「社会保障の保険学的考察」 

  34「保険経済学の課題と方法」で明示した今後の研究方法に従いそれ以後の研究がなされてきたといえるが、3537が私的保険の動揺・保険の金融的側面の分析であったのに対して、公的保険の動揺・保険の福祉的側面に関わる考察が本稿である。提示した二つの軸の二つ目の軸に基づいた考察を行ったのが、本稿である。
 市場原理主義である小泉政権の改革において、効率性最重視で社会保障制度改革が行われようとしている。特に、医療保険、年金保険といった社会保険が“sustainability”の観点から問題とされている。確かに、急速に進展する少子高齢化、財政の現状を考えると“sustainability”が問題とされるのであろうが、社会保障・社会保険の理念・意義といったことが省みられず効率性にばかり目がいっており、基本的な捉え方が間違っていると思われること、そのような誤りが社会保障の研究者が社会保険を正しく理解できていなことと結びついているように思われたことから、社会保障、特に社会保険を保険学的に考察して社会保障研究者の社会保険論を批判しつつ、社会保障・社会保険の理念を歴史的考察を通じて「権利としての社会保障」に求めるべきことを明らかにした。ここでの歴史的考察は既に行った29「経済的弱者の保険」の考察を発展させたものである。
  厚生労働省より医療保険、年金保険に関する改革試案が出されつつある段階だったので、本来であるならば、理念の提示に続いて試案を取り上げるなどして具体的な政策論も展開すべきであろうが、市場原理主義による小泉改革が本稿で指摘した「連帯としての社会保障」を破壊して「権利としての社会保障」をもっぱら連帯・相互扶助とは関係しない個人主義的な権利に変容させているという抽象的な批判・考察にとどめた。それは、既に4万字を越す論文となってきた状況で、あえて確定していない試案を性急に取り上げるなどして政策論を展開すべきではないと考えたからである。
 ところで、社会保険の考察にあたっては、先行業績として真屋尚生博士の保険の分類を取り上げ、経済的保障の三層構造的把握と関連付けながらその意義と限界を指摘した。以上の考察を通じて、保険学が効率性(金融性)と福祉性の狭間で金融手段的な考察による技術論に堕すようでは、社会保障の考察に十分役立つことはできないであろうとした。