要約

 「多国籍企業の移転価格戦略ー資金調達の側面を中心としてー」

 企業が海外直接投資をおこなうと、親・子会社間の取引すなわち企業内貿易が行われることになる。その際、親会社ー子会社間、子会社ー子会社間に資金の流れが発生するが、この資金の流れについて海外直接投資の研究における主要な課題の一つとなってきている。いわゆる移転価格の問題である。

 一般に、多国籍企業は海外子会社との取引を通じて利益や資金をより政情の安定した国、為替管理の自由な国、あるいは税率の低い国に移転する動機を有する。そして、多国籍企業は一定の目的に沿っていわゆる最適移転価格を設定して利益や資金の移転をおこなっていると考えられる。

 ここで問題となるのは、多国籍企業がある特定の目的を達成するために移転価格を如何に設定するのか、また複数の目的を達成しようとすればその価格を如何に設定するのかということである。また多国籍企業はグループ全体の利益最大化あるいは為替リスク・ヘッジや節税などの目的で企業内取引の価格を調整する結果、必然的に利益や資金をどこかに蓄積するようになる。

 つまり次に問題となるのは、この移転価格戦略が実行に移された結果、蓄積された利益や資金は多国籍企業の財務戦略、とりわけ資金調達においてどんな意義を持つのか、すなわち多国籍企業の資金調達行動にどんなインパクトを与えているのかということである。

 本稿では、多国籍企業の移転価格設定による財務的効果、特に資金調達側面に焦点を合わせて議論を進める。具体的には、

 A 多国籍企業が移転価格を設定する様々な動機を取りあげ、単純化のために最終消費財の取引を想定するモデルによって、その価格設定の仕組みおよびその問題点を検討する。

 B 多国籍企業は、税率の格差や為替相場の動向に注目しながら移転価格を設定することによって、利益や資金をどこかに移転することになる。そして、この移転価格の設定過程およびその結果としての資本蓄積が多国籍企業全体の財務戦略にとってどんな意義を持つのか、グループ全体の資金調達にどんな影響を与えるのかということについて検討する。