全九州大会論文  テーマ「年金」

 

 

 

 

若者が信頼できる

年金制度を求めて

 

 

 

 

西南学院大学 商学部

            小川浩昭ゼミナール

 

 

 






目次

 

第1章                        高まる年金不安

第2章                        不安を高める財政方式

第3章                        不安を高める年金改革

第4章                        安心を高める年金改革

第5章                        若者が安心できる年金改革






















第1章  高まる年金不安

 現在の日本における高齢者の生活費は、8割近くが公的年金などの社会保障給付でまかなわれている。なぜ今、年金改革の必要性が叫ばれているのか?それは、現在ある年金制度では対応しきれなくなることが予想されるからである。その大きな原因の一つが急速な少子・高齢化である。少子・高齢化は、日本社会が直面している最も重要な問題の一つである。厚生労働省の発表によると2000年には高齢者の人口割合が17.2%になり、2010年には22%になると推測されている。少子化とは、合計特殊出生率で示される子供の数の減少のことである。また、高齢化の加速は、生活水準の向上、医療の発達などにより寿命が延びていることによる。
 では、少子・高齢化が年金制度改革の要因となっているのはなぜか?それは今後、子供の数、つまり将来の労働の担い手の数が減り、高齢者の数、つまり将来の年金受給者の数が増えることで、公的年金における負担と給付のバランスが取れなくなっていくからである。この負担と給付のアンバランスは、現在の制度では対応しきれない。また、年金改革の必要性を考える上で、少子・高齢化以外に財政赤字の面も重要である。
 財政赤字において、公的年金制度全体としての債務超過が大きな問題としてあげられる。その中でも厚生年金について言えば、次のとおりである。将来の保険料拠出によって約束された厚生年金の給付を20003月末時点で一時金換算した金額は1430兆円である。給付債務のうち、180兆円は国庫負担でまかなわれる。さらに1170兆円は年金保険料で財源調達され、将来の拠出に関して言えば、債務超過は80兆円にすぎない。しかし、過去の保険料拠出によって約束された給付のうち今後支払わなければならない金額は一時金換算で720兆円と推測されている。そのうち100兆円が国庫負担で170兆円が積立金でそれぞれまかなわれる。そして残りの450兆円が財源手当てのない給付債務である。厚生年金は過去毎年黒字計上してきた。しかし、2001年の収支は約7000億円の赤字になった(厚生労働省『厚生年金・国民年金、平成11年財政再計算結果』より)。将来と過去の債務超過の比較から分かるように、厚生年金における債務超過の大半は過去の支払い約束から生じている。このような状況は国民年金や共済年金においても変わりがない。
 そして、若い世代や高所得者、非給与所得者による年金未納者問題も財政圧迫の一因である。周知のように年金の空洞化は国民年金で広範に生じている。厚生労働省によると2002年度の未納額の実績は、自営業者・農業者などの非給与所得者(厳密には第一号被保険者)の保険料未納率は4割近く(37.2%)にまで上昇してしまった。これに学生納付特例者や保険料全額免除者を加えると実に第一号被保険者の約半数が保険料を納めていなかったことになる。未納は都市部や若者層だけでなく、地方や中高年層にまで及んでおり、「国民皆年金」はもはや有名無実の空語となってしまっている。そんな中、昨年度から12年ぶりに強制徴収に乗り出し、「督促状」を送付して未納の時効を止めようとしたが、実際に送付したのは富裕層で数も多くはなく、あまり効果は表れず、むしろ人件費や事務費がかかってしまう始末であった。この年金問題の背景にあるのは、年金に対する不信である。年金不信の理由は世代や所得によって多少異なるが、「保険料を払ってもその拠出にあった給付をもらえるのか」、「年金制度を話し合う議員が保険料を払っていないのになぜ払わなくてはいけないのか」というような声が大半を占めている。前述の通り、債務超過の大半が過去債務であることから、このような不満は当然だろう。特に、若い世代には「世代間の不平等があまりにも大きい」という不満が強いと言える。
 未納問題は国民年金の財政を改正していくうえで、まずは解決しておかなければならない問題である。社会保険庁の不正、議員の不正、制度の不透明さによる不信は当然なくしていかなければならないが、未納者の意識改革も必要である。未納をしている人のどれだけの人が社会保障・社会保険・年金制度を理解しているであろうか。まず、社会保障・社会保険・年金制度、そして未納による不信が未納を生むという未納の悪循環のことを理解すべきである。債務超過や少子・高齢化の問題もあるため、未納がなくなれば年金制度が安泰になるわけではないが、少なくとも改革はスムーズに進むと思う。未納問題と財政問題は相互関連しており、未納問題を解決すれば財政も改善され、また、財政の問題を改善すれば不安の減少により未納問題も改善されるという好循環が期待できる。両者の好循環が年金改革の近道になるのではないか。
 厚生年金にも空洞化現象が目立ってきた。企業は人件費負担を圧縮するため、合法的な社会保険料逃れに奔走している。@新規採用の抑制 A中核労働者の厳選 Bパートタイマーへの切り替え C請負契約者・派遣労働者の積極利用 D成果主義賃金への切り替え Eボーナス支払方法の変更や年俸制への移行 F海外へのサービス業務委託 G生産拠点の一部海外移転などがある。また5人以内の零細企業などでは経営が不安定である事を理由にして厚生年金や政管保険の適用を取りやめたり、初めから双方を適用しなかったりする例も少なくないようである。
 なぜ、ここまで社会保険料逃れが増加するのか。その理由は年金保険料が公租公課の中で負担がもっとも重いからである。ちなみに2003年度当初予算によると、所得税138000億円、住民税79000億円、法人税91000億円、法人事業税35000億円、固定資産税87000億円であった。また地方消費税は5%分統計で119000億円であった。他方、医療保険料は175000億円、年金保険料は29兆円であり、年金保険料負担が突出している。
 こうした中で、現役で働いている人々の手取り所得を減らす最大項目は今や所得税ではなく年金保険料となっている。又、事業主にとっても年金保険料を初めとする社会保険料の負担増は人件費をカサ上げする要因となっており、その負担増に苦悩している例も多くなってきた。しかし、急速に進展しつつある少子・高齢化の中にあって、現行年金制度は維持不可能となってきており、抜本的な改革が求められている事からすればさらなる負担増もやむをえないであろう。それにもかかわらず、今年度の年金改革においても、抜本的な改革は先送りにされた観がある。その事がさらなる年金不信をもたらしている。そしてこのことは、将来の世代、われわれ若者への負担の転嫁へとなるのではないか。こうして若者の年金不信も募るばかりである。社会保障・社会保険は助け合いの制度である。したがって、若者も応分の負担をする覚悟が必要である。しかし、そのためには、助け合いの制度を支えるために国民すべてが平等に痛みを分かち合う事が必要であろう。そうする事で、われわれ若者が信頼できる年金制度へと抜本的な改革ができることになるのではないか。本稿ではこのような問題意識から財政方式(社会保険料・税方式)・(積立方式・賦課方式)を考察し、成熟社会であるスウェーデンが取り入れた財政方式に注目しながら、今後における年金制度のあり方を論じていくことにする。

