保険経済学の課題と方法 

西南学院大学において念願の職を得、これまでの立場と異なり研究者として本格的に研究できることになったので、研究者としての研究方針というものを策定すべきであると考えた。研究方針の策定は方法論の考察が中心となるのであろうから、これまでの論文で散発的に行ってきた方法論的考察を集大成しつつ本格的な方法論的研究をテーマに論文を書くこととした。今後研究を進める上で必要かつ有用であるばかりではなく、西南学院大学における所信表明演説的な位置付けを与えることができるという点で、西南学院大学助教授の処女作としてふさわしいテーマであるとも考えた。本稿は、このような意識の下に保険学方法論について考察したものである。
 保険を経済制度、特に、経済的保障制度と捉える立場から、「保険学はまず保険経済学であらねばならない」と考え、構成を課題と方法に分けて保険経済学の方法論の考察をした。
 課題では、多様な保険企業による多種の保険の供給によって複雑になっている保険現象の分析が、保険学の課題であるとした。まず、保険技術説の批判を通じて保険を制度として捉える立場を明確とし、経済制度である保険の複雑な現象面を解きほぐす導きの糸として、「制度としての保険」と「事業としての保険」の視点、両視点を結びつけるものとして「保険技術」を導入し、個々の保険の性質が体制関係における保険の性格と制度的環境の影響を受ける保険企業(保険の運営主体・経営主体)の主体性によって規定されると捉え、このような認識をもって複雑な保険現象を分析するのが保険経済学の課題であるとした。体制関係における保険の性格という点では、土台である資本主義社会の市場経済化の動きによって、現代保険の把握において効率性(金融性)・政策性(福祉性)が軸になるであろうとし、また、市場経済化の動きの中で制度的環境としては経済社会の金融化の動きが顕著であり、保険では「保険代替現象」が生じているとし、より広く捉えれば、「経済的保障のデリバティブ化」、「保険の金融化」と捉えられるとした。以上の考察を通じて、今後研究を進めるに当ってのキー・ワードとして、「保険の効率性・福祉性」、「保険の相対化」、「保険代替現象」、「保険の金融化」、「経済的保障のデリバティブ化」を導入するとともに、このキー・ワードを使って金融的機能も果たしている経済的保障制度である保険の考察についての課題を提示した。
 方法では、課題を受けてそのような課題に答えるための方法を考察した。かつて、わが国保険学界では華々しい保険本質論争が展開されたが、その成果や保険本質論・保険本質論争自体に批判的な見解が通説となっている。そのような批判は、往々にして保険本質論重視の姿勢が保険史軽視に結びつくとしており、保険本質論と保険史を二律背反的に捉えているが、そもそも保険史を重視した保険本質論が考察されるべきとした。「保険代替現象」、「保険の金融化」に象徴的な保険現象は、改めて「保険とは何か」、「保険はどのような方向に向かっているのか」ということを問いかけているといえ、学界の通説とは裏腹にその考察の方法として保険本質論は極めて重要であると考えた。ここでは自分の支持する保険本質論・保険学説「経済的保障説」、「予備貨幣再分配説」に基づきながら自らの保険本質観を明らかにし、保険の本質把握のキー概念としての「予備貨幣」、「経済的保障」を導入した。同時に、わが国では根強い保険相互扶助制度論に対する批判も行った。
 そして、保険史重視の姿勢に基づき、具体的な保険史考察の方法について検討を加えた。多種・多様な保険がいかに生成・発展してきたかという考察が重要であり、そのために保険の歴史と分類を関連づけるべきであるとした。歴史・時の流れとの関係では、資本主義の発展段階およびそれと保険の発展段階との関係を明確にし、保険の分類との関係では経済的保障制度の形成原理として自助・互助・公助という概念を導入した。特に、経済的弱者の保険による「保険の社会化」を保険史の柱の一つとした。
 続いて、保険の金融面の考察について、単なる保険会社の資金運用論に止まらない保険金融論が必要であるとし、特にこれまで「保険金融」という用語自体も安易に使用されてきたと思われることから、「金融」、「資金」、「金融取引」といった基礎用語の定義も行った。その上で、保険の経済的保障機能の面に金融が関わってきたのが近年の重要な変化といえるので、従来の金融論における保険の取り扱いを批判しつつ、自らの保険本質観によってこの現象を包摂する試みとして、金融性の視点を入れた経済的保障の定義を行った。このように基礎概念を構築しつつ、保険と金融との関わり、保険の金融性など近年顕著となってきた変化に対する考察のポイントを指摘し、最後にまとめとして、激変する保険の動向を「保険の動揺」と捉え、それを分析するための保険経済学の方向性について言及した。