演習T(小川浩昭)

勉強の手引き

1.心構え
 学生時代には、一つの個性を持った人格として社会で生活していくために、個性を作るという面があろう。個性を持つのは人間だけでなく、書物もそれぞれ個性を持っており、読書には著者の生きた時代や生き方を考えながらそれらと交わり、個性を作るという面がある。そのためには、高校までの勉強が概念、公式等を正しいものとして何ら疑いを持たずにひたすら吸収し、暗記して「習う」ということであったのに対して、大学の勉強は既知の概念、公式にさえ疑いを持ち、粘り強く真理を追究するために「学ぶ」ことであるということを認識しておく必要がある。すなわち、学ぶことの意味を意識して、読書の仕方といったものを考える必要がある。この点の手引書として、1.内田義彦『読書と社会科学』(岩波新書)2.内田義彦『社会認識の歩み』(岩波新書)3.清水幾太郎『本はどう読むか』(講談社現代新書)4.清水幾太郎『論文の書き方』(岩波新書)をあげておく。
 内田『読書と社会科学』では、自分の考え方を構築するためには、内田のいう概念装置の獲得が必要であることを肝に銘じ、自ら学び問う=学問ということを考えてみよう。そして、内田『社会認識の歩み』で、学び問う場合社会科学が根底に据えておかなければならないテーマが何であるかを古典の断片を読みながら哲学的な考察を通じて学ぼう。また、同時に難解な書物を断片から食らいついていくような勉強法を体験しながら読んでほしい。
  
清水『本はどう読むか』は、語学の勉強の方法などにも言及しており、身近な問題として勉強の方法について参考になるはずである。特に、3章の勉強の方法などは、偉大な社会学者である著者が非常に身近に感じられるところである。こんな著名な学者でも記憶にとどめる方法としてノート、カード、ルーズリーフと試行錯誤をしたというのは、ほっとさせられるところである。また、本を読むこと・インプットについて論じながら、本(文章)を書くこと・アウトプットすることについても参考になることがたくさん出ている。しかし、アウトプットの仕方、特に、学生にとって一番大事なアウトプットといえば論文執筆であろうが、この点についてはさらに清水の『論文の書き方』に読み進もう。インプットとアウトプットの関係・違い、言葉の定義の大切さを学びながら、読む人間から書く人間へと自分を成長させることを意識してほしい。
 
なお、内田の「情報として読む」・「古典として読む」という読み方と清水の実用書・娯楽書・教養書という本の分類は、一脈通じるところがあり、考えさせられる。この点を踏まえて、内田、清水の本が方法(method)の本とすれば、方法(How to)の本として5.野口悠紀夫『超勉強法』(講談社)を一読しておくのも悪くないであろう。刺激的な本ではある。
 ところで、実際に書く段となった場合、脚注のつけ方などの知識も必要であろう。このような論文執筆の実用書として、6.小浜裕久・木村福成『経済論文の作法』(日本評論社)7.斉藤孝『学術論文の技法』(日本エディタースクール出版部)があげられる。どういうことが書いてあるか、まず一気に読んでしまおう。大体書いてあったことを記憶しておいて、実際に論文やレポートを執筆する際に、辞書代わりに使うと良い。
 以上が心構え的なところに関わる本の紹介であるが、重要なのは、もちろん良い書物をどんどん読んでいくことである。このような書物を全て読まなければ勉強の準備ができないというものでもないであろうから、これらの準備と併行して、良書を早速読んでいこう。

2.大きなものを読む
 「たっぷり時間のある学生時代、是非大きなものを読んでほしい」ということで2点紹介する。大きなものとしては、古典と全集・著作集を薦めたい。古典には、汲めども尽きぬ豊かさがあり、それゆえ古典として生き長らえているのである。古典としては、8.アダム・スミス『国富論』(中公文庫等)を薦める。全集・著作集を読むことの意義は、勉強の目的の一つが著者の思想体系を理解し、社会認識の方法として生かしていくことにあり、そのために同じ著者の書いたものをまとめて読むのが有効であるという点にある。全集・著作集とまではいかなくとも、同じ著者の本を数冊まとめて読むことを薦める。ここでは特に、9.『都留重人著作集』(講談社)を紹介しておく。大きな本を読むのは骨の折れることであるが、意地で読み通してほしい。そのことが、大きな自信につながるはずである。
 ところで、読書・学ぶという行為には、エネルギーが必要である。そのエネルギーとは、本来自己の内部から発露される欲求=問題意識といえる。したがって、色々なことを感じとる暖かい心がなければならず、勉強には心(warm heart)と頭(cool head)の相互関連が重要である。自分を惹きつけたテーマについてさらに問題意識を発展させ、大いに学んでほしい。私自身が大学2年生のときに読み、その後大いに勉強するようになったきっかけの本を紹介しておこう。大きなものではないが、現在でも社会科学の必読の書であると思う。10.J.K.ガルブレイス『ゆたかな社会』(岩波書店)である。

