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| 近代表象文化研究
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19-20世紀のフランス美術を中心に、わたしたちを取り巻く「表象」の問題について考えます。一般に「表象」とは絵画や映画、演劇、音楽、小説などの表現の意味で用いられます。しかし「表象」といった場合、それはものとしての対象ではなく、むしろものと人との関わり合い、対象と社会との関係に力点が置かれます。絵画を例にとれば、何が描かれているのか、とともにだれが、何のために、だれに向けて描いたのか、そもそも絵を描く行為とは何かをみなで考えます。 |
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わたしたちは毎日多くの視覚的な情報に取り囲まれて暮らしています。インターネット、テレビ、ビデオ、写真、雑誌、マンガ、美術館から携帯電話のアイコンに至るまで、今日におけるイメージの氾濫はわたしたちのモノを見る能力を向上させるどころか、むしろ鈍化させているようにも見えます。一方で描かれたリンゴのイメージは、旧約聖書からコンピュータのロゴマークにいたる文化の流れ中で、きわめて多様な表現方法とともに重層的な意味内容を獲得して来たのも事実です。このように「表象文化」とは、美術の記述や美術の制度、表現の技術、イメージの意味といった視覚の文化的メカニズムが、じつは歴史的文脈や思想的背景におおきく依存していることをわたしたちに教えてくれます。
現在、後藤ゼミでは「表象」としての「19世紀都市パリ」をベンヤミンのテキスト(フランス語訳)をもとに読んでいます。また大学図書館でのピナリー・サンピタック(タイの現代アーティスト)の作品展示、7月にタテコン(1年生〜大学院生)、1月に卒論発表会・オイコンを行います。後藤ゼミからは毎年「研究奨励制度」にも多数応募しています。
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| 1年次の専攻科目では「基礎演習(12)」「文化基礎論(l)」「文化のダイナミ
ズムI」、共通科目では「美術史」「フランス語初級」など。2年次の専
攻科目では「表象文化史」「表象文化論」「文化創造論」「文化のダイナミズムIII」
「実用フランス語」、関連科目では「フランス事情」、共通科目では
「フランス語中級」など。3年次の専攻科目では「美学・芸術学」「表象メディア論」
「ヨーロッパ・地中海文化史」、共通科目では「フランス語上級」な
ど。このほか将来美術館の学芸員をめざす学生は博物館学芸員課程を必ず履修してく
ださい。フランス派遣留学および大学院進学を希望する学生は1年次から
指導します。
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以下は07期生の卒論テーマです。
「なぜ<偉大>な女性画家は生まれなかったのか−家父長制社会における女性画家の存在とフェミニストの登場」「日本人はどのように<洋画>を受け止めたのか−明治維新後における<日本画>と<洋画>」「第七芸術論−映画がもたらした新しい芸術概念」「ガラス芸術にみる東と西の交流史−メソポタミアからアールヌーボーまで」「アメリカ現代美術における人種差別−ジャン・ミシェル・バスキアの場合」「ラブホテルの表象−愛の空間におけるコミュニケーションの(不)可能性」「モリスが描いたユートピア論−<労働における喜び>と<協同性>」「18世紀、宮廷を翻弄したロココの魅力−絵画・装飾品を中心として」「ターナーの光と色彩−ゲーテの色彩論による分析」「ベラスケスの描く<道化>の眼差し−プラド美術館・スペイン宮廷画家たちの作品を通じて」「1937年ドイツ<退廃芸術展>とその後−ファシズム克服へのこころみ」「ケベック:ヌーヴェル・フランスと呼ばれた国−歴史と文化における英・仏の共存」。 |
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製鉄所から吐き出される「虹色の煙」を希望の象徴と信じ込んで八幡市(現北九州市)で少年時代を過ごした後、大学では禅寺の塔頭に住み込み、工学部で機械工学を学びました。卒業後、思うところあって文学部哲学科美学・美術史専攻に転向。奈良や京都のお寺通いが高じ、仏教美術がやりたくてこの世界に迷い込んだのですが、今では速度の美と機械文明を謳歌してファシズムへと突き進んだ20世紀のイタリア未来派を研究しています。西南学院大学に移る前は北九州市立美術館で15年間「学芸員」をやっていました。そこで出会ったフランスの画家ジョルジュ・ルオー(1871-1958)によって西欧の美術とキリスト教に開眼。また学生時代に始めたチェロのおかげで、ここに来て先生たちと「西南テレマン合奏団」を結成し、研究の合間にバロック音楽を楽しんでいます。芸は身を助く。
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■リンダ・ノックリン著(坂上桂子訳)『絵画の政治学』彩樹社、1996年
「なぜ偉大な女性芸術家はいなかったのか?」(1971)という論文によってフェミニズム美術史の先駆的存在となったノックリンの代表的著作(ただし上記の論文は含まず)。なかでも「虚構のオリエント」(1983)はE.サイードの理論を最初に視覚芸術に取り入れたもので、フランスの植民地主義を正当化する表象装置としてのオリエンタリズム絵画からは、〈歴史〉〈西洋人〉〈労働〉という3つの項目がみごとに排除されているという指摘は卓見。
■グリゼルダ・ポロック著(萩原弘子訳)『視線と差異−フェミニズムで読む美術史』新水社、1998年
女性画家の再発見やアカデミーの制度的な問題点を明らかにしたノックリンのあとを受け、芸術家・批評家・鑑賞者が女性であれ男性であれ、作品(商品)の制作(生産)や受容(消費)を語る美術史的言説のなかに〈つねに・すでに〉 性差がイデオロギーとして書き込まれているのをポロックは指摘した。「女性性の空間とモダニティ」では、19世紀末パリの劇場を描いた印象派絵画を、男女の「まなざし」がはげしく葛藤し交渉する現場として読み解いていく。
■鈴木杜幾子・千野香織・馬淵明子編著『美術とジェンダー−非対称の視線』ブリュッケ、1997年
近年の欧米におけるフェミニズム美術史やジェンダー論の影響を受け、米国を含む日本の美術史研究者11名が、自ら研究対象とする日本・中国・西洋の美術史について個別の専攻論文をまとめたもの。平安王朝絵巻、中国山水画、聖母マリアやヴィーナスあるいは魔女の図像、19世紀フランス絵画、日本の現代写真などがジェンダー論の俎上にのせられる。「美術」を語る「主体」(著者)の立場が厳しく問い直されるこの種の議論には、読者も気を抜けない。
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