福祉国家における三大疾病
西南学院大学 小川ゼミナール
阿部美沙希
青山いずみ
白石夏美
高橋美幸
鳥居奈津美
吉丸万葉
岡村貴志
古賀信吾
下川那由他
村川勇平
目次
第1章 福祉国家における三大疾病
第2章 高齢化に伴う財政問題
1、問題設定
2、高齢化の現状
3、社会保障構造改革
4、医療と年金へ対策案の提示
5、結論
第3章 少子化の現状と展望
1、問題設定
2、現状と現在採られている少子化対策
3、今後の政策として
4、財政との関連
5、結論
第4章 グローバル化への対応策
1、福祉国家とグローバル化
2、グローバル化の問題点
3、対応策
第5章 良薬、口に苦し
第1章 福祉国家における三大疾病
戦後、経済政策を行い、社会保障制度を構築しながら、奇蹟の経済成長を遂げた日本は、先進資本主義国の仲間入りをした。それは、日本が福祉国家となったことをも意味する。東西冷戦構造を背景としながら、資本主義国が福祉国家化する中で、日本は遅れて福祉国家となったが、皮肉にも日本が「福祉元年」と位置づけて福祉を大幅に拡充しようとしたときに、福祉国家は危機に陥った。英、米で反福祉国家政権が誕生した。これらの新保守主義・新自由主義的政権は福祉国家を攻撃したが、反福祉国家政策のもとで逆に財政赤字が急増したり、公共支出が伸びるなど、福祉国家は容易に崩壊しなかったといえる。これは、福祉国家に柔軟性があるからであろう。しかし、東西冷戦の終焉以降の1990年代に生じた社会経済の変化は、福祉国家に新たな危機をもたらしているのではないか。反福祉国家政権の攻撃に耐えたとはいえ福祉国家は変容しており、それこそが福祉国家の柔軟性なのだろう。福祉国家は現在の社会がかかえる問題という新たな危機をその柔軟性で乗り越えることができるのではないか。これが本稿で福祉国家をテーマとする理由である。それでは福祉国家の新たな危機とは何であろうか。それは、社会情勢、経済情勢の変化であり、次の3点であると考える。
社会情勢の変化として、急速な少子化と高齢化といった人口構造の変化が挙げられる。現在、人口の高齢化によって日本の社会保障費は増大している。またそれと同時に少子化が進んでおり、社会保障費の納付者が減少しているという最悪の矛盾が生じている。ここに社会保障制度の持続可能性が問われている。経済情勢の変化として挙げられるのは、グローバル化の進展である。グローバル化が進展することによって、国内産業の空洞化が発生し、失業者が増加している。また、貧富の格差も拡がっている。福祉国家として補うべきところが補えていないのだ。
これら3つの問題は、福祉国家としての日本における三大疾病と位置づけることができ、自然治癒は見込めない。治癒なしでは悪化の一途をたどることになるのだ。そこで、今こそこれらの病巣にメスを入れ、日本の福祉国家体制を再建すべきである。
本稿では、これら3つの問題を考察し、福祉国家としての日本を再建するための対策を考察する。
第2章 高齢化に伴う財政問題
1.問題設定
日本は、2000年の国連人口統計結果に基づくと、最も高齢化の進んだ国となった。総務省によれば、2025年には、日本の高齢者人口は全体の28.7%に当たる3500万人にもなると推計されている。これは、国民の3人に1人が高齢者という計算で、世界で最も高い水準となることが報告されている。
本章では、高齢化の現状を取りあげ、高齢化によって直接多大な影響をうける医療と年金に視点を置いて、その対策案を提示しながら、高齢化を考察する。
2、高齢化の現状
総務省が発表した2005年現在の65歳以上の高齢者人口は2556万人で人口全体に占める割合は2割台に達した。これは、国民の5人に1人が高齢者という計算である。高齢化の進展に伴い、日本の社会保障給付費は、年金・医療・老人福祉に要する費用を中心として急激に増大している。2003年には84兆2668億円で、これは国民所得の22.86%に相当する。また、これは国民1人当たりでは約66万300円となった。この社会保障給付費のうち、年金が44兆7845億円と過半(53.1%)を占め、医療が26兆6154億円(31.6%)となっており、年々年金の占める割合が増大してきている。