3.日常の情報収集
 日頃から問題意識を養い、常識をつけるために(ただし、常識に迎合する必要はない・・・しかし、常識がなければ常識を批判しようにも批判できない)、新聞には毎日目を通してほしい。『日本経済新聞』を推薦するが、どの新聞をどう読むかは知的センスの一つと心得てほしい。新聞のわからない用語を調べることを通じて、専門用語・時事用語を身につけていくというのは、効果的な勉強方法の一つであることから、『現代用語の基礎知識』、『imidas』、『知恵蔵』のいずれかは常備薬のように備えておく必要があろう。また、『週刊東洋経済』、『週刊エコノミスト』、『週刊ダイヤモンド』などの週刊誌、『世界』(岩波書店)、『中央公論』(中央公論新社)などの月刊誌、雑誌等も、目次をチェックして興味のある記事・論文は目を通す癖をつけてほしい。
 
日経新聞の読み方としては、識者の読み方として11.インサイダー編『日経新聞プロの読み方』(小学館文庫)が興味深い。色々な読み方があるということを知ると同時に、それらの読み方は各人が試行錯誤をしながら経験・努力によって培ったものであることに注意してほしい。実際の各面の内容については、12.日本経済新聞社編『日経金融・為替記事の読み方』(日本経済新聞社)が参考になる。各記事の解説的なところでは、13.日向野利治『入門ぱっと読める日経新聞』(明日香出版社)を一読しておこう。
 
新聞に関しても、まず体当たりで読み始め、読む癖を作ることが肝心である。自分自身の試行錯誤と上記の読み方に関わる参考文献を照らし合わせるのが、効果的な方法であろう。
 
日経新聞からは市場の動向もフォローしてほしいが、市場の動向を把握するための書物としては、下記のものがある。
 
各市場ついてどのようにカバーしていけばよいか、すべてを網羅しているといっても過言ではないものとして、14.住友信託銀行・投資調査部『金融の基礎テキスト』(4訂版、日本能率マネジメントセンター)がある。非常に優れているが、4訂版の後改定がなされておらず、古いのが難点である。中央銀行の動向をフォローするために15.小塩隆士『新・日銀ウォッチング』(日本経済新聞社)を読み、経済指標については16.酒井博司・永野護『経済指標の読み方・使い方』(税務経理協会)を参照しよう。本書を参考書代わりとして新聞の経済指標解説記事と照らし合わせながら読むと、効果的であろう。
 
市場の動向をフォローすることの意義は、各市場の動きを整合的に考えることで経済学的なものの見方や理論を身につけること、世の中の出来事からいろいろと刺激を受けて問題意識を旺盛にすることである。このことを常に意識しておいてほしい。

4.専門書
 保険学の書物としては、17.真屋尚生『保険の知識』(日経文庫)18.安井信夫『これからの生命保険』(中公新書)を入門書として読み、19.庭田範秋『新保険学総論』(慶應通信社)、20.水島一也『現代保険経済』(千倉書房)でステップ・アップし、21.真屋尚生『保険理論と自由平等』(東洋経済新報社)で哲学的な問題も考えながら、高度な保険理論に触れよう。これらの書物は保険総論的な書物であるが、生命保険、損害保険などの個別の分野・保険各論として文献を整理すると次のとおりである。

(1)
生命保険
山中宏編『生命保険読本』東洋経済新報社
(財)生命保険研究所編『生命保険新実務講座』有斐閣
(2)損害保険
高木秀卓・中西広紀編『損害保険読本』東洋経済新報社
東京海上火災保険兜メ『損害保険実務講座』有斐閣
(3)社会保険
大林良一『社会保険』春秋社
地主重美編『社会保障読本』東洋経済新報社
(4)協同組合保険
N.
バルウ『協同組合保険』共済保険研究会
(5)団体保険
大林良一『団体保険論』有斐閣
(6)リスクマネジメント
亀井利明『リスクマネジメント理論』中央経済社
 
保険における古典も紹介しておこう。本格的な保険学の論文を書くにあたっては、必読の文献である。
(7)保険における古典
印南博吉『保険の本質』白桃書房
庭田範秋『保険経済学序説』慶應通信
庭田範秋『保険理論の展開』有斐閣

