パリに行った人なら、一度は目にすると思うが、パリのメトロといえば出入り口のアールヌーボー様式のデザインは世界的に有名である。この入り口をデザインしたのは、当時の建築家エクトル・ギマール(Hector Guimard 1861−1947)である。いまでこそ世界的に芸術的評価をされているが、伝統的な美的価値基準を好むパリジャンたちのなかには彼の突飛なデザインに反対する者が多かった。口の悪い連中は「古代魚イクトゾールの骨にそっくりだ」と言った。シャルル・ガルニエもギマールのデザインに反対したうちの一人である。ガルニエは彼自身の作品である宮殿風のオペラ座の正面に調和するような<石と大理石>や<青銅の彫刻類と威風堂々たる円柱>を期待していた。そのためギマールの発表したオペラ座駅のデザインは世間からものすごい避難を浴びせられることとなる。そこでギマールはこう皮肉っている。「そもそも駅はなぜあの場所に作るのでしょう。オペラ座の後ろに作って目に入らないようにしてはどうでしょう」と。パリ市は1900年から1913年までに、ギマールのデザインした昇降口をパリ中のいたるところ、140カ所に建設した。エトワールとバスティーユのデザインは「バロック建築の華」ともてはやされた。しかし今では残念ながら、現存するのはわずかである。1997年7月27日、市は歴史的建造物として保存する7つを指定している。
*アールヌーボー様式とは
→世紀末のヨーロッパ全土で強い指示を受けた前衛アーティストによる運動。一世を風靡したもののわずか10年あまりで消えてしまう。
花や昆虫などの自然界をモチーフとしたゆるやかで流れるような曲線のフォルムが特徴。また、そのフォルムは女性のヌードも連想させるため官能的である。当時、新素材であった“鉄”が曲線を表現するのに適していたため、アールヌーボー様式は鉄が用いられている部分が多い。