さらに「団塊の世代」(戦後のベビーブーム世代)がもうじき高齢化を迎えることは、これからの社会保障給付費の増大に拍車をかけ、今後大きな課題となるだろう。
また、厚生労働省が2004年5月に発表した「社会保障の給付と負担の見直し」によると、2002年においての社会保障給付費は82兆円(医療・年金77兆円、介護5兆円)であったのに対し、2025年には176兆円(医療・年金156兆円、介護20兆円)になると見込まれている。対国民所得でも、2002年の22.5%から、2005年には、31.5%になると見込まれている。
こうした社会保障給付費を賄う財源は、8割が社会保険料、税である。2003年年の社会保障財源の総額は国立社会保障・人口問題研究所によると101兆2526億円、対前年度比は13兆308億円の増加で14.77%の伸びとなっている。高齢化の進展に伴い、社会保険の給付や社会福祉サービスなど社会保障に要する費用が増加することで、その費用を賄うための財源も増加している。
3、社会保障構造改革
このような現状を見据え、社会保障構造改革は1996年の介護保険制度の創設に続き、医療・年金・社会福祉の改革を順次に着手し、現在に至っている。
今後増加を続ける医療費の医療制度改革としては、厚生労働省が今年10月に2006年の医療制度改革試案を発表している。現行制度を続けた場合よりも、2025年の医療給付費を7兆円に圧縮できると試算した。現在目立ってきている世代間格差に向けて高齢者の負担増を打ち出した。しかし、高齢者の窓口負担率引き上げや75歳以上全員からの保険料徴収、高額療養費の自己負担限度額引き上げなど負担増項目が並び、高齢者の理解を得るのは難しいのが現状である。「75歳以上」の後期高齢者医療制度では、加入者全員から保険料を徴収するため平均的保険料は年7万円程度となる見込みで、保険料を支払っていない健保組合などの扶養家族には負担増であり、年金を頼りにする高齢者には痛い出費となるだろう。
また、2004年の年金制度改革では、年金の保険料は2017年度で固定されることになったが、それまでは毎年280円ずつ保険料が引き上げられる。その他、基礎年金の財源に占める国庫負担の割合を3分の1から2分の1に引き上げている。しかし、その負担分を補うのに年2兆7千億円といった財源が必要だが、確保はできていないのが現状である。そのため、谷垣禎一財務大臣は、2007年度をめどに消費税を含む抜本的税制改革を実現することで財源を確保することを表明し、小泉純一郎首相も任期中には消費税率を引き上げないとしながらも引き上げに向けた議論は容認している。つまり、増税を推し進めていくということである。また、2008年度には年金「ポイント制」が導入されることになった。従来、社会保険事務所に出向いても年金受給の直前になるまで年金額を教えてもらえないので、老後の生活設計を立てにくいという不便があったが、この制度は個人の保険料納付額をポイントに換算し、それに一定の単価を掛けて算出した年金見込み額を毎年本人に通知するものである。現在の自分の年金受給額がわかることによって、今後の生活設計や将来の年金に対する不安を解消することができる。
このように、高齢化を見据えた社会保障構造改革として制度の再編成が進んでいるが、急速な高齢化に対応するためには、政府のより早い構造改革が望まれる。
4、医療と年金へ対策案の提示
高齢化により打撃を受ける国民医療費は増加傾向にある。2010年度に41兆円、2025年度には69兆円に達すると予測されている。厚生労働省による2003年度の国民医療費の概況では、病気やけがの治療のために医療機関に支払われた「国民医療費」の総額は31兆5375億円であり、前年度より1.9%増加し過去最高となった。高齢者(70歳以上)の医療費は、全体の40.6%を占める12兆8000億円だった。
これからの高まる医療費を抑制する対策としては「治療から予防」の視点・普段から健康を維持していこうとする「予防医療」、病院や薬に頼るだけではなく、自分の身体は自分で守る健康管理術を生活の中に取り入れていこうとする取り組みが挙げられる。将来にわたって社会保障制度を持続可能な制度にするには、高齢者を一律に弱者とみなして優遇するのではなく、負担能力のある人は負担してもらい、過剰な給付は抑制していくことも必要だろう。
