SEINAN SPIRIT

No.216 2021 spring
MY ANSWER 国際文化学部国際文化学科 尹 芝惠 准教授  経済経済学部経済学科 山村 英司 教授

社会や時事問題に関する素朴な疑問に、
2人の教授が答えます。
それぞれの専門領域から導き出された
「マイアンサー」とは?
きっとあなたの知の扉を
開いてくれるはずです。

人は、何のために働くのですか?

国際文化学部国際文化学科 尹准教授の MY ANSWER

国際文化学部国際文化学科 尹 芝惠 准教授

一所懸命働くからこそ、その後の娯楽が楽しかった江戸時代。

 皆さんは、「ハレ」と「ケ」という言葉をご存じですか?この言葉は、1600年代の初め、宣教師が発行した日本を紹介する書物にも書かれていた言葉です。
 「ハレ」は非日常、「ケ」は日常を意味します。江戸時代の庶民の暮らしを、一日という短いスパンで見ると、「ハレ」は芝居や落語を楽しむ趣味の時間、「ケ」は働く時間にあたります。さらに、一年という長いスパンでは、「ハレ」は正月、節句、祭などの年中行事、「ケ」はそれ以外の日常を指します。このように、江戸時代の人たちは「ハレ」と「ケ」を分けることで、メリハリのある生活をしていたと考えられています。
 実は、日本の江戸時代は、世界でも珍しく、庶民文化が花開いた時代です。例えば、ヨーロッパのオペラが貴族によって発展したのに対し、江戸時代に流行した歌舞伎や浮世絵、落語などは、一般庶民によって発展したものです。そして、江戸時代の庶民文化がこれほどまでに栄えたことにも、「ハレ」と「ケ」が大きく関係しています。庶民が歌舞伎などの娯楽を楽しんでいた時間が、まさに「ハレ」の時間だったからです。
 「ハレ」によって庶民文化が栄えたとするならば、「ケ」である仕事は、江戸時代の人々にとってつまらない時間のように見えるかもしれません。しかし、江戸時代の人たちは、働くことをそこまで苦に思っていなかったように思います。
 むしろ、彼らは、「ハレ=趣味、娯楽」のためだけに「ケ=仕事」を頑張っていたのではなく、働くこと自体に「やりがい」や「生きがい」を求めて一所懸命に働いていたのではないでしょうか。一所懸命に働くからこそ、その後に訪れる趣味の時間が楽しいものになる。現代の私たちも、仕事を頑張った時ほど、その後の食事やお酒がおいしく感じられますよね。その結果、娯楽や趣味の時間がさらに充実し、江戸時代の庶民文化が発展したと考えられます。働くことに「やりがい」や「生きがい」を求め、その後の余暇の時間も楽しむという感覚は、現代の私たちにも通ずるものがあるのではないでしょうか。

自由に職業が選べる今だからこそ、前向きに挑戦してほしい。

 今でこそ、趣味を仕事にしている人を目にしますが、実は江戸時代にも「大好きな浮世絵を仕事にしたい」と武士から浮世絵師に転身する人たちがいました。しかも、お金に困っている下級武士ではなく、武士のトップクラスである旗本でありながらも、その立場を捨てて浮世絵師の道を選んだ人もいました。単に「働くこと=お金、名誉」ではなく、自分が最もやりがいを感じられるものを仕事に選ぶ人がこの当時にいたことに驚きます。
 一方、最近の若い人たちからは、「やりたいことがない」という声を聞きます。そう話す学生の多くは、「頑張っても無理だから」「どうせ失敗するから」との理由を言います。しかし、“無理”や“失敗”は、実際に頑張ってこそ言える言葉だと思うのです。まずは、何事もチャレンジしてみることです。
 江戸時代の人たちは、職業選択の自由がないにもかかわらず、限られた環境の中で頑張ってきました。それに比べて、現代の私たちは自由に職業が選べ、選択の幅も広いです。コロナ禍で就職活動が大変かと思いますが、環境は皆同じです。今の環境を最大限に活かし、前向きに頑張ってほしいと思います。

経済学部経済学科 山村教授の MY ANSWER

経済経済学部経済学科 山村 英司 教授

大金持ちになり働かずに生きていければ、人は幸福なのか。

 人間は合理的に損得勘定をすると考える伝統的な経済学の視点では、働くことは「つらいこと、苦役」であり、つらいことをする対価として金銭を得ると考えられています。事実、私たちは生きていくために働いて所得を得なければなりません。また、自分が望むような生活水準を実現するには、つらくても働いて必要な所得を稼がなければなりません。
 とすると、働かずに高所得を得ることができれば、最高に幸せです。なぜなら、つらいことをせずに十分な所得を得て、暮らしていけるからです。
 しかし、この考えが当てはまらないことが現実にはあります。例えば、宝くじに当たって働かずに大金持ちになった人は、労働という苦役を強いられることはないので、幸福がずっと続くはずです。しかし、「宝くじ当選者」と「その他」の人を比較した研究によれば、両者の間に、幸福度の違いはなかったという驚くべき結果が明らかになっています。
 では、働くことは本当に苦役なのでしょうか?ここで、経済行動について心理学を交えて分析する行動経済学の視点で考えてみます。例えば、会社で昇進した場合、人は幸せな気持ちになり、その幸福は持続します。一方で、失業すると不幸な気持ちになります。これが所得の減少のみによるものであれば、同等以上の所得を得られれば、再び幸福を感じるはずです。しかし、再就職できて所得も前職と同じになったとしても、失業で傷つけられたプライドは元には戻らないことも明らかになっています。
 つまり、行動経済学においては、働くことは苦役ではなく、むしろ「尊厳」や「生きる価値を高める行為」といえます。金銭がもたらす幸福は一時的なものですが、尊厳や生きがいは持続的に幸福度を高めるのです。

働きながら、自分自身の働く価値をみつけよう。

 学生の皆さんは大学卒業後、約40年という年月を働くことになります。恐らくその間に、私たちが想像しないような社会の変化が起こるでしょう。
 事実、私が学生だった30年前と比べてみても、その変化は明らかです。安泰といわれていた金融機関の統廃合や、インターネットの普及による出版業界やテレビ業界の業績悪化は予想もしていませんでした。一方、WEB業界など新たに生まれた産業があることも確かです。
 また、経済学の視点から今後を予測すると、労働市場の流動化は間違いなく進むといわれています。従来のように一つの会社で定年まで働くケースは確実に少なくなり、転職や学び直しをしながらキャリアを積むという流動的なスタイルが世の中に浸透するでしょう。
 「就職」は、社会に出るためのスタートに過ぎません。都度、直面する社会の変化に対応していくには、「未来に変化はつきもの」という心構えが大切です。さらに、働くことへの価値、やりがいを見極めることが肝心です。そのためには、まずは社会に出て働くこと。そして、働きながら「自分らしさとは、何か」と考えてください。良くも悪くも、社会に出て働くことで「自分」という人間が見えてくるはずです。その中で、しっかり自分と向き合ってください。そうすれば、自分が働く中で大切にしているもの、自分に合った働き方が自ずと見えてくるでしょう。

page top
もっと読みたい方はこちらから!