第2章                不安を高める財政方式

 現在、日本の公的年金は社会保険方式で運営されている。しかし、近年、国民年金の制度未加入や保険料未納者が増えていることを背景に、全額国庫負担の税方式にすべきとする意見が出されるようになった。しかし、社会保険方式を維持するべきだと考える。なぜなら、財源が税で徴収されるか、保険料で徴収されるかの違いは、全国民で助け合いを行うか、拠出した人の中で助け合いを行うか、という助け合いの範囲と論理をどうするかという問題であり、能力に応じて徴収され、拠出と関係なく必要に応じて給付が行われる税方式は、負担と給付の関係を不明確にするものだからである。公的保険においては、個人主義的経済計算を超える社会的配慮が強く働くために、しばしば給付・反対給付均等の原則の追及が困難であったり、軽視され、さらには収支相等の原則すら破られる場合がある。確かに公的保険の観点からすれば、社会的配慮が強く働くことは当然のことかもしれない。しかし、これだけ赤字=収支の不均衡が生じ、さらに悪化することが見込まれる中では、給付・反対給付均等の原則を重視せざるを得ず、社会保険の観点からしても、ある程度、その原則にのっとるべきではないだろうか。
 そもそも、税方式の特徴とはなんであろうか。そのメリット、デメリットを整理してみよう。年金目的消費税の場合で考えてみる。まず、メリットとして以下の点があげられる。