また、高齢化により最も打撃を受けやすいのは国民年金制度である。日本の公的年金制度は賦課方式を採用しているために、少子高齢化により世代間格差が生まれ、需給が合わなくなる。そのため少子高齢化に対応できない制度と言える。こうした世代間格差によって未納者が増えるのは、将来の年金制度への不安・不信感からきている。現役世代の年金不安として重視すべきものは「保険料はどこまで引き上げられるか」という負担面の不安、「払った保険料に見合う給付を受けられるのか」という給付面の不安があげられる。負担面の不安に対しては、「現役世代に過重な負担がかからないように全国民で負担を担っていくこと」が求められ、給付面の不安に対しては「拠出と負担の明確化」が求められる。
2005年11月に財務省が発表した国及び地方の長期債務残高が2005年末見通しで774兆円に達し、先進国の中で最悪の水準となることが分かった。このように国家財政でも歳出の削減が騒がれている。そのためこれ以上債務を増やせない日本がまず優先させるべきことは、少子化対策であると考える。高齢化に掛かる費用の増大は国家財政において大変厳しくなるうえ、少子化を改善できなければこれ以上の高齢化社会に対応できなくなる。急速な高齢化に先手を打てるのは、少子化対策であり高齢化に係る費用、主に「医療」と「年金」は削減できるところまでしていく必要がある。
5、結論
社会保障は最低限の生活を保障するという生存権保障によって生まれたとしても、今の日本の財政上では、給付水準を下げることや、自己負担を増やすのはやむを得ないことである。特に、年金未納者の増加原因である世代間格差はこのままにしておくと現在の社会保障制度を崩壊させかねない。世代間格差を解消するには、高齢者にも負担を背負ってもらうことが必要である。よって、給付水準の引き下げ、支給年齢の引き伸ばしはある程度行うべきである。しかし、高齢者にあまりにも過度な負担を課すことはできない。高齢者がこの負担増加に耐えられず、あぶれだす可能性は大いにあるからである。そのためのセーフティーネットは最低限必要となる。高齢者が負担の下敷きになってしまわないように、増税をすることも必要だろう。増税には反対の声があがるだろうが、現在の社会保障制度には財源の確保が重要であることを国民にしっかりと理解させることが重要課題となる。
急速な高齢化は止められない現象であることを認識し、人口の構造改革を図ることが重要で、そのためには少子化を改善することが必要である。今後も日本の社会保障制度を維持していくためには、高齢者にある程度の負担を課して高齢化に関する費用の増大をなるべく削減し、少子化の改善に努めることが最善の策といえる。
第3章 少子化の現状と展望
1.問題設定
少子化が社会的関心を集め始めたのは、1989年に合計特殊出生率が1.57人という低水準を記録してからである。つまり、少子化は、出生率の低下から起こっているといえる。出生率は低い水準で推移し、少子化は悪化の一途をたどり、さらに高齢化も同時に進行しているため、日本は世界一の高齢社会になろうとしている。今後もこの現象が続けば若年者への負担は増加し、現行の社会保障制度が破綻することは目に見えている。
本章では、なぜ、このように出生率が低下してしまったのかという問題意識から、低出生へと移行した背景を探り、そこから低出生率の原因となっている女性の晩婚化、未婚化また、専業主婦への対応という点をふまえて、少子化に対してどのような対策が採られるべきかを考察する。
2.現状と現在採られている少子化対策
そもそも、なぜ子供を産まなくなったのか。少子化世代の親の世代は、女性が社会に出て働く環境は十分には整っておらず賃金も男性に比べ低かったため、結婚することで養ってもらい老後のために子供を産むという考え方が主流であり、子育てに対し何の疑問も感じていなかった。しかし現在、大学進学率の上昇による女性の高学歴化や、男女雇用機会均等法による男女の賃金格差の縮小、企業の女性へのニーズの増加による女性の社会的地位の向上が進んだことなどにより、子育てや結婚への価値観が変化している。つまり、上述のような社会の変化により女性の人生設計において結婚、出産というものに希望を抱けなくなってきているのだ。このような様々な要因を受けて、働く女性の晩婚化、未婚化という現象が起こり、出生率低下につながっている。
