2012年研究旅行

モロッコの音

高祖 優子

わたしがモロッコに興味を持ったのは、モロッコの伝統的な靴であるバブーシュ、タジン鍋がモロッコのものだと知ったことがきっかけだった。そして、モロッコの旅番組を見て単純に自分の目でこの国の雑貨、街を見てみたい、肌で感じてみたいと思った。日本から遠く離れたモロッコという国に魅かれ、調べていくうちに多くの人たちにこの国のことを知ってほしいと強く思うようになった。そこで、どうしたらこの国の良さや日本とは全く異なる雰囲気が伝わるのかを考え、「音」を通して文化の違いを伝えようと思った。そして、「音」の中でも日常的に聞こえてくる車の音、話し声などをシャウエン、フェズ、マラケシュの3都市で調べることにした。ここでは、この三都市での研究結果に加え、わたしが行ったモロッコの街の様子も合わせて述べていきたいと思う。

モロッコについて

地中海が大西洋に開口している地域のアフリカ大陸北西端に位置しているモロッコは、パリやロンドンから約3時間で行くことのできるほどヨーロッパから近い。そのため、国際観光客の数は年々増加している。国教はイスラム教で、国王がイスラムの最高権威者を務めており、国民の99%がイスラム教徒である。また、モロッコはアラビア語の正式国名を「アル・アムラカ・アル・マグリビーヤ」といい、「西の王国」を意味する。日の出ずる国・極東の国と言われる日本とちょうど対照をなす国である。公用語はアラビア語だが、フランスの保護領だったことから今もフランス語は広く使われ、スペインに近い地域ではスペイン語もよく通じる。また、観光地ではガイドや観光客向けのみやげ物屋やレストランの店員は英語も話すことができ、さまざま国から訪れる外国人観光客にはそれぞれの国の言葉で呼び込みをしている。

 

モロッコがアフリカ大陸にあると知ると、砂漠が広がっている国であると想像する人が多いかもしれないが実際は森林もあり、農業が盛んな地域も多い。栽培されているものとしては、ブドウ・トマト・オリーブなどがある。ブドウはワイン用として栽培され、日照に恵まれ、昼夜の気温差の激しいメクネスやフェズ周辺で作られるワインは世界でも高く評価されている。また、モロッコは世界で有数のオリーブの生産・消費国でモロッコの食卓に欠かせないものである。実際に、レストランではパンといっしょにオリーブが食事のはじめに出されることがほとんどだった。

 

また現在、アルガンオイルが世界でも有名になっているが、このアルガンオイルのとれるアルガンの木はモロッコの南西部、アガディール・エッサウィラ・タルーダントなど限定された地域のみに生息するモロッコ特有の木で、乾燥した土地に疎林を作っている。日本ではヘアケアとして使われているのをよく目にするが、モロッコでは食用としても、薬用としても、もちろんヘアケアとしても用いられている。見た目はオリーブのようで、匂いはごま油のような香ばしい匂いがする。

 

また、モロッコは都市によって全く違う雰囲気を味わうことができることが魅力の一つである。海が見えるリゾート地のような街もあれば、砂漠に囲まれた街もある。ここからは魅力あふれるモロッコの街の中でもシャウエン・フェズ・マラケシュの3つの町について述べていきたいと思う。

  • アルガンの実アルガンの実

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シャウエン(Chefchaouen)

シャウエンの正式名称はシェフシャウエン(Chefchaouen)といい、城壁に囲まれたメディナは、白と水色に塗られていてトルコ・ギリシャ・南欧などの地中海圏にみられる街のようで、メルヘンチックでかわいらしい雰囲気が漂う。歴史的にスペイン領になった時代もあった為スペイン語が通じることもあり、他のモロッコの町とは人も町の雰囲気も少し異なる。