@一般財源に比べ財源の安定性が確保できる。

A自営業者と会社員の間で所得捕捉の不公平が避けられる。

B高齢者にも負担を求めることになるので世代間の不公平が是正される。

C未納・未加入問題がなくなり、国民年金の空洞化を回避することができる。

D無年金・低年金問題がなくなる。

E第3号被保険者問題が生じない。

 次に、デメリットとして以下の点があげられる。

@給付と負担の関係が不明確である。

A増税に対して国民の反発が強い。

B巨額の財源の確保に困難がある。

  C現行方式・社会保険方式からの移行を円滑に行うのが難しい。

 このように、税方式のメリットは確かに多いが、税方式に移行した場合に受けるデメリットの影響も大きいように思われる。数の多さと比例してメリットが大きくなるわけではない。そもそもわが国では、現役時代における個々人の保険料の納付という努力に応じてそれぞれの年金額が決まっている面がある。また、給付はその負担に基づく権利として確定されることから、国民に安心感を与え、負担に対する理解を得やすいというような大きなメリットが得られるため、全体的にみて、社会保険方式の方が社会にとってよりふさわしい方式ではないかと考える。そして、それをもとに、さまざまな工夫を凝らし、年金不安へ対応していけばいいのではないだろうか。
 ところで、年金の財政方式には、税方式・社会保険方式という観点の他に、積立方式・賦課方式という観点がある。次に、積立方式・賦課方式について考察を加える。
 積立方式とは将来の年金給付に必要な原資を保険料であらかじめ積み立てていく方式であり、賦課方式とは年金給付に必要な費用をその時々の現役加入者から保険料で賄う方式である。
 積立方式の特徴は、以下の通りである。

