韓国ドラマと日本人

2004年度アメリカ文化コースB選考者報告


1.はじめに

 "雪のように輝く、忘れられないピュアな初恋をみつけて下さい"

 こんなキャッチコピーが2004年に流行っている。これは韓国ドラマ『冬のソナタ』のロケ地ツアーのパンフレットの一文だが、最近純愛ものがいかに流行っているかを示すよい例ではないだろうか。『冬のソナタ』という韓国ドラマを純愛ブームとみるか韓国ブームとみるかは人それぞれだが、ドラマを通して韓国に注目し興味を持つ人が増えたという点において冬のソナタは韓国ブームに大きく貢献した。

 韓国での日本文化の開放や2002年のワールドカップ共催で友好ムードが高まっていたとはいえ、これまで互いをミニマイズしてきた日本と韓国にとって、昨年末からの『冬のソナタ』をはじめとする韓国ドラマのヒットは大きな意味を持っているように思う。"韓国ドラマとその今後の展望"を探ることで、これからの日韓両国の相互理解の可能性について考察できればと思い、研究旅行奨励制度に応募した。この報告が、本当の韓国の姿やこれからの日韓関係について考えるささやかな機会を提供できれば幸いである。

2.研究の準備と方法

(1) 事前の準備
 『冬のソナタ』鑑賞
 「韓流特別展IN福岡」2004年7月3日から8日に参加
  韓国の知人との事前連絡
  江原道春川市観光事務所(博多区)訪問 など

(2) フィールドワークの期間と方法
  期 間: 2004(平成16)年8月2日〜8月11日
  場 所:大韓民国 ソウル特別市、江原道春川市およびその近郊、慶尚北道大邸市
  方 法:『冬のソナタ』のロケ地を訪問し、観光客にインタビューを実施
      韓国の20代から30代の若者12名(男性8名女性4名)に
      日本における韓国ブームに関するインタビューを実施

3.研究の報告と分析

(1) 日本における韓国ブーム

 「冬のソナタ」を中心とする韓国ドラマがどれだけ日本で流行っているかについては、毎日生活していれば誰でも嫌おうなしに気づかされる。「冬ソナ」「ヨン様」という言葉を耳にしない日はないし、書店では関連書籍が並び、CMやワイドショーなどテレビでも連日取り上げられている。


景福宮内にある香遠亭
景福宮内にある香遠亭
韓流特別展
韓流特別展

 2004年7月3日から7月8日まで、アクロス福岡で行われた「韓流特別展IN福岡」には2万人を越える人が訪れた。
 私も実際に足を運んで見たが、初日はアクロスの外まで人々が列をなす盛況ぶりに驚かされた。会場では300点近いポスターや写真が展示されており、多くの人がカメラを手に写真の中の俳優たちと一緒に写真を撮るなど思い思いに楽しんでいた。来場者の7割近くは40代後半からの女性だったが、印象的だったのは予想に反して男性も多くいたことと参加者の顔がみな生き生きしていたことだ。
 会場で何人かの人に話を伺ってみたが、音楽や俳優、ストーリーなど好きな理由は様々で、中には周りの話題についていくため、何かにはまっている自分が楽しいからなど冬のソナタというドラマではでなく、その現象に反応している人もいた。
 しかし、自分の子どもが韓国人と結婚することへの賛否について尋ねてみると賛成・反対ともに興味深い回答が得られた。各理由はぺ・ヨンジュンのようにたくましくやさしい男性がいっぱいいそうだから(賛成)、韓国といっても昔の朝鮮というイメージがぬぐえないから(反対)、日本より遅れているから(反対)といったものが目立ち、ドラマの世界と韓国社会を同一視する人がいる一方で、ドラマは好きになってもまだまだ韓国に抵抗を持ち、『冬のソナタ』と自分の今までのイメージしてきた韓国へのジレンマを持つ人がいるなど微妙に韓国のイメージに影響を与えつつある印象を受けた。