また現在、育児休暇の取得者は約1割程度(高賃金・高学歴の女性に多い)にしか過ぎず、多くの女性は利用したくてもできない、または働くことよりも子育てに専念したいと考えている。しかし現在の景気低迷により、家庭の台所事情も厳しく夫婦共働きを余儀なくされる状況下で、主婦に専念できるような支援はほとんどなされていない。このことも低出生率につながっていると言えるだろう。このような状況において、働く女性への支援ばかりを進めることで少子化が克服されるとも思われない。
現在採られている少子化対策としては、1992年に育児休業法が制定され、何度かの改正を経て現在に至っており、また1994年には子育て支援のためのエンゼルプラン、1999年に新エンゼルプランが策定されたが依然として何も改善されていない。なかでも、育児休業法については問題が多い。それは、育児休暇をとった場合に、企業にかかるコストは大きいこと、そのため企業は実力のある女性しか採用しないといった行動をとり、働きたい女性全ての利益とならないことや、育児には多大な時間を要するため、仕事と育児の両立は非常に困難となり、実際には周りからの無言の圧力によりその制度を利用しづらいということがある。このことから、就労意欲のある女性も結婚、もしくは出産を目前に寿退社という形で家庭に入る場合が多いのである。
他の政策としては、児童手当がある。これは社会手当に分類され、無拠出制のため財源は租税や公費でまかなわれ、資力調査を伴わないという社会保険と公的扶助の中間に位置する制度である。しかし、この制度によって給付される額は第2子までで5,000円、第3子から10,000円という低水準の給付で、不十分であるという声も多い。
このように、社会の状況と政策が合致していないことがわかる。
3.今後の政策として
では、今後どのような対策が採られるべきか。
まず、「仕事と育児を両立したい」というニーズに応える対策として、ファミリーフレンドリー企業を国が推奨、優遇するという対策が挙げられる。ファミリーフレンドリー企業とは、各国で異なるが@働き方を労働者の家庭事情に対応できる柔軟なものへ改革A「仕事場に家庭の事情を持ち込むべきでない」、「女性は家事、男性は仕事」という社内の人々・企業文化の意識改革に取り組んでいる企業、というのが共通の認識とされている。ファミリーフレンドリー企業になることのメリットは、企業にとっては@労働者のモラル向上A人材の確保B社会貢献による企業価値の向上が挙げられ、労働者にとっては@家族とのコミュニケーションの増大A仕事の満足度の向上Bストレスの減少が挙げられる。これらの企業は企業内に託児所を設ける、また職場内復帰プログラムの実施など、女性を受け入れる体制を整えている。ファミリーフレンドリーを採用した企業には、政府から支援として補助金を出すなど企業負担を軽減するといった支援策を行う必要がある。また、ファミリーフレンドリーを広め、より多くの企業に知ってもらうためのシンポジウムを国が中心となって開催すべきである。
しかし、そこまで資金を回せないという中小企業などのカバーができないため、保育所や託児所の新たな設置とその改善も求められるだろう。現在、保育所の待機児童は約2万1千人にのぼっており、もはや公立の保育所だけでは対処できなくなっている。ここで、保育所の企業参入を提案したい。民営化による規制緩和により、最低限の国の基準は守ったうえで、自由なサービスの内容や料金設定が可能となり、保育所間の競争が促され保育サービスの充実が期待でき、労働時間に即したものや低年齢児保育の拡大、入学する時期の延長などのニーズに応えることができる。