・保険料計算の想定通りに推移すれば基本的には一定の保険料となる。

・通常、積立金の運用利回りは賃金上昇率よりも高くなると想定されるため、積立金の利息収入を活用し保険料負担を軽減することができる。

・積立金の運用によって財政が左右されるため、積立金の効率的運用が重要であり、リスクの管理も必要となる。

・予期せぬインフレで積立不足が発生すること等により保険料が変動する場合がある。

 賦課方式の特徴は、以下の通りである。

・インフレ等による名目上の経済変動では実質の保険料負担は影響を受けない。

・積立金がないので運用やリスク管理の必要はない。

・制度の成熟化、人口の高齢化が急速に進展する場合、保険料が急増する。

・制度の継続性がない場合は採用することが出来ないため、通常、公的年金でしか採用できない。

わが国の年金制度は、積立方式と賦課方式が混合している。それでは、現行の混合方式にはどのような問題が存在するのであろうか。
 前述のそれぞれの方式のメリット・デメリットに基づいて簡単にまとめると、次の通りである。基本的に積立方式は資本蓄積面でメリットを持っている。しかし、不確実性が存在する現実の社会の下では、積立方式だけでは限界がある。一方、賦課方式はこの問題を解決するが、人口高齢化が進展する社会の場合、年金財政を逼迫させる。積立方式のもとでは、高齢期の生活費における予測されなかったインフレーションや一般生活水準の上昇といった不確実性の対応に関しては、限定された対応でよいとみなされており、賦課方式のもとでは、予測されなかった高齢期の不確実性の対応まで国が行うべきであると考えられているのである。
 現在、ほとんどの制度は積立金を年金給付費の数年分しか保有しておらず、年金財政の将来見通しによれば、この比率は徐々に低下し給付費の1年分程度になるものが多く、事実上、賦課方式に傾斜して行かざるを得ない状況となっている。近い将来において年金の一元化が図られる場合には、賦課方式による財政運営が経済変動に対応し易いことから、公的年金制度においては積極的に賦課方式に傾斜すべきだとする考えも一部にはみられる。しかしながら、賦課方式の財政は、人口構成の変化に対応し難いという弱点を持っていることを忘れてはならない。わが国においては、今後急速に人口の高齢化が進展するものと見込まれており、21世紀の前半には未だ各国とも経験したことのない超高齢化社会を迎えることになるものと予測されている。こうした基本的な条件の変化を認識した上、今後の国民経済の動向をも考慮に入れて、世代間の実質的な負担の格差を拡大しないような、調和のとれた財政方式を採っていくことが必要である。そうすることが、国民全てが平等に痛みを分かちあうこととなり、若者が信頼できる年金制度を構築することにつながるのではないか。

第3章                不安を高める年金改革

 年金不信を払拭するためには、抜本的な改革が必要とされているにもかかわらず、今年度行われた年金改革は、またまた問題を先送りしたようである。今の年金改革の大きな目的は、「若い世代を中心とした現役世代の年金制度に対する不安感、不信感を解消すること」にあった。年金改革法を評価する上で重要な視点は、現役世代の年金に対する不安や不満に有効な対策を講じているのか否か、という点であろう。
 ところで、現役世代が年金に対してもつ不安や不満とは一体何だろうか。この中には、気分的なものや制度に関する知識不足から生じているものもある。他方で、政策的対応が必要なものも含まれている。分類してみると、次の2点に分けられる。

@「世代によって、拠出と給付に格差があるのは不公平ではないか」という格差についての不満

   A「払った保険料に見合った給付を将来受けられるのか」という給付面についての不

   安

現役世代の年金不安を解消するためには、@少子・高齢化に伴う負担を全世代で担っていくこと、A払った保険料に見合う給付が将来受給できるように拠出と給付の明確化を図ること、といった点が考えられる。それでは先に成立した年金改革法は、この課題に対してどのような対策をとろうとしているのだろうか。

@少子高齢化に伴う負担を全世代で担っていくこと

少子高齢化に伴うコストを全世代で担う対策としては、次の点があげられている。

1に、保険料引き上げ凍結解除によって保険料は上昇していくが、法律によって最終保険料(率)を固定した点である(保険料固定方式)。これは、現役世代の負担の限界として最終保険料率を定めて、その範囲内で給付水準を調整していくものである。「保険料率が際限なく高まる」という若い世代の不安をある程度緩和できるものと思われる。
 2に、「マクロ経済スライド」の導入である。マクロ経済スライドとは、公的年金被保険者数の減少と平均余命の延びに応じて、給付水準の伸びを自動的に抑制していくものである。少子・高齢化に伴う一定のコストを、給付水準の抑制という形で年金受給者が負担することになる。なお、同スライドによって、モデル世帯の所得代替率は、現行の59.3%から2023年に50.2%まで低下する見込みである。政府は、所得代替率の著しい低下を防ぐため、モデル世帯の所得代替率を50%以上に維持するとして、給付水準に下限を設けた。また、名目年金額を引き下げる改定はしないことや、同スライドによる調整期間は基本的に2023年までに限ること、といった措置が設けられた。
 3に、年金課税を強化して、それを財源に基礎年金の国庫負担率を現行の13から12まで引き上げていく点である。従来老齢年金は「公的年金等控除」によって、実質的に非課税に近い扱いを受けてきた。しかし今回の改革では、公的年金等控除を給与所得控除の水準程度に縮小し、他方で65歳以上高齢者に適用される「老年者控除」を廃止する。高齢者の応分な負担によって、現役世代の保険料負担を抑制することができる。 
 4に、積立金の取り崩しである。これまで将来に渡って一定の積立金を維持してきたが(永久均衡方式)、今後は100年程度かけて取り崩していく。現在の年金給付総額5年分に匹敵する積立金は、100年後に1年分程度となるように減少させていく(有限均衡方式)。これは、保険料率の抑制につながるものである。 
 上記のうち、保険料固定方式と積立金の取り崩しは、現役世代の保険料負担上昇を抑制する方策であり、他方、マクロ経済スライドや年金課税は年金受給者に一定の負担を求める方策といえる。最終保険料率の水準や、保険料率の引き上げのテンポなどには議論があるが、現役世代だけでなく年金受給者も少子・高齢化のコストを応分に負担する方向で改革がなされた。

