SEINAN SPIRIT

No.221
MY ANSWER

社会や時事問題に関する素朴な疑問に、
2人の教授が答えます。
それぞれの専門領域から導き出された
「マイアンサー」とは?
きっとあなたの知の扉を
開いてくれるはずです。

ムダを省くことは、大事ですか?

法学部法律学科 平井教授の MY ANSWER

無為な時間や手間のかかる手続きは、「ムダ」といえるか。

 以前、チャペルの時間に講話をした際、宗教主事の先生に選んでいただいた聖句があります。「何事にも時があり/天の下の出来事にはすべて定められた時がある」(コヘレトの言葉3章1~8節新共同訳)。この言葉の後には、「生まれる時、死ぬ時」、「泣く時、笑う時」など、いくつかの対句が挙げられています。すべての時に意味がある。ムダな時間はない、というのが一つの答えになるでしょう。
 私たちは暮らしの中で、常に“有為な時間”を過ごしているわけではありません。ぼーっと“空白な時間”を過ごすことも多くあります。そんな無為に時を過ごすことを、私たちは「時間をムダにしている」と感じがちです。しかし、無為な時間にさえ、意味が与えられているのです。だから、無為な時間も“ムダな時間”ではなく、“意味ある時間”といえます。ただ、どのような“意味”があるのかは後にならなければわからないことかもしれません。
 ムダを省き、全てを功利的に進めていくとどうなるでしょう。刑事法で考えてみると、犯罪を犯した人が「私がやりました」と言うのであれば、時間や手間をかけず、そのまま有罪としたほうがムダがなさそうです。
 しかし、人類の歴史はそうは考えませんでした。自白のみで罪に問うことができるとなれば、手段を選ばず自白をとろうとしてしまい、その自白の真実性は疑わしいものになる。だから、本人の自白だけでは罪に問うことはできないことにして、客観的な証拠を求め、罪を問われようとする人に対して弁護人をつけ、様々な権利を保障し、法に定められた適正な手続きにより裁判を行い、場合によっては最高裁判所まで時間をかける。そうすることが、刑罰を科すための必要な時間と手間だと考えたのです。
 法の格言に、「十人の真犯人を逃すとも、一人の無辜(無実の人)を罰するなかれ」という言葉があります。これは人を裁く過程をおざなりにしたことで無実の人に罪を着せた過去を教訓としています。冤罪を作らないために時間や手間をかけることはムダではなく、むしろ必須のことなのです。
 時間と裁判。これらの事例から、ムダを省くことは必ずしも大事ではなく、むしろ弊害ですらあるということがいえます。

「大学生」という限られたseasonこそ、学びを深めてほしい。

 さて、前述の聖句の英訳は、次のとおりです。
 There is a time for everything, and a season for every activity under the heavens.
 興味深いのが、「時」をtimeとseasonで使い分けていることです。timeを瞬間的に捉えているのに対し、seasonは一定の幅を持った期間と捉えているように思われます。皆さんは今、西南学院大学という自由に学べる空間で、「大学生」というseasonを過ごしています。ぜひ、この恵まれた環境を存分に生かし、学びを深めてほしいと思います。机に向かって勉強する学び(study)だけではなく、様々な活動(activity)を通した学び(learn)を経験してください。特に、大学での学びの核となるゼミは、学びの、そして人生の幅と深さを広げてくれます。「同じ2単位なら、講義の方がお得」かもしれません。しかし、ある物事や活動に「ムダ」に時間を費やすことはゼミでしかできません。あなたの好奇心を刺激するゼミとの出会いを期待しています。

商学部商学科 原口准教授の MY ANSWER

目先のムダを省いた結果、将来の可能性を失うことも。

 私の研究分野である経営分析の視点から、「ムダ」について考えてみようと思います。経営分析上では、ムダが存在した場合、そのムダを省くことは短期的には経営の改善につながります。例えば、経営指標が改善し、経営者は株主に対して配当金を増やすこともできるでしょう。それに伴い、株価や債券価格の上昇も期待できます。
 一方、「省くべきではないムダ」も存在します。その分かりやすい例が、企業が保有する「現金」です。一般的に、企業は土地や建物、商品など様々な資産を保有し、それらを事業に活用することによって利益を得ます。しかし、金利が低いこのご時世、現金は保有しているだけではほとんど利益をもたらしません。それならば、当面使う予定のない現金は固定資産などの投資に回し、新しく工場を建てて商品をたくさん製造する。もしくは、株主に配当として支払うべきであるという議論もあります。
 しかしながら、当面使う予定のない現金であっても、必要となる場面が全くないとはいえません。例えば、地震などの災害時の緊急対応や国際情勢の変化による海外支店の撤退などは、手元に現金がなければ機動的に対応することができません。あるいは、突発的な不動産買収などのビックチャンスに対応する際も、現金が必要となる場合があります。
 こうしたケースを考えると、現金の保有は短期的にはムダに見えても、長期的にはムダではなかったということになります。そのため、経営者や財務責任者は、様々な要因を想定し、自社が保有する現金の量を適切に調整することが必要です。
 同様の議論は、事業戦略でも見ることができます。収益があがらない不採算部門を整理して、企業全体の利益を上げる事例は多いですが、逆に、不採算部門が将来、莫大な利益をもたらすこともありえます。例えば、携帯大手のNTTドコモの場合、今日のように携帯電話が普及する以前、携帯電話事業を手掛ける移動体通信部門はNTTのお荷物部門でした。もしも、当時の役員が「携帯電話なんて誰も使わない」と判断して移動体通信部門から撤退していたら、NTTドコモは存在していなかったでしょう。また、世界的企業で見ると、Apple社は、Macの前身となる「Macintosh」が売れずに倒産寸前でした。しかし、今や時価総額1位の企業に成長しています。もしも、Macintoshをムダだと判断し、スティーブ・ジョブズが事業を中断していれば、今、私たちの手元にiPhoneはなかったでしょう。
 こうした例が示すように、ムダには「省くべきムダ」と「省くべきではないムダ」があり、それを見極めることが大事なのです。

大学4年間は挑戦の時。ムダか否かにとらわれず、好きなことにチャレンジを。

 ビジネスの現場では、「ムダ」の見極めが利益に大きく関わります。しかし、大学4年間は、ムダか否かにとらわれず、好きなことに挑戦してほしいと思います。自分の裁量で自由に時間を使える今だからこそ、簡単にはクリアできない難しいことに挑戦しましょう。困難なことに挑戦した経験は、ビジネスの現場で必ず生きてきます。
 また、「会計学」はビジネスのあらゆる分野の支えとなる学びであり、どこまででもレベルアップすることができます。「何かを学びたい」という人はもちろん、「何に挑戦したら良いかわからない」という人も、ぜひチャレンジを!

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