また、児童手当の見直しも必要であると考える。児童手当の仕組みは無拠出制の社会手当であり資力調査を課すことなく現金給付を支給する所得保障制度である。利用者は増加しているとはいえ児童手当の実態は低所得者政策としての性格が濃く、所得制限が厳しい。また対象年齢が引き上げられているとはいえまだ、年齢も期間も狭く手当金額も低い。国民のニーズとして、幼児期の育児のための支出は大きく、給付額への不満は多い。実際に子供一人を高校まで通わせるのに必要な経費は約1,000万円かかる。確実に現行制度では不十分であり利用年齢や給付額の拡充、給付者の範囲拡大が求められる。税制改革により、児童手当へ充てる財源を確保することが必要である。また、児童手当制度の目的を「所得保障」という点に絞ることで、制度を明確にし、財源を使う範囲を集中させることが必要であろう。
ほかには、子供が多く生まれる地域には社会に対する愛着や人々の交流があり、地域みんなで子育てをするという意識が強いという統計が出ており、孤独に育児に取り組むのではなく他の親との共同作業によって子育てをするという意識を高めるため、同じように子育てに不安や悩みを抱えているもの同士の交流会をより積極的に開くことも一つの手である。
4.財政との関連
まず、どの対策にも共通することは、その財源をどう確保するかである。
それには、増税による国民の負担増加は避けられないだろう。増税に対する国民の反対はあると予想されるが、今後どのようにして国民の合意を得るような増税を行うかが、最重要課題であろう。本稿では、目的税の設定を提案する。目的税とは、特定の経費に充当する目的で徴収する租税である。これのメリットは、使途が明確であるため国民の合意を得られやすいこと、社会保険への未加入や保険料の未納にかかわる問題が生じないことが挙げられる。特に、日本の財政、社会保障の現状が大変厳しいことは国民にとって周知の事実となりつつあるので、福祉目的税としての増税であれば理解が得られるであろう。それでは、どのような増税が適切であろうか。
グローバル化も意識すると諸外国に対して非常に低い消費税率を引き上げる形での増税が適切であろう。すなわち、間接税による増税である。ただし、現在の消費税は生活必需品にもかかっており、この点において逆進的な性格をもつ。そこで、一律に消費税を引き上げるのではなく、生活必需品への税率は引下げ、高級品・贅沢品の税率を引上げ、消費税そのものの性格を累進的なものへ変えるべきである。安易な消費税上げによる増税ではなく、消費税の性格を変えながら福祉目的税として増税するのである。
また、児童手当の見直しとして、税制における児童扶養控除を廃止するということも提案したい。厳しい所得制限があるために、現行の児童手当は低所得者のセーフティーネットとしての役割を果たしてきたが、現在、所得の制限金額が低く、その限度をわずかに超えたため給付が受けられないという家庭も多く、そのための対策が必要である。そのためには、児童扶養控除の廃止が有効ではないだろうか。児童扶養控除は高所得者の所得控除であり、所得税が多く課されていない低所得者にとってはあまり意味のない制度であったので、児童扶養控除を廃止することによる増税分を児童手当の給付に充て、児童手当の給付額の拡充、給付者の範囲拡大を図れるのではないだろうか。
5.結論
このように、少子化の現状から今後の展望を考えると、少子化はきわめて深刻な状況にあり、その進行の勢いを抑えるような対策が必要である。しかし、現在、社会保険料の7割近くは高齢化対策に使われており、少子化対策はほとんどなされていない。このような状況では日本の将来を支える世代が生まれず、日本の経済、技術の発展は望めない。日本の未婚男女の多くはまだ結婚に対する意欲はあるので、それを妨げている出産、育児に関する負担を軽減し、子を産みやすい社会環境の整備が必要である。その対応には、ファミリーフレンドリー企業の優遇といった国からの支援と、現行の制度改革が必要であると考える。そのためにも、増税による財源確保は避けられないだろう。その増税は福祉目的税とした消費税によってなされるべきで、福祉目的の柱に少子化対策が据えられなければならない。また、社会手当の分野における逆進的な機能を持った児童扶養控除を廃止していくといった税制改革により、現行の制度を合理化していくことが急務であろう。少子化対策は、その効果が現れるまである程度の時間を要することを念頭に置き、政府はその対策を早急に採るべきである。