A拠出と負担の明確化

厚生年金に加入するモデル世帯について、保険料総額(本人負担のみ)に対する給付総額の倍率をみると、最も不利な扱いを受けることが予想される2005年生まれの世代であっても2.3倍となり、「払った保険料以上の給付がなされる」という試算結果が示されている 2004年度 財政再計算試算による)。
 しかし、給付拠出倍率は、(1)保険料総額に事業主負担分を加えるかどうか (2)保険料拠出と給付額を65歳時点の価格に換算する際の指数に何を用いるか、などによって結果は変わってくる。そこでモデル世帯について、事業主負担を拠出総額に加えて、運用利回りを用いた換算をすると、1975年生まれ以降の世代で0.80.9倍となる。モデル世帯は専業主婦世帯を対象にした試算であるが、共働き世帯や単身世帯を想定すれば、倍率はさらに低下していく。専業主婦は自ら保険料を拠出せずに基礎年金給付を受けられるので、倍率が相対的に高くなるためである。 
 現行制度では保険料を財源とする給付部分で所得再分配が行われており、「拠出と給付の等価性」を目的にした制度設計にはなっていない。世代間の公平性を重視するならば、支払った保険料に見合う給付を将来受け取れることを重視する必要があり、制度の体系を変えることが求められる。この点で、「原則として、支払った保険料に見合う給付を受けられる」ことを特徴とするスウェーデン方式について、政府は深く検討すべきであったと思う。2002年の厚生労働省案では、スウェーデン方式について「引き続き十分な議論を進めていくことが必要である」と指摘しているが、2004年の改正で一定の方向性を示すべきではなかったか。
 年金改革法は、「現役世代への過重な負担を抑制すること」という課題に対してマクロ経済スライドや保険料固定方式などの対策をとっており、一定の評価をすることができる。しかしながら、「拠出と負担の明確化」については現行制度を前提としている点で限界があり、制度体系の変更を含む抜本改革についての議論が求められる。さらに、社会保険方式における所得再分配をどのように考えていくか、といった点でも議論を深めていく必要があるだろう。現行制度は「保険原理」と「扶助原理」を併せもつため、制度の性格が不明確であり、国民が理解しにくい制度となっている。「保険原理」と「扶助原理」をどのような体系の下で、どのようなバランスで組み合わせていくかという点に、抜本改革における本質的な論点であるのではないか。

