2004年度 アメリカ文化コースB・中国文化コース 選考者報告
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台湾には現在、「台湾原住民族」といわれる、阿美族(アミ族)、泰雅族(タイヤル族)、賽夏族(サイシャット族)、布農族(ブヌン族)、雛族(ツォウ族)、魯凱族(ルカイ族)、排湾族(パイワン族)、卑南族(プユマ族)、雅美族(ヤミ族)、邵族(サオ族)の十族が住んでいる。彼らは台湾の総人口約2,234万人のうち約1.9%(2001年現在)を占める少数民族であり、昔から各民族独自の文化をもって農業や狩猟を主な仕事として山地で生活してきた。しかし近年大多数の漢族との共存により、山地開発、資本主義導入による出稼ぎの増加や都市生活への転換等が起こり、その生活体系やあり方に変化が生じている。
私たちは、この研究旅行を通して、台湾原住民が現代の台湾社会においてどのように認識され、どのような問題を抱えているのか、そして原住民文化がどのようなかたちで現代社会に根付いているのかを知ることを目的として、原住民文化の観光利用、大衆文化への進出、意識調査など、私たちにとって身近な視点から様々なフィールドワークを行い、現代の台湾原住民の動向について調査した。
(注:台湾原住民族の種族の数・分類に関しては諸説があるが、今回の報告書では参考文献『民族共生への道−アジア太平洋地域のエスニシティ−』第3部・第6章の記述に準拠する。なお台湾では「原住民(族)」という呼称は差別語ではなく、反対に「先住民族」にまつわる「差別廃止のため」(同書: 164ページ)のものであることをお断りしておく。)
フィールドワークの期間・方法は以下の通りである。
台北市内の風景 |
日月潭 |
2.台湾原住民の歴史と概況
台湾原住民とは、17世紀初頭に漢民族が中国大陸から台湾に移住し始める以前の大昔から、すでに台湾に住んでいた先住民の子孫のことである。台湾社会は約2,234万人のうち原住民が約1,9%、それ以外の大多数は漢民族という構成になっている。台湾原住民は現在約10族に分けられ、彼らはそれぞれ異なった言語、風習、特色を持ち、それぞれが部落を形成し生活している。しかし、現在では多数派の漢族との同化が進み原住民の人口が減少し、独自の伝統文化の継承も困難な状況にある。初めに変動が起こったのは、1950年代頃である。この頃から原住民は、台湾各地に分散するようになり、都市にも多くの原住民が住み始めるようになった。これは資本主義経済の導入により、経済復興期に多くの労働者を都市に集める必要があったためである。そのため、地方に住む原住民は都市での就労を奨励され、多くの原住民が都市に移り住むこととなった。しかし、こうして都市に出た多くの原住民は教育レベルが低く、また文化・言語の面でも主流社会の人々との間に隔たりが多くあり、劣悪な環境におかれた。仕事に関していうならば、土木などの単純な肉体労働にしか就けないうえに低賃金であり、不安定な就業労働者や失業者も多かったという。また、彼らの住居は漢族居住地域から遠く離れた場所にあるのが普通だった。このように、都市に住む原住民は経済的、社会的に不利な立場に置かれることとなった。
他にも様々な状況で原住民というエスニック集団が負っているマイナスイメージのまま、ひどい待遇をうけることがあるという。たとえば、「就業能力が劣っている」「酒に溺れ不健康である」「時間や規則を守らない」などである。台湾プロ野球界において選手の約三分の一は原住民出身だが、調子のいい時は台湾人といわれ失敗をすると途端に「原住民」と言われて、ののしられるという。同様に、犯罪や事件においても漢族は名前だけだが、原住民には必ず「原住民」のラベルが張られるという。このように原住民への不当な差別は漢族系移民の移住時から続いていて、今でも不当な偏見や差別は根強く残っている。また、漢族との教育格差、医療制度の格差、貧富の差などの問題もある。加えて現在、漢族による同化政策のもとで民族独自のアイデンティティーを失いつつあり、文化や母語の伝承が危ぶまれているという事実もある。こういった中で、台湾原住民はイメージの改善、文化の伝承に力を注ぎ、しっかりとアイデンティティーを確立することが求められている。