第4章 グローバル化の対応策
1.福祉国家とグローバル化
グローバル化とは、人・財・サービス・マネー・情報が国境を越えて流通することで、経済、文化、社会、政治といった様々な分野において地球規模の一体化が進むことである。20世紀後半、社会主義計画経済に勝利を収めた資本主義自由経済は、IMF(国際通貨基金)などを通じて、その中核であった米国経済の一極化、単一化を推し進めた。また、1970年代のニクソンショックによるブレトン・ウッズ体制の崩壊に始まった経済のグローバル化は、福祉国家に多大な影響を与えている。それは、グローバル化が国際経済の影響を受け易くすることで、国家の経済管理機能を低下させるからである。たとえば、完全雇用政策をとってもそれがコスト高になるならば企業は海外に出て行き空洞化が生じる。 また、グローバル化は地球レベルの競争という形で競争を激化させ貧富の差を拡大するが、これを是正するために強者に負担をかければ、その強者が海外に流出しかねない。福祉国家が福祉を実施したくてもそれを困難とする側面がある。こうしてグローバル化は国民国家としての福祉国家を弱体化させる。国民国家の弱体化が象徴的に現れたのが相次いだ通貨危機であろうし、グローバル化の負の側面である。
通貨危機のような大混乱が生じたのは、グローバル化を統制する主体がないからであろう。国民国家の弱体化は他方で国民国家に替わる統制主体を必要とさせるが、グローバル化に対応した統制主体とは世界国家・政府といったものだろう。アメリカが唯一の超大国になったとはいえ、それが世界国家・政府などといえるものではないことはイラク情勢を見れば明らかである。したがって、グローバル化の統制主体がまったく育っていない中でのグローバル化は「行き過ぎたグローバル化」といえ、現在はまさに行き過ぎたグローバル化といえよう。
行き過ぎたグローバル化に対して福祉国家は、そのスピードを緩めるように働きかけるべきだろう。十分に機能していないとはいえ、国際機関を使ってグローバル化のスピードを緩めつつ長期的にはグローバル化に対応した統制主体の育成を図るべきである。これは日本も含めた成熟した福祉国家に求められることである。
しかし、今後もグローバル化は進むであろう。そこで、以上の点を踏まえた上で、日本福祉国家にとってのグローバル化の問題点を考察する。
2.グローバル化の問題点
グローバル化自体は多数の人々の生活水準や技術、知識の向上に貢献したことや、価値観を共有する世界市民が出現したことなどのプラス面を多く持っている。しかし一方で、グローバル化が進展するとともに世界経済の成長が進む中で、多くのマイナス面が際立つようになってきており、それらが深刻化している。特に、次の2つの問題点を取り上げる。
1つ目は「競争の過酷化」である。貿易などを通じて、企業間・国家間の競争が過酷なまでに進展してきた。先進国のように労賃や企業の社会保障負担の高い国はコストが高くなるので、生産効率を競った地球規模での資本の大移動が可能になると、工場やオフィスをコストの安い海外に移転させるようになる。その結果、先進諸国では国内産業の空洞化が引き起こされ、それに応じて働く場と雇用機会が削減され、失業が増大している。2つ目は「貧富の差の拡大」である。自由貿易の結果、勝者はますます富み、敗者は経済的な力を失っていく。したがって、極端なまでに貧富の差が拡大しているのだ。これらの問題は深刻であり、重大な社会的・経済的移転を引き起こしている。もはや、これらを放置することは生存権すら保障されない人々を生み出し、そのような人々を切り捨てるのに等しい。それでは、このような状況の中で日本は福祉国家としてどのような対策をとればよいのであろうか。
3.対応策
産業空洞化からくる高い失業率や所得格差からくる貧富の差の拡大は、グローバル化や激化する競争に対しての懸念を著しく増加させた。しかし日本は、著しい円高、外国の貿易障壁、日本における賃金および生産コストの上昇といった脅威により海外生産と海外投資の拡大というグローバル化の道を歩まざるをえなかった。円高とコストの上昇は、安価な労働力を備えたアジアの経済地域へ生産拠点を移すことにより生産費を下げる強力な優位性を日本企業に与えることとなったため、グローバル化の流れにはなかなか逆らえなくなっていった。