第4章                安心を高める年金改革

 わが国の年金制度の給付体系とそのルーツには2つのタイプがあり、1つはイギリスがルーツの基本年金(税)方式である。これは、対象が居住者すべてで給付設計は定額給付、財源は税であり、基本的機能は所得再分配である。もう1つはドイツなどがルーツの社会保険方式である。これは、対象が被雇用者で給付設計は報酬比例給付であり、財源は保険料、基本的機能は貯蓄/保険である。わが国の特徴はこの2つのルーツを併せ持つことである。つまり、1階に基礎年金、2階に厚生年金(所得比例部分)となっている。1階でイギリス的な基本年金方式である均一給付の基礎年金、2階でドイツ式の社会保険方式で所得に応じて支払われる年金というものである。財源的には税と社会保険方式が融合していて、基礎年金部分は3分の1が税、3分の2が保険料である。これにより、年金制度のもつ「貯蓄/保険」的機能と「所得再分配」機能が1つの制度に混在している。そのため、自分の老後のために若いときに保険料を積み立て、それが年をとったときに戻ってくるという制度なのか、現在の老人の生活を一定以上保障するために若い人がその費用を税として払うという制度なのか、制度の基本的な性格そのものが明確ではない。これがわが国の年金制度の欠陥である。しかし、若い世代の多かった過去にはきちんと収支も安定していたので、疑問を抱く事もなかったが、少子・高齢化の急速な進展で欠陥が露呈することとなった。抜本的な改革が求められるところではあるが、前述の通り、今年度の年金改革は問題を先送りした。そこで世界の注目を集めているスウェーデンの年金改革について考察する。
 スウェーデンでは1990年代初めの経済危機で年金財政が悪化し、制度が将来にわたって維持できるかどうかについて国民の不信感が強まった。そこで、199110月に設立した保守・中道4党連立政権のもとで、国会に議席を持つ7党がすべて参加した「年金ワーキンググループ」が発足し、改革に向けた議論を始めた。当時のボー・ショーンベリ社会保険担当相がワーキンググループの座長となり、最大野党・社民党からは元社会保険担当相が加わるなど、メンバーの多くが各党の有力議員だった。そして19941月、与党4党と社民党の5党が年金改革の基本的な内容で合意した。 
 19911月より実施されたスウェーデンの公的年金改革は他の先進国には類を見ないドラスティックな構造改革である。高齢化や経済のグローバル化による国際競争の激化に耐え、なおかつ労働意欲を阻害せず、透明で効率的な所得再分配であることを目指したものである。寿命の伸長など各世代のリスクは基本的に各世代が平等に負担するシステムになっている。
 その特徴は次の3つである。1つ目として、公的年金の給付構造を基礎年金と付加年金(報酬比例年金)の2階建てから報酬比例年金だけ(国民老齢年金)の1階建てにした。そして、所得調査つきの保証基礎年金を基礎年金に代わって給付することによって、すべての高齢者に対して最低所得を保障することとした。これにより、所得再分配的要素を極端に弱めて現役世代の労働意欲を高めることで年金制度を活性化させようとした。 
 2つ目として、確定給付型から確定拠出型の年金制度に変えたことである。国が国民にあらかじめ給付水準を保証する必要がないため、収支の予測が立てやすくなる。これによって国が国民にあらかじめ年金給付額の水準を約束する必要はなくなった。
 3つ目として、保険料率を賦課方式で運用される部分と積立方式で運用される部分に明確に分けたことである。賦課方式の部分は、加入者一人の老後の年金額を計算する際に「概念上の拠出立て」という特殊な方式が使われる。積立方式に似た計算方式を採用することによって、「保険料の支払い状況に応じた年金受給額」という関係をわかりやすくした。スウェーデン政府はこの改革で、現役世代に対し「納めた保険料はきちんと返ってくる」というメッセージを送ろうとした。スウェーデンも日本と同様に、平均寿命が延びていくと予想される。概念上の拠出立て方式では、長寿化が進んだ場合には1年あたりの年金額が減る仕組みになっている。個々の加入者にとってはマイナスの要素だが、これにより年金財政の悪化は避けられる。
 スウェーデン政府は所得の18.5%という保険料率を将来も引き上げない方針だ。その範囲内で年金給付をすべてまかなうわけなので、少子化が想定を超えて進むなどの事態が起きた場合には、年金額を減らす必要が出てくる。こうした場合に備えて、「自動財政均衡メカニズム」が設けられた。年金財政が悪化した場合に、あらかじめ決められた計算方式に基づいて、国会の議決なしで自動的に年金額を減らす仕組みである。年金改革が政争の具となることを避け、できるだけ長期間にわたって制度改正を行わなくてすむようにすることによって、国民の年金制度への信頼感を高めるのが狙いだ。世代ごとの生涯の年金給付総額は各世代が支払った保険料の運用実績によって決まるとしたことである。したがって、各世代の毎年の年金額は平均寿命によって異なる。これは世代間の不平等の問題や過少貯蓄にも対応するためである。
 わが国とスウェーデンの年金制度を比較して、わが国の年金制度の弱点をスウェーデンはほぼ完全に解決している。わが国の今年度年金改革ではこのスウェーデン方式を一部採用しているようだが、未だ多くの問題は先送りされてしまっている。若者達に「払った保険料はきちんと給付される」という形で信頼感を高めるためには、基礎年金と所得比例年金による二階建てから基本は報酬比例年金のみの一階建てにするといったスウェーデンに倣った大改革が必要である。

