フランス語第二言語習得

村田はるこ

フランス語専攻4年(17期)
カナダ、モントリオールの語学学校で、2か月間フランス語を学びました。
モントリオールおすすめの食べ物はPoutine、場所はMarché Atwaterです。

中間言語とは



円滑なコミュニケーションを図り、相手との円満な関係を構築・維持しようとする気持ちである「ポライトネス」、これは言語に関わらず誰もが持っています(清水 2009)。しかし各言語においてそのポライトネスの表し方(ポライトネス・ストラテジー)が違うことがあります。「異文化接触と ポライトネス」を考えるということは、第一言語と目標言語の接触によって生じた転移現象が、目標言語におけるコミュニケーションにおいて、いかなる誤解や問題を引き起こすかということを分析することです(宇佐美 2003)。この分析を、外国語を学習する人々の言語能力のうち語用論的能力に 焦点をあてて行うのが「中間言語語用論」です。 (清水2009)                                    

国、地域、民族、ジェンダー、社会階層などによって異なる様々な文化背景を持つ人々と共に接触して生きている私たちにとって、意図しないところでの誤解やミスコミュニケーションを避けるためにも欠かせないものの見方を提供すると考えられ(近藤 2009)、研究がされています。

自分が言語を学ぶ一人として、この分野に非常に興味を持ったため、このテーマを選びました。

疑問点

中間言語語用論の観点から、フランス語学習者と母語話者にどのような違いが見られるのか。

調査内容

「依頼」とは、「話し手が聞き手に対して何らかの行為を行う、または行わないように促す発話行為」であり、必然的に聞き手に何等かの「負担」をかけてしまうため、関係修復に関する特別な配慮が必要な行為です(近藤 2009)。そのため、この分野では多く取り上げられています(清水 2009)。 依頼の中間言語語用論を見るにあたり、ストラテジーの分類分けが必要となります。今回はTrosborg(1995 :205)の分類を参考にしました (清水2009 :106)


Ⅰ.間接的依頼      1.ほのめかし(弱め) : “I have to be at the airport in half and hour.”
                    (強め) : “My car has broken. Will you be using your car tonight?”
Ⅱ.慣習的間接(聞き手志向)2.能力 : “Could you lend me your car?”
               意思 : “Would you lend me your car?”
               許可 : “May I borrow your car?”
             3.提案的定式 : “How about lending me your car?”
Ⅲ.慣習的間接(話し手志向)4.希望 : “I would like to borrow your car.”
             5.願望・必要 : “I want/need to borrow your car.”
Ⅳ.直接的依頼      6.義務 : “You must /have to lend me your car.”
             7.遂行動詞(緩衝あり) : “I would like to ask you to lend me your car.”
                    (緩衝なし) : “I ask/require you to lend me your car.”
             8.命令 : “Lend me your car.”
                省略句 : “Your car (please).”



ⅠもⅡ・Ⅲも間接的に依頼を行うストラテジーです。これらの違いはⅡ・Ⅲが「多くの状況下で、何が意味されているのかに疑いの余地のない程度にまでこれらは慣習化されているため」、その文字通りの意味、つまり直接的な発語内の効力を持つことはできなくなっている点です。間接的な依頼の多くは、依頼する事柄が実際に相手によってなされることを前提にしているため、かなり無遠慮なものとBrown & Levinson(2001)は考えました。

曽我(1995)は、社会的・心理的距離の大小と、行動要請の内容に応じてストラテジーを変化させると述べています。

« Tu » と « vous » の使い分け
・動詞 « vouloir » と « pouvoir »、そしてその活用の使い分け、命令、半過去形、条件法
・モダリティの副詞を用いて断定を避ける表現形式




林(2009)も語気緩和法のために、日本語と同じくフランス語にも、動詞活用のような文法的手段と副詞(的表現)を用いるという大きく二つの手段があるとしました。 « Je voudrais » は固定化されているため、直接法現在の « Je veux » は丁寧さを欠くことも述べています。 副詞(的表現)のモダリティとしては、“un peu”, “juste”, “quelque chose”, “petit”, “un coup de”を挙げています。

調査方法


上記のことと、蒲谷ら(1993)の「依頼行為」が行われるとき、「相手」と「用件」という2つの要素が主要なものであり、「丁寧さ」に関わるという研究から、3つのシチュエーションを設定しました。

西南学院大学フランス語専攻の生徒35名、
モントリオールでフランス語を学んでいる日本語母語話者10名、
モントリオールでフランス語を学んでいる日本語以外を母語としている人5名、
モントリオール在住のフランス語母語話者10名
にアンケートをとりました。

アンケートは3つのシチュエーションの際にどう答えるかをフランス語でそれぞれ答えてもらいました。日本人と、フランス語母語話者で日本語でも答えることができる場合は日本語でも答えてもらっています。


質問. Dans les situations suivantes, qu'est-ce que vous diriez en **français** ?
Répondez plusieurs phrases convenables à la situation.
場面1 先生にあなたの履歴書を添削してもらいたいとき。
Quand vous voulez que votre professeur corrige votre curriculum vitæ (CV).
場面2 友達に引っ越しを手伝ってもらいたい時。
Quand vous voulez que votre ami vous aide avec votre déménagement.
場面3 授業中先生にわからない問題を教えてもらいたい時。
Quand vous voulez que votre professeur vous explique un problème difficile en classe.