現在イメージの改善、文化保存に対する試みは除々にではあるが進みつつある。例えば「九族文化村」のように、民族の生活様式や伝統歌舞などをテーマにしたテーマパークがあり、多くの観光客が足を運んでいる。これは、古くからの台湾原住民の文化を商業化して誇張しすぎているとして批判的にもとれるが、こうした文化をメインに扱っていることで原住民のイメージアップにも文化継承にも繋がると考えられる。また、音楽の面では原住民の才能が広く認められ始めている。実際、台湾の芸能界では原住民出身のアイドルや歌手が多数活躍している。張恵妹という「台湾の安室」といわれるポップシンガーは布農族出身であるし、「動力火車」という人気ユニットは排湾族の出身である。原住民は、歌って踊ることが好きなのでその血を受け継いでいると言われている。こうして漢族と原住民は、台湾社会において様々な良い面と悪い面を併せ持ちながら共生している。以上を参考に以下の調査結果を見ていただきたい。
3.台湾原住民族の現在の動向と調査結果
3−1.台湾原住民族に関する現代台湾人の意識調査
私たちはまず設定したテーマに関する情報を収集したいと考え、台湾到着後に台北市内の国家図書館を訪れた。そこでは司書の謝秀枝氏を中心にアンケート収集に協力していただけることになり、以下のアンケート結果を得ることができた。母体集団は、国家図書館の職員の方々、謝秀枝氏のご家族とその友人の、計31名である。謝秀枝氏のご主人が台湾大学の地理学の教授であったこと、娘さんが台湾大学大学院修士課程の研究生であったこともあり、台湾大学大学院(研究生)の皆様にも協力して頂けた。母体集団は不明確であるし、標本数が少ないので、この結果が全ての台湾住民の意見を反映しているとは言えないが、とても貴重な興味深いご意見を頂けたので、まず以下に明記したい。尚、アンケート用紙の原本は本意識調査の最後に掲げる。
注)母数は回答数による。複数回答可。
・20代 18人(女10、男8)
・30代 2人(女2)
・40代 6人(女4、男2)
・50代 1人(女1)
・不明 4人(女2、不明2)
アンケート原本 |
国家図書館にて司書の謝秀枝氏と |
3−2.台湾各地での取材・調査(九族文化村・順益台湾原住民博物館・国立台湾大学・国立台湾師範大学・国家図書館・坪林小学校)
□九族文化村にて□
九族文化村 |
トーテムポール |
儀式の再現(蝋人形) |
住居の再現 |
石板焼肉 |
ショーに参加する修学旅行生たち |
ショー(歌舞) |
ショー(婚姻の儀式) |
ショー(刺青) |
□順益台湾原住民博物館にて□
私たちは、台北市内にある順益台湾原住民博物館を訪れた。この博物館では、原住民の歴史や文化を深く知ることが出来た。日本人の私たちにも分かりやすいように、原住民の歴史、文化や現代の動向が日本語で解説されるビデオ上映もあった。このビデオによると、現代の原住民は、山地の開発のために土地を追われて都市に出るが、短期の土木作業をする人が多く、定職に就くのが困難なため、引越しが多く、金銭的に余裕が無いのだという。山地開発で観光地化されても、十分な収入は得られないことが多いという。また、一般的な原住民十族の他にも都市化して文化を消滅させた諸民族もあるという。文化再認識のチャンスは儀式の中でしかなく、母語が失われつつあるので母語教育が盛んであるという。また、従来狩りや農業を主としてきた原住民文化を「自然との共生の文化」として都市でも見直そうとする動きがあるという。こうして今、原住民の文化保護が重要な問題として認識されている。九族文化村と同様に、この博物館にも多くの修学旅行生が見学に来ていた。子どもたちは、学芸員の解説を真剣に聞きながら展示を見ていた。
私たちは、この博物館に働く職員の方々にも原住民の現代的動向についてインタビューした。
学芸員の王浩氏(仮名)の話では、毎日約100人もの児童、生徒、学生がこの博物館を訪れるという。台湾の小・中学校では原住民のことを学ぶ原住民教育が必須科目となっているが、担任の先生たちはそれほど詳しく指導することができないので、この博物館や九族文化村に修学旅行などで来るのだという。しかしこの原住民教育の内容や程度には地域で差があり、阿里山・烏来・台東・屏東・花蓮・南投など原住民が多いところでは、台北都市部よりさかんに教育が行なわれているという。
この博物館には原住民も毎月100人ほど来るという。修学旅行生をはじめとする老若男女が訪れるという。それは、原住民各々の家に昔からあっても本人たちも使い方や由来がわからないような物、同様に詳しく知らない儀式や祭典の由来や意味を詳しく知ることが出来るからだという。しかし、原住民から実際とは少し違うという指摘を受ける場合もあるという。これは博物館側と原住民側がもっと協力し合えば解決できると感じた。
最後に、保存しなければならない原住民文化で現在重要視されているものを尋ねると、「失われつつある服装・一般生活道具・言葉」の三つを挙げられた。実際この博物館ではそれらの原住民固有の文化遺産が丁寧に分かりやすく展示してあり、多くの児童、生徒、学生や原住民の方が訪れるということで、そうした文化を保護する役目を充分果たしていると思った。多くの子どもたちがこの博物館で興味深そうに展示を見ながら、学芸員の方に質問している様子を見て、私たちも嬉しく感じた。
