経済的な余裕がなくなることが影響していると考えられます。
 自由な時間が多く、自由に使えるお金が増える学生時代は、興味があることに熱中できる「推し活シーズン」と言えるかもしれません。若いエネルギーにあふれる時期に出合う“推し”は、その後の人生を豊かにしたり、支えになったりすることもあるでしょう。「推しがいると前向きになれる」というデータがあるように、「熱中するものがなく、くすぶっている」という人は、自分の“推し”を見つけてみるのもいいかもしれません。それは、アイドルやキャラクターでなくても構いません。せっかく環境が整ったキャンパスで学んでいる今だからこそ、「勉強」を推しの対象にしてみる。そんな推し活も、きっとあなたを成長させてくれるはずです。

※1 「2025年 推し活実態アンケート調査」(推し活総研)
※2 「ファン心理やその活動と大学生の心理的健康の関係−現代社会におけるファナティックの様態と意義−」(2020年 信州大学 中林晴海、水口崇)
※3 「音楽ファンのコンサート参加行動による精神的健康度への影響−参加頻度による検討−」(2011年 目白大学 西川千登世、渋谷昌三)
※4 「令和3年度消費者意識基本調査」(消費者庁)
「推し活」には、
「自分に気付き」「自分が広がり」
「自分を好きになる」という
主体的な学びのプロセスがあり、
学ぶことの本質が息づいています。
  • 人間科学部心理学科
  • 松尾まつお ごう教授
  • 九州大学大学院人間環境学府
    行動システム専攻博士課程修了。
    研究分野は教育心理学。
「推し活」は、自分の世界を
広げる内なる原動力。
 「推し活」とは、自分の好きなものに対して能動的に関わろうとする行為全般を指すのだと思います。例えば、推しの魅力を他者に伝える、推しのグッズと一緒に撮影する、推しのライブのために遠征するなど、自ら積極的に行動を起こす点が特徴的だと言えるでしょう。
 また、「推し活」はその人の世界を広げ、豊かにしているようにも感じます。イメージカラーが「赤」のアイドルを推す人は、赤いものを持つことで元気が出たり、「赤が好き」という気持ちを推しと共有しているという感覚を持ったりします。その人にとって、赤という色が特別な意味を持つわけです。そのほかにも、推しのアーティストをより深く理解したいという思いから、そのアーティストの国の言葉や文化を学び始める人もいます。
 さらに、推し活は社会的な広がりを見せることもあります。『刀剣乱舞』というゲームをきっかけに、刀剣復元のためのクラウドファンディングで1億円を超える金額が集まったというエピソードもあります。このように、推し活をきっかけに、その世界や文化に関わる共同体に参加し、仲間と共にその世界や文化を維持・発展させようとする動きへと広がっているわけです。加えて、推し活は感情にも影響を与えています。「推しが悲しいと自分も悲しい」というように、推しと自分の感情を重ねる人もいれば、オーディションの段階から親のような気持ちで推しを応援する人もいます。このように多様な関係性の中で推しとの間に情緒的な一体感や愛着関係が芽生えるという点も、推し活の特徴といえます。単に「好き」というだけではなく、推しや推しに関連する世界や文化に能動的に関わることで心が動かされる。そのことが推し活をしている人を生き生きとさせる理由ではないでしょうか。
推すように学ぶことで、
大学の学びはもっと面白くなる。
 私が専門とする教育心理学の視点からは、推し活が「学ぶとは何か」を示す1つのモデルのように思えます。知識を身に付けることは、世界の見方が変わることであり、それこそが学ぶことの楽しさと意義を私たちに感じさせてくれます。推しを推すことで世界の見え方が変わり、新しいことを知る喜びや、学ぶことの意義や楽しさを実感できる推し活は、このような学びの本質を体現していると言えるでしょう。
 また、学習の動機づけに関する理論では、「楽しい」「もっと知りたい」「意味がある」と感じることで、学びに対する意欲が高まり、高い成果を発揮できるといわれています。これを内発的動機づけと呼びますが、「推しのことを知るほど、もっと知りたくなり、さらに推したくなる」という連鎖は、内発的動機づけに駆動された学びの在り方そのものだと思います。
 さらに、「社会文化理論」という私の「推し」の学習理論があります。この理論は、学習を単なる知識の増加ではなく、「共同体が営む実践への参加」として捉えます。共同体に主体的に参加し、人・物・事との関わりの中で実践そのものに対する理解を深め、その実践を通じて知識や技術の活用の仕方や意味を学び、それと同時に共同体の中で役割や責任が変化し、自分をその共同体における重要な存在だと感じられるようになる。そのことで、自分が学んだ知識や技術の意味や価値をさらに実感し、もっと学びたいという意欲や、その知識や技術を伝えていきたいといった意欲が高まっていく。社会文化理論では、こうしたプロセスに学びの本質があると考えます。この視点から見てみると、推し活には、推しを支える共同体に参加し、仲間と関わりながら推しへの愛着を深めるプロセスがあります。また、クラウドファンディングで刀剣を復元させたように、推しに関わる世界や文化を動かす共同体の一員として、自分が重要な役割を担っているという実感を持つ機会もあります。そのような中で、推しのことや、推しに関連するさまざまな事柄をもっと学ぼうという動きが生じているとすれば、それは社会文化理論が想定しているような学びの姿と重なるものだと思います。
 このように、推し活を通じて「自分に気付く」「自分が広がる」「自分を好きになる」という、学びの本来的な姿が見えてくるように感じます。皆さんもぜひ、“推すように学ぶ”姿勢で大学での学びに関わってみてください。受け身ではなく、能動的に、仲間と関わりながら学ぶ経験を通して、自分に気付き、自分が広がり、自分を好きになる。そんな4年間を過ごしてもらえるとうれしいです。
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