歴史
年表歴史
開学前史 | ||
1906年 | 米国南部バプテスト派宣教師C.K.ドージャー、G.W.ボールデン、J.H.ロウの3夫妻来日する。 (写真:三夫妻来日。日本の文化に溶け込もうと和服姿で記念撮影) |
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1907年 | 在日宣教師団理事のC.K.ドージャーらにより福岡バプテスト神学校開設。 (写真:開校式は西公園の鐘美亭で行われる) |
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1911年 | 福岡バプテスト神学校の移転跡地に福岡バプテスト夜学校を開設し、C.K.ドージャーが校長となる。 (写真:福岡バプテスト夜学校の教師と生徒(1911年頃) |
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西南学院の開学 | ||
1916年 | C.K.ドージャーが創立者となり、福岡市大名町(現・中央区赤坂)に旧制男子中学校の「私立西南学院」を開設し、生徒104人で始まる。 (写真:西南学院は大名町の宣教師館を仮校舎とした) |
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1918年 | 「中学西南学院」と改称して早良郡(現・福岡市)西新町に19,800m2の校地を取得し移転。 (写真:西新町に移築された旧神学校校舎) |
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1921年 | 西南学院本館(現・大学博物館)が竣工。現存する学院最古の建築物で2階はチャペルとして使用されていた。 (写真:竣工当時の西南学院本館) |
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1921年 | 中学西南学院の第1回卒業式が行われる。あわせて西南学院高等学部(文科・商科:大学の前身)を開設する。 (写真:第1回卒業生のうち、約半分が西南学院高等学部に進んだ) |
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苦難と忍耐 | ||
1933年 | ドージャー院長は日曜日問題の責任を取り辞任(1929年)し、小倉に移り住んだが持病の狭心症により西南女学院において永眠した。 (写真:西南の森に葬られたC.K.ドージャー) |
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1935年 | 日米関係が緊迫化し、キリスト教への圧力が強まる中、学生生徒も勤労奉仕を行う。 (写真:陸軍墓地建設のための石運搬) |
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1935年 | 日露戦争以降、1945年の終戦まで、学院の苦難の時期が続いた。 (写真:正門前を軍事教練で秋季演習に向かう学生たち) |
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1935年 | この頃、学生生徒は正門で御真影に敬礼をして登校するなど、戦争の色合いが徐々に高まりつつあった。 (写真:本館前で、天皇陛下、皇后陛下の御真影を奉戴する水町院長) |
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1937年 | 自らも重い障害を背負いながら、世界各地を歴訪し、身体障害者の教育・福祉に尽くしたヘレン・ケラー女史が来学し、福岡女学院と共催で講演会を開催。 (写真:構内で学生と一緒に記念写真(右から4番目がヘレン・ケラー女史)) |
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1940年 | キリスト教に基づく女子教育を行うためドージャー夫人が西南保姆学院。 (後に福岡保育専攻学校と改称)を開設する。 (写真:西南保姆学院第1回入学式(地行)) |
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1941年 | ドージャー夫人や宣教師たちが日米関係緊迫のためアメリカへ引き揚げる。 (写真:本館チャペルで行われた宣教師引き揚げ送別会) |
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再出発への努力 | ||
1947年 | 西南学院中学校(新制)開設。 (写真:戦後、新制中学として開設された) |
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1948年 | 西南学院高等学校(新制)開設。 (写真:新制高等学校全景(本館、西校舎、物象館)) |
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1949年 | 新制の西南学院大学は、1949年、学芸学部(神学、英文学、商学)として開設された。 (写真:1952年に竣工した大学第1号館) |
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1950年 | 西南学院大学短期大学部児童教育科(福岡保育専攻学校を母体)、英語科と商科(専門学校第二部を母体)が開設(1974年まで)。 (写真:鳥飼にあった短期大学部児童教育科の校舎) |
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1952年 | 西南学院干隈修養会館(通称「山の家」)を竣工し、すき焼きを囲んでのクラス懇談会など思い出深い行事が行われる。 (写真:山の家の暖炉に掲げられた建学の精神は象徴的な存在であった) |
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1953年 | この頃、大学ラグビー部が全国大会で3年連続優勝。その他に野球部、空手道部、ヨット部、自動車部など華やかに活躍した。 (写真:前列中央は、創部からラグビー部を支えてきた速水伝吉監督) |
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1954年 | 大学のキリスト教教育のシンボルとしてランキン・チャペルが竣工し、さまざまな式典などに利用される。2006年、老朽化のため惜しまれながら取り壊された。 (写真:ランキン・チャペル竣工当時) |
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充実への胎動 | ||
1960年 | 大学の干隈グラウンドを整備し、体育合宿所を設けるなど体育会全盛時代の基礎を支えた。 (写真:野球、ラグビー、テニス等のコートが設けられた) |
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1968年 | 学生運動は、学費改定反対運動に始まり、エンタープライズ寄港阻止、70年安保反対闘争と政治色を強めていった。 (写真:バリケードによる全学ストが決行された) |