まず、逆行できないグローバル化の中で産業空洞化からくる高い失業率や所得格差からくる貧富の差の拡大を是正するためには、日本とアジアとのさらなる国際分業が必要になると考える。アジアは労働集約的産業の比較優位が大きいため、ブルーカラー層の製造業作業がアジアの子会社へと移転しているし、日本は先進的高付加価値産業の比較優位が大きいため、さらなる技術革新を行うことで技術力を向上させようとして、費用優位のブルーカラー層よりも、資本と熟練労働者といったホワイトカラー層を優位に活用している。このような国際分業体制をさらに強め、日本は頭脳を供給し、アジアは労働力を提供するといった優位性の有効活用視点からの役割分担をより明確にすることで、他国に比べ比較優位に立った分野をその国の強みとすることができる。アジア諸国が比較優位を持つ分野では日本は市場を失うことになるが、日本が比較優位を維持獲得した分野は、グローバル化によりアジアの富が増えることで、輸出市場の拡大が期待できる。このような国際分業により比較優位を持つ特定の分野に特化して新たな市場を生み出し、雇用の創出をすることで他国との競争を避けながら失業や貧富の差といった問題に対応するべきだろう。
日本が国際分業において独自の比較優位を得るためには、企業の持つ高い技術力の保護や企業の新技術の開発への支援が必要になる。そのためには、教育改革により基礎学力低下に歯止めをかけ、競争力の土台となる優秀な人材を多く育てていかなければホワイトカラー層としての日本の役割は果たすことができない。また、失業者に対しては、失業者が社会復帰できない社会では失業問題の根本的な改革にはならないので、一度失業し、落ちこぼれてしまっても、また挑戦できる役割を担う再就職のための職業訓練や能力開発支援を行っていくべきである。
しかし、これらの対策をいくら行っても、社会から落ちこぼれる人は必ず存在する。このような人々に対しては、切り捨てることをせずに、生存権に基づいた必要最低限のセーフティーネットとしての役割を社会保障によって果たさなければならない。
このような社会において経済的、社会的弱者である老人や、失業者を財政面から助けるのはほとんどが若い世代であるが、近年の人口構造の変化はこれを難しくしている。若い人々の人口が減少しているのとは逆に高齢者の割合が増え続ける状態では、支える人々が減少しているにもかかわらず社会保障受給者は増えてしまい社会保障は成り立たない。この状態では最低限の福祉も保障することが危うくなってしまうだろう。このように少子高齢化は、グローバル化社会での福祉に対して特に財政面に関して強い関係があり、少子高齢化に対する対応とグローバル化に対する対応を同時に行うことではじめて社会保障が成立すると考える。
以上のことから日本がグローバル化の進行する中で、最低限の福祉を保障し、福祉国家として存続していくには、国際分業により日本は高付加価値産業といった比較優位が高い分野に特化することで新たな市場を創出することが重要である。新たな市場を創出することで新たな雇用が期待でき、また国内での優位性を持ち合わせているので空洞化も起こりにくい。そのような比較優位を得るためには教育水準を向上させ、優秀な人材を育てることにより実現可能である。これと同時に、少子化を改善し、人口構造の健全化を図ることでグローバル化に対応するべきと考える。
現在の日本の社会保障はすでに財政面から行き詰っている。そこで、社会保障改革が必要不可欠である。社会保障改革には増税を視野にいれなければいけない。増税をすることで安定した財源を確保し、セーフティーネットを確保しなければならない。増税自体は、グローバル経済において海外への人や企業の移転を促進しかねない。しかし、前述のように国際分業での日本の優位性を生かすことができれば、このことは防ぐことができるのではないだろうか。
第5章 良薬、口に苦し
