虚々実々のうわさを含む
情報があふれるインターネットは、 消費者の企業に対する交渉力を
向上させた一方、
情報の取捨選択には注意が必要です。
  • 商学部経営学科
  • 丸山まるやま 正博まさひろ教授
  • 一橋大学大学院国際企業戦略研究科
    博士後期課程修了。
    研究分野はマーケティング、流通政策、eビジネス。
商品情報へのアクセスを
消費者に開いたeビジネス。
 「うわさ」は、真偽が明らかでない情報という特徴を持っています。近年、増加している匿名の口コミやSNS上の書き込みも、その性質から「うわさ」の一種であると考えることができます。
 特に、インターネットの通信販売をはじめとする「eビジネス」は、「うわさ」が与える影響を大きく受けています。口コミや書き込みを鵜のみにしないとしても、それらは私たちの購買行動に少なからず影響を与えています。
 その影響の1つとして、消費者の企業に対する「交渉力」の向上が挙げられます。かつては、どのような商品がいくらで売られているかといった情報は、店舗に直接足を運ばなければ得ることができませんでした。そのため、消費者は限られた選択肢の中から商品を選ばざるを得なかったのです。
 しかし、インターネットの普及によって状況は大きく変わりました。今や、ネット検索をすれば、多種多様な商品の価格や機能などの情報を簡単に得ることができます。これにより、消費者は自分のニーズに合った商品を見つけやすくなりました。その結果、たとえうわさレベルの口コミや書き込みであっても、消費者自身が入手できる情報は格段に増え、それに伴い、「選択する力」や「価格を引き下げる力」を手に入れたのです。つまり、消費者の企業に対する「交渉力」が強くなったということです。
 また、気軽に情報を発信・収集できるようになった現在の技術革新は、高く評価できるでしょう。
「うわさ」はeビジネスを
拡大させる原動力に。
 一方で、eビジネスにおける「うわさ」は、必ずしも良い影響ばかりではありません。リアルな人間関係におけるうわさは、発信者やそれを信じたい人たちに限って広まっていましたが、インターネット上には、真偽が定かでない「うわさ」があふれています。そのため、消費者にとって何を信じるべきかを見極めるのは困難です。実際、こうした情報に惑わされる消費者も少なくありません。
 このように消費者が情報の取捨選択に混乱する一方、「プラットフォーマー」と呼ばれるプラットフォーム運営事業者は、この情報の氾濫を収益のチャンスと捉えています。GAFAに代表されるプラットフォーマーは、ネット上での消費者と販売者の仲介を主なビジネスとしています。そのため、仲介する情報が多いほど、自社の検索エンジンの利用頻度を高めたり、レコメンドシステムによってユーザーに最適なコンテンツを多く提案したりすることができます。その結果、自社のプラットフォーム内での購買率が向上し、企業からの広告出稿が増え、収益の拡大につながっています。
 このことから分かるように、プラットフォーマーにとって、「うわさ」は広めるべき情報でも、真偽を追究すべき対象でもないのです。広告のような効果を持つ手段であり、消費者の好みに応じた情報を大量に浴びせる道具にすぎません。つまり、eビジネスの世界では、情報の真偽よりも量が重要であり、口コミや書き込みといった「うわさ」は、ビジネスを拡大する原動力となっているのです。
 私は「サビキ」という疑似餌を使った釣りが趣味ですが、インターネット上にもフィッシング詐欺やフェイクニュースのように意図的に人を欺く悪質な情報が存在しています。一方で、「おすすめコメント」のように悪意はなくとも、主観で語られた口コミも無数に浮遊しており、これらは消費者にとって適切ではない商品の選択に導く可能性もあります。こうした状況を見ると、ネットの海を泳いでいる私たちは、魚よりも厳しい環境にいるのかもしれません。だからこそ、インターネットでは情報を多面的に捉え、慎重に判断することが必要です。
 学生の皆さんは、大学卒業後、社会という荒波を長期間泳いでいくことになります。そこで求められるのは、物事の真偽を見極め、的確に対処する分析力やコミュニケーション力です。これらの力は、どの分野の学問でも、その学びから身に付けることができます。多様な価値観や背景を持つ仲間が集まる大学という場だからこそ、教員や友人との交流を通じて、こうした力をぜひ養ってください。
善悪の“価値基準”は国によって異なります。
そのうわさが気になるのは、
あなたの価値基準に触れるからです。
その価値基準を理解することで、
冷静に物事を見極められるようになります。
  • 法学部国際関係法学科
  • 釜谷かまたに 真史まふみ教授
  • 九州大学大学院法学研究科博士課程修了。
    研究分野は国際私法。
国境を越えたフェイクニュースは、
名誉毀損になるのか?