空港から4~5時間ほど車で北の方へ進むと突然大きな町があらわれ、山肌に沿って立ち並ぶ白と青で塗られた家々を見ることができる。町の中へ入ってみると、ラマダンのためレストランが閉まっているとのことで静かだった。ラマダンとはヒジュラ暦の第9月のことで、このラマダン月(断食月)はイスラム教徒にとって1年の罪を悔い改め、イスラムの教えに立ち戻り、身と心を清めるための重要な1か月である。また、この地域はベルベル系の人たちが住んでいると1週間わたしたちのガイドをしてくれたおじさんが教えてくれたのだが、まずベルベル系とはモロッコの先住民族のことで紀元前7000年~5000年ごろに北西アフリカに住みついたと言われている。また、ベルベル人は地域によって異なる3種類のベルベル語方言を使用しているため、一口にベルベル人と言っても全く同じ言葉を話すわけではなく、他の地域のベルベル人同士が話すと言葉がわからないということもあるそうだ。そのため、フェズやマラケシュとはアクセントが少し違うような気がした。また、車やバイクの通る大きな道はフェズのように都会的で、日本のようでもあったが一本細い路地へ入ると、子供たちの笑い声や水を井戸から組む音、石畳を踏みしめる自分の足音がよく聞こえた。時間の流れがゆっくりとしていると感じたそこは、地元の人が普通に生活している様子が見てとれた。みやげ物屋が多くあるということもなく、客引きをフェズやマラケシュのようにされているということもなく、山奥にあるモロッコの町を見ることができた。

  • Chefchaouen1Chefchaouen1
  • Chefchaouen2Chefchaouen2
  • Chefchaouen3Chefchaouen3

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フェズ(Fes)

フェズは9世紀につくられたマラケシュと並んで世界的に有名なフェズ・エル・バリ(旧市街・メディナ)と、13世紀につくられた王宮、知事の公邸もあるフェズ・エル・ジャディド(新市街)、そして近年つくられた鉄道駅などがある新市街ヌーベル・ヴィルに分かれている。しばしば迷宮都市として称されるフェズ旧市街はもともと文化や学問、商業の中心として栄華をきわめた。とくに、9世紀半ばに建設されたカラウィーン・モスクはイスラムの色である緑色の屋根をもち、北アフリカにおける最高学府としてイスラムの世界にその名をとどろかせた。しかしながら、こうしたフェズの栄華は20世紀初頭のフランスによる保護領化によって終止符をうつことになる。近代的な新市街を旧市街の外に建設したことから、旧市街の住宅の廃墟化が進んでしまったのである。そのため、その旧市街の荒廃に歯止めをかけるためにユネスコが世界遺産に登録し、現在は人々が日常生活を営み歴史を積み重ねている多くの人を魅了する町となっている。

 

シャウエンから車で4~5時間南の方へ行くと非常ににぎやかなフェズの町に着く。ガイドの方とともにスークを歩いていると、鍛冶屋の音のような金属を叩く音がしたので、その音が何の音なのかをガイドの方に聞いてみると、ミントティーを置くための銀のコースターを作っている音だと教えてくれた。そこで、その銀食器を扱うお店に行ってみると製作過程を見せてくれた。何の下書きもされていない銀の板を彫って複雑な模様を作り出しており、銀の含まれている量によって音がかわるということも教えてくれた。そして、このミントティーとはモロッコでほぼ毎日飲まれている飲み物で、ウイスキーのような色をしており、ベルベルウイスキーと呼ばれることもある。わたしたちはホテルに着いた際や、モロッコのラグを扱うお店に行った際に銀のティーポットに入ったミントティーを飲んだ。

 

銀食器のお店に行った後は、ガイドの方が皮なめしの作業場に連れて行ってくれた。なめしとは、動物の「皮」から、製品としての「革」となるための作業のことで、動物の皮だと固く腐敗しやすい為、腐敗しやすい動物の脂を取り除き、柔らかくする為に合成の脂を入れるとのことだった。ここの、皮なめしの工場ではそのまま染色まで行っており、色とりどりの四角いますが並んでいた。若者たちが皮と毛をはがすために、白い石灰の中に皮を放り込む音が響いていて、高いところからみているにも関わらず水がかかるのではないかと感じた。それほどまでにこの水にかかりたくないのには理由があり、この作業場はなめし独特のにおいが強烈なのである。ミントを事前に客に配るガイドもいるそうだ。

 