高齢化、少子化、グローバル化という3つの病による影響を多大に受け、福祉国家としての日本の社会保障制度は危機に面している。戦後の社会・経済情勢の変化に対して、福祉国家として国民が安心して生活できるために作り上げてきた社会保障制度は維持されるべきであり、今はその変革の時期にきていると考える。
変化に対応できる社会保障を目指していくうえで共通していえることは、社会保障財源の確保といった財政問題をどのように解決していくかである。また、急増する社会保障費を少しでも削減するために、老人医療費の自己負担引き上げが連日のように報道されている。このことから高齢化社会において高齢者のある程度の自己負担は仕方がないものになっている。その一方で、急速に進行している少子化問題の解決も急ぐ必要がある。しかし、子供を生みやすいといった社会環境の整備にはまだまだ時間がかかるにもかかわらず、少子化問題にかける財源はほとんどないのが現状である。このことから財源確保のためには増税という薬が必要ではないか。
ただ、財源確保のための増税をするにしても、どのような税で、どのように徴収するかが問題である。本稿では具体策として、累進的な福祉目的税とした消費税による増税を提案した。日本の消費税率は諸外国に比べて低く、現在の5%からの上昇は、今の財政難を考えるとやむを得ないことである。また、将来の少子高齢化への影響を考慮すると間接税は、収入の多さや年齢に関係なく徴収できるため、安定した税収を確保できるというメリットを持つ。しかし、あまりにも高い消費税率は、所得の少ない高齢者や低所得者にとって過酷なものとなり、消費税のみの増税に特化することはできない。そこで間接税のみではなく、直接税である所得税の累進的な引き上げにより、低所得者への負担緩和を行うことも提案したい。グローバル化の進む中、貧富の差が問題となっており、高収入者の所得税を引き上げることで、低所得者への社会保障費を賄うということである。このような増税は国民の負担増に違いはないが、政府はその使途を国民に示し、国民を説得していかなくてはならない。
高齢化、グローバル化における問題の解決手段は、少子化に歯止めをかけることである。しかし、少子化は対策を採ったところですぐに解決する問題ではなく、その間にも高齢者や低所得者を保障していかなければならない。対応すべき問題は多岐にわたっているが、増税により確保した財源によって少子化対策を行い、そのための企業や地域への国からの援助による働きかけに重点を置く。それと同時に高齢者の自己負担による社会保障費の削減を行いながら、高齢者や低所得者の保障を行っていかなければならない。
このままでは財政が破綻・社会保障が崩壊の方向へと進むことは確かである。高齢化、少子化、グローバル化という3つの問題を解決するための改革には、国民の負担増は不可避である。高齢者の自己負担や、国民全体への増税による財政の引き締めが必要であり、福祉国家としての日本を再建していくためには、このような苦しい状況を受け入れていかなければならない。正に、「良薬、口に苦し」である。
参考文献
阿藤誠[2000]、『 現代人口学 少子高齢化の基礎知識』日本評論社。
池本美香[2003]、『失われる子育ての時間』剄草書房。
伊藤周平[2002]、『「構造改革」と社会保障−介護保険から医療制度改革へ』萌文社。
カナダソーシャルワーカー協会編[2003]、『ソーシャルワーカーとグローバリゼーション』相川書房。
清家篤、岩村正彦編[2000]、『年金制度改革の論点』社会経済生産性本部。
橘木俊詔、金子能宏編[2003]、『企業福祉の制度改革』東洋経済新報社。
ノーマン・ジョンソン[2002]、『グローバリゼーションと福祉国家の変容?国際比較の視点?』法律文化社。
広井良典、山崎泰彦編[2001]、『社会保障論』ミネルヴァ書房。
堀勝洋編[2004]、『社会保障読本』第3版、 東洋経済新報社。
前田正子[2004]、『子育てのしやすい社会』ミネルヴァ書房。
マンフレッド・B・スティーガー[2005]、『グローバリゼーション』岩波書店。
労働少女政局編[2001]、『「ファミリーフレンドリー」企業をめざして』財務省印刷局。