2012年研究旅行

日本とフランスの美術館

中村 桃子

 フランスの観光地といえば多くの人が瞬時にルーブル美術館を思い浮かべることと思います。その他にもオルセー美術館やオランジュリー美術館などもパリの観光ツアーには欠かせないスポットです。しかし、私たち日本人の何割が日本の代表的な美術館をすぐに思い浮かべることができるでしょうか。そして、その美術館が一致するでしょうか。実際に周囲の人に尋ねたところ、ほとんどの人が答えることができませんでした。私自身、この質問にすぐに答えることはできません。私はこの違いがどこからくるものなのか興味を持ち、フランスの美術館には常設で目玉となる作品があるのに比べ、日本の美術館は基本的に企画展が多く常設の作品にはあまり目が向けられていないことが原因の一つではないかと考えました。  私は日本とフランスの美術館の違いを「常設展」と「企画展」の違いという見方から研究しました。

研究方法・アンケート結果

 まず、日本人数名に「フランスの有名な美術館」と「日本の有名な美術館」を尋ね、その回答の理由をききました。

 その結果、ほとんどの人がフランスの有名な美術館を「ルーブル美術館」や「オルセー美術館」とこたえました。しかし、日本の有名な美術館を尋ねると少数意見では日本庭園で有名な島根の「足立美術館」などを答える人もいましたが、多くの人が「わからない」とこたえました。フランスの有名な美術館をこたえた人にその理由を尋ねたところ、「テレビや新聞などできいたことがあるから」や「モナ・リザなど有名な作品があるから」といった理由が目立ちました。反対に日本の有名な美術館が「わからない」とこたえた人に理由をたずねたところ、「美術館はいくつか知っているが、有名な美術館はわからない」という意見が多くありました。

その結果をもとに実際に日本の北九州市立美術館の常設展と「クールベ展-印象派への架け橋-」という企画展、フランスのマルモッタン・モネ美術館(Musée Marmottan Monet)の常設展と「Rubens, Van Dyck, Jordaens et autre – Peintures baroques flamandes aux musées Royaux des Beaux-Arts de Belgique」という企画展を見に行き、なぜ前述のアンケートのような結果になったのか理由を考察しました。

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常設展と企画展

 常設展と企画展の大きな違いは展示期間です。常設展というのは展示期間が決められておらず、いつでも見ることができる展示のことです。例えば、ルーブル美術館に展示されている「モナ・リザ」や「ミロのヴィーナス」などは常設で展示されています。多くの場合、常設で展示されているものはその美術館が「所蔵」しています。コレクションの充実している美術館はメインとなる作品を常設展に展示していることが多いです。反対に、企画展というのは特別展とも呼ばれ、ある定められた期間のみ見ることができる展示のことです。あるテーマ(同人物や同時期、同地域や同じ運動)に沿って展示される場合が多く、最近ではヨハネス・フェルメール(Johannes Vermeer)の「真珠の首飾りの少女」が展示されることで話題になった九州国立博物館の「ベルリン国立美術館展-学べるヨーロッパ美術の400年-」などがこの企画展、特別展にあたります。企画展、特別展で展示されている作品は他の美術館や個人から「借用」していることが多く、各地の複数の美術館を巡回する巡回展であるものもあります。

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それぞれのメリットとデメリット

 私は常設展と企画展にはそれぞれメリット、デメリットがあり、それが日本とフランスの美術館の違いの原因ではないかと考えました。

常設展の最大のメリットは「所蔵」のため、「そこに行かなければ見ることができないこと」だと私は考えます。例えば、本物のレオナルド・ダ・ヴィンチ(Léonard de Vinci)の「モナ・リザ」を見たければ、ルーブル美術館に行かなければ見ることはできないし、本物のジャン・フランソワ・ミレー(Jean-François Millet)の「落穂拾い」を見たければ、オルセー美術館に行かなければ見ることはできません。また、「借用」する必要がないため、その分のコストがかからないことも常設展のメリットです。