そして、Trosborg(1995 :205)の分類を参考(清水2009 :106) にして、動詞の活用やモダリティ語を含め、比較調査を行いました。

調査結果

フランス語母語話者の日本語と日本語以外を母語とするフランス語学習者は、数があまり多くないため、グラフを作成しませんでした。
○日本語母語話者のフランス語
(場面1)「慣習的間接“話し手志向”希望」が最も多かった。
動詞 « vouloir »、また条件法が多く用いられていた。
[例] Je voudrais vous demander à corriger mon CV.
(場面2)「慣習的間接“聞き手志向”能力」が最も使われていた。
 動詞 « pouvoir »、 直説法現在形の使用がほとんどであった。
[例] Tu peux m'aider à déménager ?
7名が相手に対し « vous »もしくは « votre »を使っていた。
(場面3)理由を述べた強めの「ほのめかし」と「命令」が多く使われた。
直説法現在形が用いられていた。
[例] Excusez-moi prof, j'ai une question.

○フランス語母語話者のフランス語
(場面1)「慣習的間接“聞き手志向”能力」がほとんどである。
[例] Est-ce que vous pourriez corriger mon CV s'il-vous-plaît ?
動詞 « pouvoir »、条件法が用いられている。
« jeter un coup d’oeil »というモダリティ語を6人が使っていること、
一人も動詞« vouloir »を使っていない。

(場面2)「慣習的間接“聞き手志向”能力」、「慣習的間接“話し手志向”必要」が用いられている。
イディオム« avoir desoin de »の条件法であった。
[例] J'aurais besoin de ton aide pour mon déménagement.
条件法が用いられている。

(場面3)「慣習的間接“聞き手志向”能力」が最も多く用いられている。
[例] Désolé, pourriez-vous m'expliquer ce problème s'il vous plaît?
条件法を用いている。
[例] J'aurais une question par rapport à ce problème...
条件法を用いている

○日本語を母語としないフランス語学習者 
(場面1)[例] Excusez-moi Pourriez-vous corriges mon CV , s'il vous plait?
動詞 « pouvoir »、条件法か直説法現在形

(場面2)[例] Est-ce que tu me peux aider avec ma déménagement s'il te plait ? (:
動詞 « pouvoir »、条件法か直説法現在形、
一人がvousの使用

(場面3)[例]Pouvez-vous m'expliqer un problèm difficile?
動詞 « pouvoir »、条件法か直説法現在形、また命令形

すべての場面において動詞« vouloir »の使用はなかった。

考察

場面1で日本人の多くが「慣習的間接“話し手志向”希望」« Je voudrais »を使い、ポライトネスを表していました。より日本語学習者にとって、簡単に用いることができる、慣用的であると思われます。日本語でも「見ていただきたいのですが、、、」と言っている点から、母語のストラテジーをそのまま転移させているということも考えられます。

« Je voudrais »に関してフランス語母語話者に確認したところ « Je voudrais »はよりカジュアル、強制力のある言い方であり、より親しい間柄でないと使えないなどという意見が挙がりました。曽我(1995)も« pouvoir »の方が« vouloir »による表現に比べ、相手にとっては否定的な回答をすることが容易な形式であると述べています。 « pouvoir »で聞かれた際、「状況が許されないために可能でない」という表現での断りができるため、自分の意思とは無縁の事情に起因する、という表現となるためです。相手に与える心理的負担が比較的軽い印象を与えます。

フランス語において、先生という立場の人に対して、フランス語母語話者はストラテジーの違いが見られませんでした。一方、日本人の場合は異なるストラテジーを使用しています。これは日本語の場合でもでもその傾向が見られます。ストラテジーを選択するうえで、日本人にとって、状況は重要な要素であると言えます。

友達に対し« vous »を使うのは、学習者に見られました。これはミスコミュニケーションの原因となりうると考えられます。ポライトであったとしても、親しい友人に向かって言うとよそよそしく冷淡な印象を与える可能性があるとBrown & Levinson(2011)は述べています (私自身も友達に間違って« vous »を使ったときに何で« vous »~~と冗談交じりで返されたことがありました。)