 
次に、金融についての文献・入門書として、22.関根猪一郎・木村二郎・大畠重衞・小西一雄『金融論』(青木書店)23.川口弘『金融論』(筑摩書房)を紹介しておく。
 
近年、保険と金融との関わりが非常に強くなってきているが、こうした現象を反映して保険学側ではARTAlternative Risk Transfer)をテーマとした研究が行われており、金融論側では金融工学として一つの学問が成立しつつある。ARTの研究はまだ緒に就いたばかりで金融をも射程に置いた考察にはなっていない。また、金融工学は一つの学問として確立しつつあり、金融工学者は保険をも包含できたと考えているかもしれないが、まだとても保険を包含したとはいえないというのが現状である。したがって、保険と金融の関わりというテーマは最新のテーマであり、適切なテキストが未だ現われていない。ここでは、金融工学の入門書と保険を幅広く捉えることで保険と金融との関わりについても多少言及している本を紹介しておくことにしよう。
  24.
野口悠紀雄『金融工学、こんなに面白い』(文春新書)で、数式なしで金融工学のアウトライン(主として、技術的なものに限定されるが)を学ぼう。続いて、25.刈谷武昭『金融工学とは何か』(岩波新書)で、社会経済的な視点も考慮しながら、レベル・アップしよう。保険学をある程度身につけていれば、両書をかなり批判的に読み込めるはずだ。保険関係では、26.山口光恒『現代のリスクと保険』(岩波書店)27.土方薫編『天候デリバティブ』(シグマベイスキャピタル)が参考となろう。さらに、数学的なところも含めて本格的に金融工学を学んでいくための入門書として、野口悠紀雄・藤井眞理子『金融工学ポートフォリオ選択と派生資産の経済分析』(ダイヤモンド社)、刈谷武昭『信用リスク分析の基礎保険リスクのプライシング』(東洋経済新報社)がある。
 こうした書物を通じて保険、金融を勉強する上で、現代経済に対する知識が不可欠である。それは、今何が問題なのかを問うことでもある。次に、この点に関わる文献を紹介しよう。

5.現代経済について
 バブル経済の形成・崩壊の意味を問いながら、冷戦終焉後の強烈な市場経済化の動き、アメリカの一人勝ち、IT革命などを考えて、まず28.西川潤『世界経済診断』(岩波ブックレット)でポイントを整理して、次のような書物を読む必要があろう。
 (1)
バブル経済について、市場・市場主義の限界について
29.S
・ストレンジ『カジノ資本主義国際金融恐慌の政治経済学』岩波書店
30.
宮崎義一『複合不況』(中公新書)
31.高尾義一『平成金融不況』(中公新書)
32.
金子勝『市場』岩波書店

(2)
福祉国家をキー・ワードにして
33.伊藤周平『福祉国家と市民権法社会学的アプローチ』法政大学出版局
34.大山博・炭谷茂・武川正吾・平岡公一編『福祉国家への視座揺らぎから再構築へ』ミネルヴァ書房


6.卒業論文について
 
卒業論文は、必ず書くようにしよう。大学に入って、しかも、ゼミナールに入って卒業論文を書かないで卒業するというのは、もっとも重要なことを遣り残して卒業するに等しい。これまで自分が生きてきた集大成として卒業論文を位置づけ、魂を込めて執筆してほしい。卒業論文は、自分が新たな道、社会に出るにあたってのけじめをつけるものともいえよう。きちんとけじめをつけ、新たな道に踏み出してほしい。そして、卒業論文をこれまでお世話になった人に感謝の言葉とともに贈るぐらいのことをしてほしい。そのような大人としての行動が求められるのが、大学生であることを自覚してほしい。
 
ところで、個性作りは、自分の考え方を作るという側面があり、他面で思想作りの面がある。大著などは正に思想作りにうってつけの書物といえるが、ここでは思想作りに取り組むための手引書的なものを紹介しておこう。ます、大著の手引書として35.間宮陽介『市場社会の思想史』(中公新書)を紹介する。本書で、経済学というのが優れて思想と結びつくことを「自由」について考えながら学び、さらに経済学派についてより網羅的・体系的に36.杉本栄一『近代経済学の解明』(岩波文庫)で学ぼう。こうして、経済学と思想の結びつきを大いに考え、自分の思想作りにも取り組んでほしい。個性作り・思想作りとしての卒業論文への取り組みである。
 