(2) 韓国国内の様子・反応

*「冬ソナ」のロケ地を巡る

 私が韓国を訪れるにあたり、研究の主な課題としてきたことが2つある。それは韓国ドラマを観て実際に韓国に旅行をする日本人の様子を探ること、もう1つは日本での韓国ブームを受けての韓国人の反応を知ることであった。特に後者については、これまでの両国の関係を考えるととても興味のある課題だった。
 まず、日本人の韓国での動向を探るため、現地で日本人向けの『冬のソナタツアー』に参加した。今日、日本からの韓国ツアーでドラマ撮影地を巡るツアーは好評を博しているが、現地でも沢山の旅行社がツアーを遂行している。しかし、中にはドラマをよく把握せずツアーを組む旅行社もあり、クレームや問題も多いということだった。
 当日は朝7時の集合にも関わらず、17名(多くは40から50代の夫婦、または女性グループ)の参加者がいた。しかし、話を聞くとこの日はたまたま人数が少なかっただけで、昨年の7月のツアー開始以後参加者は増え続け、現在は平日でも30人、休日は50人を越える日も多いと聞いた。


南怡島地図
南怡島地図
恋歌カフェ内のサイン
恋歌カフェ内のサイン


春川市内の看板
春川市内の看板

 ツアーでは春川市とその郊外にある南怡島を中心に回った。南怡島では日本人の観光客以外にも中国からの観光客も多く、観光バスは16台を数え、アジアでの韓国ブームを実感させられた。しかし意外にも一番多かったのは韓国人で、ソウルから車で2時間という距離に加えてもともと行楽地として人気の場所であるため、家族や友だち同士で大勢くつろいでいた。南怡島では冬のソナタ撮影地としての観光整備を進めており、非売品のポスターを配ったり、撮影ポイントに解説付き看板を掲げたりするなど、個人で行っても十分に楽しめるようになっている。
 また、恋歌カフェというドラマ撮影中も休憩所として使われていた小屋には、俳優のサインや撮影風景の写真、その他のグッズなどが展示されており、多くの人でにぎわっていた。春川市内でも撮影ポイントごとに看板が掲げられていたが、街全体として観光開発に力をいれているといった印象はなかった。しかし、冬のソナタの中でもなつかしい高校時代の舞台であることを考えると、さりげなく飾られただけの看板も、雰囲気を崩さぬためのちょっとした配慮なのかもしれない。

 ツアーに参加した人のほとんどはドラマを何回も視聴しており、冬のソナタをコアとする一種の連帯感のもと終日和やかムードで、ドラマの情報、意見交換だけでなく、韓国の実情や疑問に思っている事などを積極的にガイドに尋ねたり、中にはドラマの韓国語台詞を覚え、そこから自然に韓国語を学んでいる人もいたりと韓国のもっと内面的な事を知りたいという姿勢が感じられた。
 しかし、まだまだ韓国といえばエステ、キムチといったイメージという人もおり、ソウル市内に点在する世界遺産を知らない人がいたことが非常に残念だったし、冬のソナタをはじめとする韓国ブームの陰が見えた気がした。

*韓国人へのインタビュー

 韓国人へのインタビューは、韓国人の友人の協力をえて実施した。「反日」や「克日」といった複雑な感情に関わることもあり、十分にコミュニケーションをとりながら質問する必要があったので、なごやかな雰囲気づくりを心がけるとともに様々な話を混じえながら、インタビューを行った。
 インタビューの内容は、主に、「日本における韓国ブーム」と「韓国における日本文化開放後の様子」であるが、質問はすべて英語で行ったため、回答者12名は必然的に英語のできる人(留学などで日本人に触れる機会の多い人)に限られていることを断っておきたい。


