要約

 「日本多国籍企業の内部化戦略ーアジアにおける直接投資を中心として」

 内部化(internalization)とは、「企業内に市場を作り出すプロセスである。企業の内部市場は、欠陥のある正規(または外部)市場に代替し、資源配分と流通上の問題を、経営管理命令(administrative fiat)を用いて解決する」。こうした企業行動を基礎とする内部化理論を援用して、海外直接投資ないし多国籍企業の存在理由を説明しようとする動向が近年注目を集めている。それは、ダニング、バックレー=カソン、ギディーおよびラグマンらを中心とするレディング学派(Reading School)によるものであるが、とりわけ内部化の概念を海外直接投資の一般理論として構築しようとするラグマン(1981)の功績が大きいと思われる。周知のように、ラグマンは主に先進国におけるアメリカの多国籍企業の直接投資を分析対象として研究を行っている。それによって、ラグマンは、多国籍企業の内部化行動を、国際的次元にまで拡張して、企業が何故貿易に代替する外国市場への参入方式として、ライセンシングよりはむしろ完全所有子会社による直接投資を選好するのかを説明しようとする。

 戦後、日本の海外直接投資は、1969年10月から5回の段階的自由化措置をへて、1985年のプラザ合意を契機として、海外直接投資は飛躍的に増加している。そして、近年になって、直接投資を急増させる中でアジア向けの投資も顕著な拡大をみせ、アジアの多くの国で日本は第一位の投資国となった。しかしながら、先進国におけるアメリカの多国籍企業の直接投資とは対照的に、ラグマンの言う完全所有子会社による直接投資の論理は、発展途上国、特にアジアにおける日本の多国籍企業の直接投資にも当てはまるのかどうかは問題である。ラグマンによれば、もし多国籍企業が、合弁企業、技術提携によって海外進出すれば、多国籍企業の知識優位性を失う危険が生じる。そこで、多国籍企業はその優位性を維持するために完全所有子会社による進出を選好せざるを得ない。つまり、ラグマンは親会社が子会社の企業経営を100%出資によって完全に支配しなければならないと主張している。しかし、親会社は子会社を支配するために果たして出資比率を必ず100%あるいは過半数にする必要があるかどうかは疑問である。実際に、アジアにおける発展途上国の多くは外資に対して現地資本との合弁を条件づけている。さらに、外国資本による過半数投資もしばしば制限されている。例えば、タイの外国企業規制法の施行により、指定業種については外国企業のタイ・マジョリティー化が行われている。マレーシアにおいて製品輸出比率20%未満の場合、外資出資比率は最大30%の範囲でしか認められない。それにもかかわらず、様々なアンケートやヒアリング調査によれば、特にアジアにおいて、大半の日本企業は何らかの形で投資先企業を支配している。

 本稿では、特にアジアにおいて日本企業の海外直接投資における現地子会社に対する支配の問題について、主に通産省の調査報告に基づき、現地子会社の企業経営の意思決定に影響を与える資本関係およびそれ以外の要素を取り上げて検証しようとする。それによって、アジアにおける日本企業の海外直接投資において、現地子会社に対する本社企業の支配戦略およびその実態を明らかにする。最後に、日本企業のアジア向け海外直接投資における内部化戦略の意義を試論的に考察を行おうとする。