第5章                若者が安心できる年金制度

 公的年金は、今や、高齢期の生活の基本的な部分を支えるものとして国民生活に不可欠の存在となっている。このように、公的年金は国民生活や社会経済に不可欠な存在であるからこそ、戦後の年金制度の発展の歴史を踏まえながら、国民皆年金を堅持し、少子・高齢化が急速に進むことが見込まれる中にあっても、持続可能で安心できる制度として、国民の信頼を確保していかなければならない。また、負担面では保険料の事業主負担などにおいて、給付面では高齢者の安定した消費の実現などにおいて、社会経済への影響も大きなものとなっており、改革に当たっては、社会経済全体との調和にも配慮が必要である。あわせて、雇用政策、次世代育成支援策、税制等関連政策との連携を図り、総合的な視点に立った改革をしていかなければならない。
 さらに、少子・高齢化の急速な進行の中で、わが国の社会経済を活力あるものにしていくためには、働く意欲を持つ者が多様な形で働き、能力を発揮できる社会を維持していくことが重要である。年金制度についても、女性や高齢者、障害者などの多様な働き方の選択に対して中立的な仕組みとし、就労等様々な形での貢献が年金制度上評価されるよう見直す必要がある。
 そのためには、現役世代の負担が過大なものとならないよう配慮しながら将来の保険料負担を明らかにし、給付も安心できる水準を確保していく必要がある。その際、世代内の公平、所得再分配機能といった点も考慮することが重要である。公的年金の総額は年間40兆円を超え、受給者も約3,000万人に達するなど、経済に与える影響も大きい。また、公的年金は、受給者の生活の安定はもとより、若い世代にとっても、親の高齢期の生活費や自分自身の高齢期についての心配を取り払い、安心を確保していくために大きな役割を果たしており、公的年金は社会経済の活力を維持する基盤となっている。
 今年度の年金改正では離婚時の年金分割や遺族年金の見直しなどわずかながら画期的な改正も盛り込まれたが、年金保険料の段階的引き上げや給付水準の段階的引き下げなど根幹的な部分で負担増の年金改革という面が目立つ結果となった。政治の世界では数の論理だけが優先し、理念やルールの設定に積極的にかかわった痕跡は見られない。将来を担うはずの若い世代が将来を悲観し、政治への不信を強めている。その一因は説明不十分のまま納得のいかない決定が政治的になされていることにある。
 600兆円にも及ぶ巨額の追加財源をどのように負担するのか、若い世代の年金制度に対する信頼をどのように取り戻すのか、この2つの基本的な問題を解決することが年金問題解決の糸口であり、一番の近道である。
 少子・高齢化により、公的年金における負担と給付のバランスが取れなくなりつつあり、現在保険料を拠出している世代が年金を受け取るとき、支払った額よりも受給する額が下回るといわれている。また巨額の債務超過や財政を圧迫する一因でもある未納問題も生じてきている。このような状況では年金制度に対する不安や不満は高まるばかりである。
 600兆円にも及ぶ巨額の追加財源をどのように負担するか、若い世代の年金制度に対する信頼をどのように取り戻すのかが、今後の年金制度を長期的に安定したものとするための大きな課題である。ではこの課題をどのように解決したらいいのか。以下ではその具体策を挙げてみたい。 
 政府は600兆円もの債務超過を圧縮するために年金保険料を段階的に引き上げていくことを提案しているが、世代間の負担の平等性の観点からきわめて不公平な負担である。現役世代を犠牲にした債務超過圧縮を避けるために、まずは公的資金を集中投下すべきである。銀行の不良債権処理に公的資金を投入するより、国民自身に関係することなので賛成も得やすい。具体策を挙げてみよう。
