大学生としてやるべきこと、大学生活には二つの課題があります。
勿論、そのひとつは専門の勉強をすることですが、もうひとつの課題は自分自身が大人になることです。二十歳前の未成年者として大学生になった皆さんが、卒業するときには一人前の大人として社会に出て行くのですから、このことは大学生活の大切な課題です。しかも、大人として人間を知り、社会を知ることは、専門の勉学のためにも欠くことのできない課題です。なぜなら、法も政治も人間社会のものであり、法学も政治学も人間観、社会観なしには成り立たないものだからです。
だが、人間や社会への理解を深めるには、法や政治だけでなく、さまざまな面から考えることが必要になります。その力をつけるには、専門の分野だけでなく、他の様々な分野についても関心を持ち、学ぶ意欲が必要です。
西南学院の法学部は1967(昭和42)年に発足し、一万人以上の卒業生を社会に送り出しています。当初、一学部一学科でスタートしましたが、1992(平成4)年に国際関係法学科を設け、1学年350人、法律学科(270人)と国際関係法学科(80人)の二学科体制となっています。また、2004(平成14)年には1学年50人の法曹養成専門大学院(法科大学院)が発足しました。
法律学科は主として国内法に目を向け、国際関係法学科は主として国際的な関係に目を向けるものです。
法学部の専門には大きく分けて、政治学と法学のふたつ分野があります。学問分野を自然科学、人文学、社会科学と分けるなら、法学も政治学も社会科学の一分野です。政治学は現実の政治社会の仕組み、政治社会の動向を対象に、その理論と現実の分析を中心とするものです。法学は法・法律(規範)を中心にした学問です。規範の学である法学では、現状がどうあるかよりも、どうあるべきか、法はどのような状態を求めているか、が問題となります。法・制度があるべき姿としているものは何か。なぜそのような姿をあるべきものと考えるのかを探求することになります。
法律学科と国際関係法学科の区分は、法学と政治学の区別とは別のものです。どちらの学科でも法学と政治学を学びます。強いていえば、国際関係法学科の方がより政治学の比重が大きくなるでしょう。
法学講義の大きな部分を占める実定法解釈学では、学生諸君には「法律の議論は難しい」「理屈っぽい。解らない議論をしている。」面倒な、面白くないという印象が強いようです。「法を学ぶことは大変だ」「講義も解らない」と学び始めた入口で諦めてしまう人もでてきます。
裁判という争いの場で駆使されるのが法の議論です。裁判は、最終的にひとびとの権利義務を画定させ、誰の利益を守るのかを決するものであり、ときには人の生命さえ左右するのですから、人間はその攻防の道具、争いの技術に磨きをかけ、長い歴史のなかで議論を詳細精緻なものにしてきました。ですから、「難しい」という印象は半分正しいものです。
しかし、その高度な技術的操作によって、何を護るのか、この人間社会でどの様な価値を実現しようとするのか、ということこそが大切です。正義とは何か、人が人を裁くとはどういうことなのか、人の命までも奪うことがどうして許されるのか、といった根元的な問題を繰り返し考え続けてきたのも法学なのです。それは人間の本性や社会について深く考えることなしにはできないことです。人間とは、家族とは、社会とは、国家とは、という我々すべてにとって最も切実で、しかも哲学的な問題と向き合い続けるのが法学です。
しかもこれらは、科学技術の進歩、社会の変化、世界的な政治変動によって常に厳しく問い直される問題です。例えば、生命科学の進歩は人間の誕生と死という最も基本的な点で法学に難問を突きつけています。法を学ぶということは、一面大変技術的な訓練であるとともに、他面、人間と社会について根元的に思索することが求められるのです。
この社会で人々の争いを処理解決する途は裁判だけではありません。実社会ではもっと様々な方法で紛争処理が行われています。われわれの日々の営み全体から言えば裁判制度の占める位置(役割・期待)は、けして大きなものではありません。もめ事の8〜9割が裁判所にはこないものだとすると、我々の目も裁判所に出てくる事件にだけ注ぐわけにはいきません。我々の関心はこの社会で人々の行動を規律しているルールはどういうものか、ひとびとは争いをどの様に処理しているのか、より広い視野から検討することが必要になります。様々な利害と感情をもって対立する人と人の間で、人はどの様にして説得され、納得するのか、ということが重要な研究課題となります。グローバリゼーションの進展につれて、文化が違い、歴史を異にする人々の間でも、異文化理解を深め、互いの相違を超えた共通の基盤を見出して行かねばなりません。何と云ってもわれわれはこの有限な地球のうえで共存して行かねばならないのですし、生きる基盤である地球環境をともに守って行かねばならないのですから。法社会学、法史学、法哲学が、こうした問題を考える支えとなっています。
と同時に、社会のなかで生み出されるルール、争いの解決法は、そのまま法とは言えないのか、言えないとするとなぜなのか。こうしたルールと法の違いは何なのかを考えねばなりません。法をつくる(立法)とはどういうことなのか。今日なぜ、立法作業は一定の形式をもった制度の枠内で行われるのかを考えることになります。
ひとびとがより良く暮らすために、守るべきルールはなにか、どのようなルールが求められるかを考え、そのルールを創りだすのは政治のはたらきです。法・制度を創りだす仕組みを考え、その現実の有り様を解明する作業は政治学の課題でもあるのです。政治学は別な面から法学を支えていることになります。学部の教育では法、政治、社会について広く学び、さまざまな角度から人間社会を考えてみることになります。
教育系学部のカリキュラムは、それを満たした大学卒業資格が教員免許に直結しています。また、直結はしていなくても医学部、薬学部の教育は、医師国家試験、薬剤師試験を意識し、それに対応する教育課程になっていますが、法学部では学部教育が専門的職業資格に直結するものではありません。法曹専門職の国家試験(司法試験)をめざす者は、新しく設立された法科大学院に進み、そこで本格的に専門職としての高度な専門教育を受けることになります。
法律関係にはたくさんの職業資格制度がありますが、学部教育課程がそれらの資格取得試験の準備教育とはなっていません。法学部卒業生は、そこで身につけたものを以って様々な仕事に散っていきます。各人の志に従って、資格取得試験に挑戦する人も、国や地方自治体の公務員、国際機関で働く国際公務員などになる人も、民間の営利企業・会社で働く人も、様々なNPO(非営利団体)組織で汗を流す人も、皆法学部の卒業生です。だから、法学部の学生には、ひとりひとりが自分はどう生きたいのか、どんな仕事に就きたいのかを真剣に考え、選択する積極性が求められるのです。