反対にデメリットは同じ作品しかないため、一人あたりの来場回数には限りがあるところです。また、作品を寄贈される場合は良いが、作品をいちから収集する場合には莫大なコストがかかる点も常設展のデメリットと言えるでしょう。

 企画展のメリットは「所蔵」ではなく「借用」であるため、「所蔵」できないような有名作品を一時的ではあっても展示することができる点であると私は考えます。また、期間によって全く別の作品を展示するため、同じ人が何度も訪れることができ、一人あたりの来場回数に限りがないところや期間が限られているため、短いスパンで多くの来場者を獲得することができることも企画展のメリットです。反対にデメリットは企画展というのは巡回展が多く、そこでなくてもその展示を見ることができる点、その他にも作品を「借用」するため、その都度コストがかかる点であると私は考えます。巡回展の場合は、来場者の最寄り、もしくは訪れやすい美術館が選ばれるため、常設展のようにその美術館でなくてはならないという強みがない点もデメリットとしてあげられるでしょう。

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マルモッタン・モネ美術館

 マルモッタン・モネ美術館(Musée Marmottan Monet)は、パリ16区にある美術館です。クロード・モネ(Claude Monet)の代表作の一つである「印象・日の出(Impression, soleil levant)」が展示されていることで有名な美術館で、この作品だけでなく多くのモネの絵、また印象派の絵が展示されています。

 マルモッタン・モネ美術館の建物は1840年にヴァルミー侯爵によって建てられました。その後、1882年にフランス北部の裕福な事業家ジュール・マルモッタンが購入し、息子である美術史家・収集家ポール・マルモッタンが邸宅に改造しコレクションを収めたことがこの美術館の基盤になっています。彼らの死後、現在はコレクションと邸宅を譲り受けたフランス美術アカデミーが管理、公開していているとのことです。大きく分けると「ポール・マルモッタンにより執政政府時代および帝政時代の美術コレクション」、「ジョルジュ・ウィルデンスタインの彩色写本コレクション」、「印象派コレクション」、「ドニ&アニー・ルアール財団コレクション」の4つの部門から成り立っています。

 実際に、マルモッタン・モネ美術館に行ったところ、ラヌラグ公園(Jardin du Ranelagh)という大きな公園の近くにありました。最寄り駅からも遠く交通の便はあまりよくないと感じましたが、ブローニュの森に近いことや子ども連れの親子が多い閑静な住宅街の中にあることから、パリの街中を歩くより安心して美しい街並みを散歩することができました。外観は大きなポスターが貼ってあるものの美術館という雰囲気はあまりなく、街並みになじんでいる印象を受けました。

 美術館内は2階建てで地下にも展示がありました。1階の入り口付近や2階は家具などもそのままで人の家のコレクションを見にきているような、アットホームな展示の仕方でした。しかし、1階奥のモネのコレクションが展示されている部屋や企画展である「Rubens, Van Dyck, Jordaens et autre – Peintures baroques flamandes aux musées Royaux des Beaux-Arts de Belgique」が行われている地下には家具などはほとんどなく、美術館らしい展示でした。平日の夕方に訪れたところ、観光客のような荷物を持った方が多く、常設展と企画展のどちらも人数はあまり変わらない印象を受けました。

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北九州市立美術館

 北九州市立美術館は北九州市戸畑区にある美術館です。常設では西日本出身の作家の作品を中心とした日本の近現代美術やエドガー・ドガ(Edgar Degas)やクロード・モネ(Claude Monet)、ピエール=オーギュスト・ルノワール(Pierre-Auguste Renoir) など印象派の画家の作品を展示しています。近年では2008年に日英交流150年と北九州市制45年を記念した「英国ヴィクトリア朝絵画の巨匠-ジョン・エヴァレット・ミレイ展」や2010年に生誕150周年を記念した「アルフォンス・ミュシャ展」を開催しました。北九州市立美術館は1974年、西日本における公立美術館の先駆けとして設立されました。建築の設計者は大分出身の建築家磯崎新氏で企画展示室、常設展示室と分かれ、特に常設展示室はコーナーを5つにわけ特徴ある展示をしています。1987年には地元作家の発表の場を設ける意図で別館(アネックス)を増築。3階にも常設的に少しでも多くの版画や素描などの小作品を紹介したいということから、専用の展示スペースを設けテーマを決めて常時、小展覧会を開催しています。