 1つは年金受給者を含め基礎年金の実質価値を今後とも維持する一方、報酬比例年金の給付水準を段階的に下げる。このことによって基礎年金しか自給することができない低受給者には最低年金が保証され、高受給者との所得再分配機能が促進される。
 2つ目は年金保険料の現行水準を維持し、景気が十分回復するのを待ってから2%の年金目的消費税を導入することである。年金保険料の引き上げは年金保険料に事業主負担が含まれているため雇用の減退や、さらには失業率まで増加してしまう可能性がある。元来、日本には消費税を嫌う風潮がある。歴代の首相は支持率低下を嫌がり、自身の任期時には導入を避ける傾向があった。そこでここではスウェーデンのように生活必需品にのみ低い消費税を導入することを提案する。スウェーデンでは生活必需品以外の標準消費税率を25%とし、生活必需品の消費税率を17%としている。そこで日本でも標準消費税率を段階的に引き上げつつ生活必需品の消費税率は現状の5%で据え置くことを提案する。年金目的消費税は応能負担で公平かつ中立的な仕組みである。拠出世代も受給世代も生き続ける限り年金財源を負担し続けることができる。低所得者も生活必需品の消費税率を引き下げれば負担も少なく、国民皆の賛成を得やすい。また経団連も法人税の引き下げを伴う消費税率の引き上げをかねてから要求しているため財界からの賛成も得やすい。現制度や旧制度では若い世代ばかりが相対的に負担を強いられ給付世代には寛大な点が目立った。現在の日本の現状は1999年の厚生労働省の発表でも明らかなように所得再分配によって所得の出し手の再分配後所得がその受け手の再分配後所得の水準を下回る事態になっている。政府の再分配所得によって高齢者の所得ポジションは50歳未満の年齢階層より高くなっている。若い世代は再分配の出し手となって自らの所得を減らしている一方、60歳以上の年齢階層は相対的に厚みのある所得水準を年金が医療給付を通じて享受している。負担のルールは皆が同じ痛みを分かち合ってこそ新のルールといえる。
 もうひとつの問題として挙げられる年金制度に対する若い世代の信頼回復については、スウェーデンでも採用されている「みなし掛け金建て」への切り替えが挙げられる。払った年金保険料が将来確実に給付として帰ってくる、誰もがそう思える明確な拠出と給付の仕組みに変更することが年金不信解消への真の道といえる。
 誰もが平等に痛みを分かち合える年金改革こそが真の年金改革といえるのではないか。若者を含めた国民全員が納得し、理解しうる長期的に安定した年金制度を構築することが、年金未納問題や債務超過の圧縮を可能とする。
 今後、少子・高齢化が進む中で誰かが負担を背負わなければならないのは紛れもない事実である。その負担を問題先送りの形で若者に転嫁し、若者の不信を招いている年金制度を、われわれ若者が信頼できるような制度に改革することが、今求められているのではないか。

参考文献

高山憲之[2004]、『信頼と安心の年金改革』東洋経済新報社。

みずほ総合研究所[2004]、『図解年金のしくみ』東洋経済新報社。

真屋尚生[2004]、『保険の知識』日本経済新聞社。

真屋尚生[2002]、『保険理論と自由平等』東洋経済新報社。

西沢和彦[2003]、『年金大改革』日本経済新聞社。

岩瀬達哉[2003]、『年金大崩壊』講談社。

日本経済新聞社編[2004]、『年金を問う』日本経済新聞社。

厚生年金基金連合会[1999]、『海外の年金制度』東洋経済新報社。

厚生年金基金連合会[2003]、『企業年金に関する基礎資料』厚生年金基金連合会。