動詞について、学習者が用いる動詞の種類は、フランス語母語話者に比べ少なかったです。今回のアンケートにおいて、日本語母語話者が条件法を用いたのは、 « vouloir »、« pouvoir » の二つの単語のみだったのに対し、フランス語母語話者が用いたのはこれに加え、« être »、 « avoir »、 « déranger » 、« aimer »とより多くの動詞を用い、活用させています。フランス語では日本語より待遇表現を意識していないと曽我(1995 :21)は考察しています。それは、「フランス語によるコミュニケーションにおいて、発話者は日本語と同じような程度で待遇表現を用いるのであるが、ほとんどの場合、それらの表現形式は待遇表現として固定されたものではない。いわば、さまざまな「汎用の」表現形式を待遇表現としてさかんに利用している」からです(曽我 1995:22)。曽我を支持する結果となりました。

またフランス語母語話者の方が、条件法を用いていることから、どの場面でもよりポライトであると言えます。

参考文献

C.LevinsonBrown and StephenPenelope. (2011). 『ポライトネス 言語使用における、ある普遍現象』. 株式会社研究社.
ポリー・ザトラウスキー. (1993). 『日本語の談話の構造-勧誘ストラテジーの考察-』. くろしお出版.
宇佐美まゆみ. (2002). 『ポライトネス理論の展開』「言語」. 大修館書店.
宇佐美まゆみ. (2003). 『異文化接触とポライトネス――ディスコース・ポライトネス理論の観点から――』「国語学第54巻3号」.
蒲谷宏, 川口義一, 坂本恵. (1993). 『依頼表現方略の分析と記述―待遇表現教育への応用に向けて―』「早稲田大学日本語研究教育センター紀要」. 早稲田大学.
近藤佐智子. (2009). 『中間言語語用論と英語教育』「Sophia Junior College Faculty Journal Vol.29,73-89」.
清水崇文. (2009). 『中間言語語用論概論第二言語学習者の語用論的能力の使用・習得・教育』. 株式会社スリーエーネットワーク.
曽我佑典. (1995). 『外国語教育と待遇表現――朝鮮語・フランス語――』. 関西学院大学リポジトリ.
林博司. (2007). 『日本語とフランス語における緩和語法(1)』「国際文化学研究29」.p.53-71. 神戸大学国際文化学部紀要, .
林博司. (2009). 『日本語とフランス語における緩和語法(2)』「国際文化学研究33」.p.33-60. 神戸大学国際文化学部紀要.

アンスティチュフランセのコメント

研究発表の目的が明確に示されており、考察も良く導かれています。 しかしながら、いくつかふさわしくない表現が目的を明確にすることを妨げています。 同様にいくつかの曖昧さが論証をよく理解することを妨げています。例えば、ある本が説明の最初で引用されるも、他の出典指示がない(著者、編集者、出版年数)、また、結論の中に出典指示がなく著者が引用されています。 目的の明確さの観点から見て常に、文法的な観点のわからない文がいくつかありました。 最後にある例や表現、特に研究の題名、がそのまま英語で載せられています。これは、フランス語の読解のためという意味で、理解をむずかしくさせ、学生の目的を少し不明確にします。 この場合は、フランス語で翻訳する必要があると思います。 主題自体(行動としてのポライトネス)に関しては、状況に応じて違った動詞、時制の使用はよく研究されています。しかし、定型表現やvous、tuで話すことに関しては、あまり、または、何も述べられていません。


P.コミュニコンを終えて

P.コミュニコンを終えて  アンケート作成時の添削で、私も先生に対し、« Je voudrais »を使いました。依頼を引き受けていただきましたが、私が意図していたようなポライトネスは伝わっていなかったかもしれない、と思いました。  語学を勉強していると、途中で伸び悩む停滞期がある、とよく言われます。最初の1か月間は、簡単な会話すら思うようにできず、悔しい思いをしていましたが、徐々にわかるようになっていることをわずかながら実感していました。しかし、生活やフランス語に少し慣れ、友達ができてから、その成長を感じなくなりました。知っている簡単な語彙しか使っていないことに気づきました。間違いではない、なんとなく伝わる、その状態から、より自分が言いたいことを正確に伝えることができるよう、語用論的知識を学ぶことが必要です。 今回の調査から、また2か月の語学研修で身をもって体感しました。語学を学ぶことの難しさと面白さを改めて知ることができました。非常に貴重な2か月間でした。調査に協力してくれた皆様、本当にありがとうございました。

アンスティチュ・フランセの先生へ
丁寧に校正とコメントをしていただきありがとうございます。調査の前の面談では、依頼表現についてお聞きすることができ、自分で調べるだけではわからない点に気付き、より良い調査に繋がりました。校正の中での指摘にもありましたように、フランス語での文献を読むことができればもっと深い内容になっていただろうと思います。今後もフランス語習得のために勉強していきます。

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