 今回私が見に行ったのはこの北九州市立美術館の常設展と「クールベ展-印象派への架け橋」という企画展です。クールベ展-印象派への架け橋-は19世紀フランスの写実主義の画家ギュスターヴ・クールベ(Gustave Courbet)の作品をはじめとして、晩年の彼の制作を支えた画家たちと共同制作作品、クールベを慕い尊敬してやまなかった画家たちがクールベに捧げた作品、クールベの肖像写真、そしてクールベの政治的な関わりについて描かれた風刺画など約100点を展示していました。

 北九州市立美術館は木々に囲まれた丘のうえに建つ前衛的なデザインの美術館で、磯崎新氏はカテドラル(聖堂)をイメージして設計したとのことです。美術館にたどり着くまでの道も木々に囲まれていて、ゆっくりと落ち着いた雰囲気でした。この美術館も最寄り駅から30分近く歩かなければなりませんが、シャトルバスなども運行しているため、行きやすいと感じました。美術館内は広く本館の総床面積は7864平方メートルです。企画展の展示室は2部屋に分かれていました。家具などは一切なく、美術館らしい展示でした。建物は本館が地上4階、地下2階、アネックス(別館)が地上3階で形成されています。

平日の午後に行きましたが、常設展よりも「クールベ展-印象派への架け橋―」の方が圧倒的に、人数が多く感じました。

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その他の美術館

 私はその他にも福岡市立美術館の「ユベール・ロベール-悠久の古代を憧憬した、フランス18世紀の画家」や九州国立博物館の「ベルリン国立美術館展-学べるヨーロッパ美術の400年」、フランスのモネの邸宅と庭園にも訪れました。

 福岡市立美術館は大濠公園内にある美術館、九州国立博物館は大宰府天満宮横にある美術館です。また、モネの邸宅と庭園は、オート=ノルマンディー地域圏、ウール県ジヴェルニーにあります。ここはクロード・モネ(Claude Monet)が1883年から1923年まで住んだ家と庭があります。モネが住んでいた家に実際に入ることができ、彼が集めた浮世絵のコレクションを見ることもできました。

 福岡市立美術館は平日の夕方に訪れましたが、やはり企画展である「ユベール・ロベール-悠久の古代を憧憬した、フランス18世紀の画家-」のほうが常設展よりも人が多かったです。九州国立博物館は日曜日の昼に訪れましたが、ベルリン国立美術館展の展示終了間際だったため、多くの人が美術館に訪れており企画展示内は大変混雑していました。しかし、常設展示はそこまで混雑していませんでした。

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まとめ

 事前アンケートの結果、多くの日本人はフランスの有名な美術館を尋ねられた時、すぐにルーブル美術館やオルセー美術館とこたえることができるが、日本の有名な美術館を尋ねられるとこたえることができませんでした。その理由について、実際に日本とフランスの美術館に訪れてみて、確かに常設展と企画展が併設している美術館の両展に訪れている人の人数比に日仏で差があったように感じました。

事前アンケートの中で最も興味深かったのが日本の有名な美術館は「東京の美術館」というこたえでした。理由は「東京にある美術館なら有名な海外作品の企画展はほとんどまわってくるため、東京という場所が重要なのではないかと考えたから」とのことでした。確かに日本の美術館は企画展には多くの人が見にくるけれど、常設展は集客しづらいという話をきいたことがあります。日本の有名な美術館を多くの人がこたえることができない原因のひとつに日本の美術館の多くは常設展よりも企画展で集客しようとするため、美術館でなく、企画展の内容に惹かれて美術館を訪れるからではないかと私は考えました。

フランスの美術館はその美術館にしかない作品などその美術館特有のものが美術館を訪れる判断材料になっているのに対して、日本の美術館は企画内容がその判断材料になっているのではないかということが私の研究結果です。

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