ゼミナールの勉強を卒業論文として結実させ、確かな手応えを持って卒業してほしい。


参考文献一覧
1.勉強の心構え、方法
内田義彦『読書と社会科学』(岩波新書)岩波書店
内田義彦『社会認識の歩み』(岩波新書)岩波書店
清水幾太郎『本はどう読むか』(講談社現代新書)講談社
清水幾太郎『論文の書き方』(岩波新書)岩波書店
野口悠紀夫『超勉強法』講談社

2.論文の書き方
小浜裕久・木村福成『経済論文の作法』日本評論社
斉藤孝『学術論文の技法』日本エディタースクール出版部
古郡延治『論文・レポートの文章作法』(有斐閣新書)有斐閣
ウンベルト・エコ『論文作法』而立書房

3.古典
A
・スミス『国富論』(中公文庫)中央公論新社
K・マルクス『資本論』(岩波文庫)岩波書店
A・マーシャル『経済学原理』東洋経済新報社
JM・ケインズ『雇用、利子、貨幣の一般理論』東洋経済新報社
JK・ガルブレイス『ゆたかな社会』岩波書店

3.著作集
『都留重人著作集』(1-13巻)講談社
『大塚久雄著作集』(1-13巻)岩波書店

4.新聞の読み方
インサイダー編『日経新聞プロの読み方』(小学館文庫)小学館
日本経済新聞社編『日経金融・為替記事の読み方』日本経済新聞社
日向野利治『入門ぱっと読める日経新聞』明日香出版社

5.市場の見方、経済指標
住友信託銀行・投資調査部『金融の基礎テキスト』4訂版、日本能率マネジメントセンター
小塩隆士『新・日銀ウォッチング』日本経済新聞社
酒井博司・永野護『経済指標の読み方・使い方』税務経理協会
日本銀行経済統計研究会編『経済指標の読み方・使い方』東洋経済新報社
日本銀行国際統計研究会編『海外経済指標の読み方』東洋経済新報社

6.保険、金融
真屋尚生『保険の知識』(日経文庫)日本経済新聞社
安井信夫『これからの生命保険』(中公新書)中央公論新社
庭田範秋『新保険学総論』慶應通信社
水島一也『現代保険経済』千倉書房
真屋尚生『保険理論と自由平等』東洋経済新報社
山中宏編『生命保険読本』東洋経済新報社
(財)生命保険研究所編『生命保険新実務講座』有斐閣
高木秀卓・中西広紀編『損害保険読本』東洋経済新報社
東京海上火災保険兜メ『損害保険実務講座』有斐閣
大林良一『社会保険』春秋社
地主重美編『社会保障読本』東洋経済新報社
N.バルウ『協同組合保険』共済保険研究会
大林良一『団体保険論』有斐閣
亀井利明『リスクマネジメント理論』中央経済社
印南博吉『保険の本質』白桃書房
庭田範秋『保険経済学序説』慶應通信
庭田範秋『保険理論の展開』有斐閣
関根猪一郎・木村二郎・大畠重衞・小西一雄『金融論』青木書店
川口弘『金融論』筑摩書房
野口悠紀雄『金融工学、こんなに面白い』(文春新書)文藝春秋
刈谷武昭『金融工学とは何か』岩波書店
山口光恒『現代のリスクと保険』岩波書店
土方薫編『天候デリバティブ』シグマベイスキャピタル
野口悠紀雄・藤井眞理子『金融工学ポートフォリオ選択と派生資産の経済分析』ダイヤモンド社
刈谷武昭『信用リスク分析の基礎保険リスクのプライシング』東洋経済新報社
債券市場研究会編『米国債権投資戦略のすべてグローバル運用への活用』金融財政事情研究会
安田信託銀行投資研究部編『ザ・ポートフォリオ・マネジメント機関投資家の新総合戦略』金融財政事情研究会
大垣尚司『ストラクチャード・ファイナンス入門』日本経済新聞社

7.現代経済について
西川潤『世界経済診断』(岩波ブックレット)岩波書店
S・ストレンジ『カジノ資本主義国際金融恐慌の政治経済学』岩波書店
JK・ガルブレイス『ゆたかな社会』岩波書店
JK・ガルブレイス『バブルの物語』ダイヤモンド社
宮崎義一『複合不況』(中公新書)中央公論新社
野口悠紀夫『バブルの経済学』日本経済新聞社
高尾義一『平成金融不況』(中公新書)中央公論新社
『国民の独占白書第15バブル経済と銀行・証券』御茶の水書房

8.経済思想
JA・シュムペーター『経済学史学説ならびに方法の諸段階』(岩波文庫)岩波書店
間宮陽介『市場社会の思想史』(中公新書)中央公論新社
杉本栄一『近代経済学の解明』(岩波文庫)岩波文庫