順益台湾原住民博物館 |
□台北での調査(国立台湾師範大学・国立台湾大学・国家図書館・坪林小学校にて)□
私たちは、主たる訪問地として訪問を計画していた「九族文化村」・「順益台湾原住民博物館」以外にも台湾の現状を知るのに役立つのではないかと思い、台北市内にある国立台湾大学、国立台湾師範大学、国家図書館を取材に訪れた。また、友人から招待され、台北郊外の茶郷「坪林」を訪れた。台湾師範大学では、学生寮に二泊宿泊したため、寮の管理人の方から詳しく話を聞くことが出来た。また台湾大学では、事前に日本語学科の学生とコンタクトをとっていたため、インタビューに答えてもらい、さらに台湾大学を案内してもらったりもした。台湾大学名物の、農学部が作る牛乳のソフトクリームもごちそうになったりして、とても楽しく有意義な交流ができた。
<国立台湾師範大学にて>
台湾師範大学の学生寮(学人招待所)の管理人である周徳花氏(仮名)は、原住民の話以外に日本人についての興味深い話をした。私たちは台湾に来て、度々この国の親日性を強く感じることがあった。しかしこの周徳花氏だけは私たちに日本についての悪印象を話してくれた。現在、台湾では多くの日本のテレビ番組が放映されている。実際に私たちも、多くの日本ドラマを台湾のテレビで見ることができた。しかし、管理人さん曰く、彼女の中ではこれらのドラマで描かれる日本人像が強く、それは花見で酔っ払って女子社員にセクハラをする男性であったり、親の援助で大学に通っているのに勉強をせずに遊んでばかりいる学生であったり、とマイナスの要素であるという。彼女は多くの日本人がこのドラマのイメージに当てはまると言い、日本人はこれらの行動を改めたほうが良いと忠告された。ここで、文化交流が起きる上で気をつけるべき誤認があることを感じた。海外からの文化を流入しても、必ずしもそのイメージをその国の本質として定着させてはいけないと感じ、議論を行った。
<国立台湾大学にて>
台湾大学の日本語学科の学生である廖靖文氏は、流暢な日本語で私たちのインタビューに答えてくれた。彼女は原住民の多い日月潭出身で、原住民に対して特別な感情は無く、子どもの頃から原住民教育を受けたり、修学旅行で九族文化村を訪れたりして「原住民」という存在を自然に受け入れてきたという。しかし、大学入試では原住民は得点を1割分加算されるという優遇政策がとられていたので、少し不平等に感じたという。ただ、原住民は都市部の学生と比べれば教育格差があるため、その差を埋めるためには必要な政策であるということも認めているという。また、彼女は原住民が抱える問題として居住地の観光利用・文化の消滅を挙げた。
原住民出身の芸能人についても尋ねたところ、とても多いと答えてくれた。中でも彼女が好きなのは、数年前まで日本でも活躍していたビビアン・スーであるという。また、現在日本でも人気が出ている若手男性4人組「F4」のメンバーの周渝民(阿美族)、言承旭(母親が原住民)も原住民の血を引いているという。
その他に印象深かった事として、この日台湾大学の門の前で台湾東部に住む原住民のデモ運動が起きていた。案内してくれた学生さんの話では、このようなデモは珍しく、彼女も初めて見るということであった。私たちも貴重な体験をしたように思う。
国立台湾大学敷地内 |
国家図書館 |
<国家図書館にて>
国家図書館では、謝秀枝さんを中心とする司書の方々にアンケートを配布して、その場で回答していただけた方には詳しく話を伺った。中でも興味深かったのは、原住民出身のアーティストについて尋ねたところ、今では政治家(立法委員)になっている元モデルがいるという話である。自分たちが直面する不平等さを改善するために、政治家になる原住民も多いという。実際台湾では政治家の議席数に原住民枠があり、2001年に実施された第5回台湾総選挙では、定員225議席中、平地原住民4議席、山地原住民4議席の計8議席が原住民対象枠として設けられた。その他、アンケート結果にあるような数多くの貴重な意見をいただいた。
<坪林小学校にて>
台北郊外にある茶郷、坪林には、以前アジア太平洋こども会議のボランティアで小鶴が知り合った坪林小学校の友人たちとその小学校の先生方に招待していただいた。研究の息抜きにということで招待していただき、茶業博物館や茶畑見物に連れて行っていただいたり、食事をごちそうになったりした。しかし、坪林小学校の教育現場を見せていただき、先生方にお話を伺ったことで、今回の調査の参考になるお話も多く聞かせていただいた。