金(キム)さんと
金(キム)さんと
伝統喫茶にて
伝統喫茶にて

 日本での韓国ブームについては韓国国内でも話題になっているらしく、韓国人の口から「ヨン様」という言葉が出てきたことに驚いたが、内容や程度は知られていなかった。
 日本でのブームについてどう思うか尋ねてみると、これが日韓関係の向上に即結びつくという意識は、案の定希薄だった。というのは、いくら日韓が特別な関係を築いてきたからといって今の段階でイメージ変化や韓国人としての意識向上というのは早すぎるし、若者が一連のブームについてどれくらい興味があるのか不安だったからだ。
 調査の中では全員がブームについて肯定的に捉えていたが、「おもしろい」「嬉しい」という以上にその現象について考えたことはなく、中には不安に思う声をあがった。それは、日本における韓国ブームが一過性のものにすぎないのではないのかという声や、韓国ブームといっても本当の韓国(歴史的意味も込めて)を知らないままでは困るといった認識であった。
 しかし、持参した関連書や日本での様子を話すと、皆とても興味深そうにしていた。日本でもハングルを勉強して少しずつでも韓国という国や人を知ろうという人が増えていることを話すと、驚きながらも誇りに思うと語っており、今後日本の若者がはまる何かがあれば、これからの韓日に期待が持てるのに、といった話もでてきた。
 また、日本文化の開放についてはこれまで以上に日本のドラマや映画が見られるようになったが、特に日本のドラマは韓国人の感性に合わないので期待はずれだったという声が上がった。また、もともと様々な商品も含めた日本文化は触れることができていたわけだし、近年になって格別な認識や感情の変化があるわけではないはないという声も聞かれた。
 ただ、従来の韓国研究者たちが述べてきたような、日本文化による侵略への危機といったものは街の雰囲気や会話の中からはさほど感じなかった。実際にCDショップなどに行っても日本のCDを買い求めているのは日本人がほとんどで、流入する外国文化の中で特別日本を意識しているといった印象は持たなかった。


南怡島
南怡島
農楽隊
農楽隊

4.旅を終えて

 私は当初、冬のソナタを始めとする韓国ドラマや映画の流行が、日本人の韓国や韓国人に対するイメージの改善につながるだけでなく、韓国人の新たなアイデンティティ構築につながるのではないかと考えていた。しかし、まだそれを明確に裏づけられるだけのものを見出しうる段階ではないことが、今回の調査で明らかになった。
 しかし、この研究旅行が無駄だったとは決して思わない。なぜなら、一連の韓国ブームが一過性で終わらないように見守る必要があるということを再認識できたことと、日韓の未来にとって韓国ブームが大きな役割を果たすだろうという予感を大いに感じることができたからだ。
 日韓のよりよい未来にとって障害もまだ沢山あるが、人、モノ、情報、文化のいずれをとってみても、日本から韓国への一方通行の時代は終わり、これからはさまざまなものが両国間を盛んに往来する時代がくるだろう。日韓相互が「真に近くて近い国 (I#となる可能性を「冬のソナタ」をはじめとする韓国ブームはもたらしたし、これまで築き上げてきた土壌に芽を咲かせることができたと思う。
 『冬のソナタ』という肩書きをもった韓国が、一つの国として私たちに親しみのある国になる日を楽しみにしたいと思いながら、日本へ帰国した。
 最後に、研究旅行奨励制度に応募することを勧めてくれたゼミのみんな、ご指導くださった先生方、韓国の友人たち、そして多くの面から応援してくれた家族に感謝を述べたい。今回の10日間の旅で、実に多くのかけがえのないものを感じることができた。これらのことを基礎としてこれからの研究を有意義なものにしていくことで、多くの方々に恩返しをしたいと思う。


景福宮にて
景福宮にて
南怡島並木道
南怡島並木道



主要参考文献

鄭大均 『韓国のイメージ』 中公新書 1995年
鄭大均 『日本(イルボン)のイメージ』 中公新書 1998年
舘野晰 『韓国式発想法』 日本放送出版協会 2003年
山田ゆかり 『イルボンは好きですか』 朝日ソノラマ 2002年
AERA 『「ペ・ヨンジュン」で知る韓国』 朝日新聞社 2004年
ロジェ・ルベリエ(鶴眞輔訳)『日本人はなぜ韓国人を理解できないのか』 光文社 1989年
五十嵐暁郎編 『変容するアジアと日本』 世織書房 1998年
朴順愛 土屋礼子 編著 『日本大衆文化と日韓関係』 三元社 2002年
江渕一公 『文化人類学:伝統と文化』 放送大学教育振興会 2000年
菅野朋子 『好きになってはいけない国〜韓国 J-POP世代が見た日本』 文芸春秋 2000年



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