どこの国の法で裁くのか?
 法律において、「うわさ」と深く関わる問題の1つに「名誉毀損」があります。真偽不明なうわさであっても、それによって社会的評価が傷つけられた場合は、刑事上のみならず、民事上も不法行為として、法的責任が問われることがあります。特に、インターネットが普及した現代では、うわさやフェイクニュースは瞬時に拡散され、その影響が世界中に広がる可能性があります。例えば、国際的に活躍する芸能人のゴシップ記事がインターネットで拡散されると、その内容が事実でなくても、世界各国での活動に影響を与える恐れがあります。このような国境を越える名誉毀損の民事上の問題について、法律はどのように対応するのでしょうか。
 そもそも、法律は文化・風習、気候・風土、政治制度など、その国・地域の“常識”や“価値観”を反映させたものです。そのため、何が名誉毀損に当たるかは、国によって異なります。名誉毀損は、被害者の名誉、いわゆる人格権を保護しようとするものです。しかし他方で、うわさを表現行為の1つと捉えるならば、それを禁じることは、「表現の自由」を侵害する恐れがあります。「名誉毀損」を考えるときに、人格権の保護と表現の自由のバランスの取り方は、国によって大きく異なり、同じ発言であっても、名誉毀損にあたると判断する国もあれば、そうでない国もあります。つまり、どの国の法律を用いるかによって、その結果は大きく変わるのです。
 そこで、国をまたぐ名誉毀損の問題に、どこの国の法律が用いられるかを決めるのが、「国際私法」です。国際私法は、世界中に異なる常識や法が存在することを前提に、「どの国の法律を適用するか」を定めるルールです。日本の国際私法では、被害者が居住する地の法を適用すると定めています。これは、社会的評判は被害者が日常生活を送る地域で最も大きな損害を受けるという価値判断に基づいています。例えば、日本で活躍する外国人野球選手が日本語でゴシップ記事を拡散された場合、社会的評価が最も損なわれるのは日本であると考えられるため、日本の法律に照らして、名誉毀損か否かが判断されます。
「正解がない問い」に振り回されないために、
大学の学びがある。
 私たちは、「たかがうわさ」と思いつつも、うわさに惑わされがちです。その理由は、うわさが無意識に、「〇〇は許せない」「〇〇が一番」といった、あなたが持つ価値基準に触れているからだと思います。名誉毀損が不法行為にあたるかが、そこで基準とされる法により決まるように、あなたの中にも“常識”や“価値基準”があり、それに沿わない情報に対しては、あなたの心のセンサーが反応してざわつくのではないでしょうか。「なぜ、このうわさが気になるのか」と立ち止まり、自分の心のセンサー、つまり自分の価値基準を自覚してみましょう。
 また、国際私法が世界中に異なる常識があることを前提としているように、ほかの人の価値基準にも思いを巡らせてみましょう。そうすることで冷静さを取り戻し、うわさの真偽に振り回されずに済むようになるかもしれません。
 世の中は「正解がない問い」であふれています。高校までの「答えがある世界」とは違い、ちまたにあふれる「うわさ」も含め、社会には不確かな問いが多く存在します。正解がないことに不安を覚える人もいるでしょう。しかし、「うわさ」も、その真偽自体が重要なのではなく、たとえ真実であっても、それをどう評価するかは受け手次第であり、価値基準に委ねられているのです。正解がない社会を生き抜くためには、自分なりの答えを見つける「思考のプロセス」を身に付けることが重要です。そして、その「答えがない問いに、答えを出せるようになる訓練をする場」が大学です。「これって何かおかしいよね」と、疑問を持つことが学びの入り口になります。仲間と一緒に、互いの“価値基準”を尊重し合いながら、答えを探し続け、「思考プロセス」を身に付けていきましょう。思考のプロセスを身に付けていれば、立場が変わっても、自分なりの答えを導くことができます。ぜひ、大学でその力を育ててください。
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