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1969年 | 1969年に大学体育館が竣工したのを皮切りに大学プール、5号館、西南会館、本館、自然科学館と施設が次々に建設された。 (写真:当時、西日本最大規模といわれた体育館) |
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発展と成熟 | ||
1971年 | 大学ベイラー大学と姉妹校宣言文を交換し、本格的に国際交流をスタートさせる。 (写真:留学生別科の初の修了式(1974年5月20日)) |
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1986年 | 学院創立70周年記念行事で、キング牧師夫人が来校。 (写真:キング夫人が「愛のちから」と題して記念講演を行う) |
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1987年 | 博多湾埋立地の74,000m2(百道浜校地)を取得。 (写真:上空から見た西南学院と新に取得した百道浜校地) |
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1987年 | 学院創立記念事業の一環としてパイプオルガンを設置し、西南らしさが加わる。 (写真:北ドイツ・バロック様式のパイプオルガン) |
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1993年 | キリストの降誕を地域の方と祝うため、西南学院市民クリスマスを開催する。 (写真:本学チャペルクワイアの美しい賛美歌が響く) |
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1994年 | 西南学院高校が男女共学制度を実施。 (写真:男女共学になり、学生服からスクールカラーのジャケットに一新された) |
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2001年 | 大学に防塁の遺跡が発見されたため、貴重な歴史遺産として復元し公開する。 (写真:二重構造の元寇防塁) |
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21世紀への飛翔 | ||
2002年 | 舞鶴幼稚園・早緑子供の園新園舎献堂式。 (写真:元気いっぱいに走り回る子どもたち) |
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2003年 | 中学校・高等学校が百道浜に移転し、新校舎の献堂式を行う。 (写真:省エネルギー機構(IBEC)は、中・高校舎を日本におけるサステナブル建築物の一つに選択した) |
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2004年 | 赤レンガが基調のモダンな外観の西南クロスプラザ(大学食堂他)が完成する。 (写真:1階は250席のカフェテリア方式の食堂) |
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2006年 | 旧本館を大学博物館(ドージャー記念館)として改修し、キリスト教や学院史の資料などを公開。 (写真:福岡市の有形文化財に指定されている大学博物館) |
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2007年 | 大学に学外連携施設として西南コミュニティーセンターが完成。大学と地域の交流の拠点として幅広く活用している。 (写真:コンサートや講演会のためのホール、茶室、多目的室、会議室を備えている) |
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2007年 | 西南学院大学と福岡市の協働事業として、子育て支援施設である子どもプラザを開設。 (写真:乳幼児親子の交流の場を提供している) |
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2008年 | 大学新チャペルの献堂式が行われ、日々のチャペルを中心に、式典、講演会、授業、コンサート等が可能になった。 (写真:チャペル外観は、東キャンパスに合わせて建学の精神が息づいている) |
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2008年 | 宣教師を顕彰するため宣教師記念碑を建立し、創立記念日に除幕式を行う。 (写真:C.K.ドージャーによる創立以来、79人の宣教師の氏名が刻まれている) |
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更なる発展へ | ||
2009年 | 環境保全ゾーンを備えた西日本最大級の大学総合グラウンド(田尻グリーンフィールド)が完成。 (写真:田尻地区の上空から撮影) |
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2010年 | 西南学院小学校を開設。これにより保育所・幼稚園から中学校、高等学校、大学、大学院までを擁する全国でも数少ない総合学園となる。 (写真:オープンスペースや教員スペースを設けるなど、心理面・教育面に配慮した設計の小学校) |
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2013年 | 講演会や就職活動などの拠点となる西南学院東京オフィスを設置 (画像:福岡と東京を結ぶネットワークを活かした東京オフィス) |
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2016年 | 教育・研究活動のみならず、同窓生や地域の皆さまの交流の場として西南学院百年館(松緑館)が完成 | |
2016年 | 福岡国際会議場で西南学院創立100周年記念式典を開催 (画像:次の100年への発展を誓った未来宣言) |
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2017年 | サザエさん通りに面した新図書館前の公開空地に、漫画「サザエさん」に登場する主人公のサザエさんと作者の故長谷川町子さんの銅像を設置 (画像:新図書館前で行われた除幕式) |
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2017年 | 「西南の知の樹」として知的創造活動の拠点となる大学新図書館がオープン (画像:自動書庫を含む約180万冊の収容能力を持つ大学新図書館) |
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2019年 | 創立100周年事業の締めくくりとなる『西南学院百年史』を発刊 (画像:A5判、通史編全860ページ、資料編全880ページ) |