楊景元先生の話では、坪林小学校では特別に原住民についての教育は行っていないという。それは、この学校には全校生徒(台湾では少ない、各学年2クラスずつ)の中で原住民が2人しかいないため、原住民の母語などを学内で大多数の漢族の子どもたちに教える必要は特にないからだという。しかし、話をうかがった先生自身は原住民が多い南投出身のため、原住民についての教育をさかんに受けていたのだという。そのため、原住民に対する理解は深く、特別な印象があるとすれば「眼が大きい」など身体的特徴くらいだという。南投意外にも、原住民が多く暮らす地域の原住民教育はさかんだという。また、この小学校の生徒たちは私たちが訪問した翌日から修学旅行へ行く予定だったのだが、その行き先は九族文化村であった。私たちは、原住民に関する特別な教育は行なわれていなくても、修学旅行先には九族文化村を選ぶということに疑問を感じたのだが、前出の順益台湾原住民博物館に取材に行った際により詳しく知ることが出来たので、見ていただきたい。
また、先生方(男性1名、女性1名)に、原住民の中で好きな芸能人を尋ねたところ、女性はアンケートで多かった張恵妹、F4のメンバーを挙げ、男性は芸能人だけでなく人気プロ野球選手に原住民が多いことに注目すべきだと言われた。
坪林小学校にて |
4.おわりに
こうして、現在その文化保護が重要な問題となっている「台湾原住民」は、自然との共生の文化・明るく元気な気質といった固有のプラス面が台湾全体で見直されつつある。芸能人や野球選手でも原住民出身で人気のある人は多い。原住民の人口は台湾総人口の約1.9%とされているが、原住民の女性は漢族と結婚すると原住民籍を失うため、実際はその子どもたちも含めると1.9%より多いという。そこで、その原住民籍を失った人の中には、アイデンティティーを取り戻すために、再び原住民籍を持って原住民氏名を使う人も増えているという。
私たちは今回の研究旅行で、観光利用されているテーマパーク「九族文化村」と民族固有の文化を展示してある「順益台湾原住民博物館」を訪問し、またアンケートと台北市内調査(CDショップや本屋での)を通して現代の台湾原住民の動向を見た。九族文化村と博物館では、形式は異なっても原住民古来の文化の素晴らしさとそれを学ぶ人たち、そして保護の必要性を学んだ。アンケートでは、台湾原住民の文化や気質にどれほど多くの人が好印象を抱き、原住民出身の芸能人がどれほど進出しているかを知ることが出来た。その後実際に台北市内のCDショップを周ってみると、アンケートにあったアーティストの作品が店頭に数多く並んでいた。
一方で就職の問題や観光開発と文化の問題、教育格差や医療格差など、原住民は多くの問題を抱えている。しかし、民族固有の文化を保護する動き、ポピュラーカルチャーへの浸透など、「古くからの文化と新たな文化」という二つの文化の側面において今後期待できる動きが多くあると感じたので、多くの人にこの素晴らしい文化を知ってほしいと思う。今回フィールドワークを行ったことで、現地へ行って実際に見聞きすることの必要性を改めて知った。実際に驚き、衝撃を受けることでそれまで学んだことに具体性が増すように思った。9日間という短い滞在となったが、私たちは滞在3日目頃からすっかり台北になじんでしまい、毎日平均3人ほどから現地の方と間違えられて道を尋ねられたりした。時間があれば長期のフィールドワークが一番望ましいと感じた。
研究以外の話になるが、調査をする博物館や図書館が偶然にも故宮博物院や中正紀念堂の向かい側にあったので、そういった名所も見学することができた。また、台湾では親日性が強く皆さんがとても優しいので、多くの人と知り合って良くしていただいた。「日本人」というととても喜ばれるので初めはとまどった。夜市・小吃街・点心・タピオカドリンクなど、安くておいしい食事もたくさんあり、私たちにとってとても過ごしやすい国であったし、良い思い出がたくさんできた。
中正紀念堂1 |
中正紀念堂2 |
<主要参考文献>
・ 片山隆裕 編 『民族共生への道−アジア太平洋地域のエスニシティ−』 九州大学出版会 2003年
・ 戴國輝 著 『もっと知りたい台湾』弘文堂 1986年
・ 渡邉ゆきこ 著 『週刊台湾網路−琉球発コラムで読む最新台湾事情−』ボーダーインク 2000年
・ 宮本延人 著 『台湾の原住民族−回想・私の民族学調査−』六興出版 1985年
・ 宮本延人・瀬川孝吉・馬渕東一 著 『台湾の民族と文化』六興出版 1987年
<主要参考 website>
・ 西日本新聞ワードBox のニュース記事
・ 台湾交通部観光局
・ 順益台湾原住民博物館
・ 九族文化村 Formosan Aboriginal Culture Village
・ TAIPEINAVI.COM