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理論分析の意義

理論分析の意義について考える前に,理論分析に対ししばしば聞かれる批判に ついて考えてみよう. その批判とは,「理論は非現実的」というものである. これに対しては,A. C. チャン [1, 上巻,p.6]が次のような非常に 的を得た回答を与えている.

理論というものはもともと現実世界の抽象である.すなわち,理論というも のは,最も本質的な諸要因のみを摘出してその相互関係を見極めるものであ る.そうすることによって,現実世界に見られる数多くの複雑な諸関係から 解放されて問題の本質を直裁に研究することができる.したがって,「理論 に現実味がない」という批判は,理論の妥当な批判として受け入れがたい馬 鹿げた言い方である.

上の議論から,理論分析の意義は,現実世界の「抽象化」の意義とほぼ同義と考えてよ いことが分かる.

抽象化とは,仮想世界を考えることに似ている.例えば, 需要と価格の関係を理解したいのなら,一人の消費者が一つの財を消費する 仮想的な世界を考えてみる.この分析では,世の中にはたった一つの財し か存在しなく,また,消費者もたった一人しかいない.そして,貨幣も存在し ないという仮定をおくわけだ.もし,需要と価格の関係が,今仮定 した要因にのみ依存していれば,この仮想世界を考察する意義があると言える. なぜなら,それ以外の要因を付け加えて,現実世界にどれだけ近づけようと, 需要と価格の関係は,その他の要因に依存しないため,結論は 本質的に変わらないからだ.

それでは,需要と価格の関係が,上に仮定したような要因以外のものに 依存している場合,上のような単純な世界を考察することは無意味なのだろうか. いや,無意味ではない.なぜなら,一番単純な世界を想定することにより, 複雑な現実世界を理解するために必要な基本的枠組みを提供してくれるから である.

例えば,需要と価格の関係が,天候という不確かな要素に依存しているとする. 先ほどの一番単純な仮定によって構築した理論モデルに,この天候という不確 かな要素を付け加えるだけで,新たな結論を導き出すことができる.

実際,現代の経済理論は,そのようにして発展してきた.人間の能力では同時 に考察できる範囲は限られている.したがって,一度に多くのことを同時に考 察するのではなく,多少極端でも,もっとも単純な世界を想定して理論を構築 する.そうすれば,複雑な現実に理論モデルを近づけるために,高々一つの 仮定を新たに導入するだけで済む.これを繰り返すことによって,当初理解出来 なかった複雑な現象が少しずつ解明されていくのである.

これが,抽象化の意義であり,すなわち理論分析の意義である.



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