スークの中の道はとても狭くバイクや車が通る余裕はなかった。そのため、物を運ぶ際に今でも使われているのがロバである。わたしたちはロバに荷物をのせて運んでいるところに何度か遭遇したがロバのひづめの音とともに人々が何か言っている声が聞こえた。ロバが通った際に言うお決まりの言葉がアラビア語であるとのことだが、残念ながら聞き取れなかった。

 

このフェズでの滞在ではモロッコの昔から続く暮らしを垣間見れたと思う。それはこの後紹介するマラケシュに比べ街並みが古く、町の建設当時の様子が目に浮かぶような気がしたことと、工芸品の質が高く、職人の町なのだなと感じたためである。日本でいうと京都のような町といえるだろう。ガイドの方にも恵まれ、モロッコのことが改めて好きになれた滞在だった。

  • カラウィーン・モスクカラウィーン・モスク
  • シルバープレート製作中<br>シルバープレート製作中
  • ミントティーセット<br>   ミントティーセット
       
  • なめしの作業場<br>なめしの作業場
  • スークを通るロバ<br>スークを通るロバ
  • スークの食器屋<br>スークの食器屋

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マラケシュ(Marrakech)

 

マラケシュは、ベルベル語で「神の国」 (murt 'n akush)を意味し、城壁に囲まれた旧市街(メディナ)と、旧市街の西に広がる新市街からなる。また、マラケシュ旧市街は世界遺産に登録されており、ジャマエルフナ広場の文化空間については2009年9月に世界無形遺産に登録された。ジャマエルフナ広場の文化空間は、城壁に囲まれた旧市街の中心にあり、文化と交易の中心として栄えてきた。現在では、屋台や大道芸で1日中にぎわっている。

 

滞在していたアトラス山中のリヤドからマラケシュまでは車で4~5時間ほどだが、その道のりが非常に険しい。アトラス山脈を超えなくてはならないのだが、アトラス山脈とはモロッコからチュニジアにかけて東西に伸びる山脈である。その山脈をこえ、マラケシュへと着いた。マラケシュはフェズとはまた少し違う雰囲気を漂わせていた。それはやはりマラケシュの方が観光地化しておりフランス人をはじめとする外国人観光客が多いということからなのかと感じた。

昼間のジャマエルフナ広場は水売りや馬車や大道芸人が広場を歩きまわっており、観光客をターゲットとした物売りも多くあらゆるところでみやげ物を販売している声が聞こえてきた。この広場に立っているだけでもいろんな音がきこえてきてとても楽しめる気がした。スークに入るとフェズよりも熱心に客引きの声が飛び交っており、フェズのスーク同様地元の人から観光客まで多くの人でにぎわっていた。また、バブーシュを製作しているところを見せてもらったり、マルシェバックに刺繍をする過程をみたりすることもできた。扉がついていない店からきこえるモロッコの音楽や、店の人同士のアラビア語での会話であふれているスークを歩いているとこの異国情緒漂う雰囲気がやはりこの町の魅力なのだろうと考えた。

ジャマエルフナ広場は夜になると蛇使いの大道芸人が増えてくる。わたしは蛇使いの笛の音を聴くとここがモロッコなのだということを改めて実感できる気がした。また、夜は所狭しと食べ物の屋台が並び、モロッコのさまざまな食べ物を味わうことができる。そこは非常に活気に溢れており、基本的におじさんたちが店にたっているのだが、寡黙に食べ物を出すおじさんや陽気なおじさんに出会うことができる。毎夜のように繰り広げられるお祭りの中心的な存在ともいえ、椅子に座ったらすぐにホブスというパンを紙にひいて出してくれるおじさんたちを見ると安心感も生まれる気がした。

マラケシュはシャウエンやフェズに比べ観光地であるということを一番感じた町だったが、ジャマエルフナ広場はモロッコの良さが詰まった場所なのだと思った。様々な食べ物を一度に食べられる場所であり、フレンドリーなモロッコ人とも出会える場所だと感じた。

  • アトラスからマラケシュへアトラスからマラケシュへ
  • panier du marchépanier du marché
  • 蛇使いの大道芸人蛇使いの大道芸人
  • 夜のジャマエルフナ広場夜のジャマエルフナ広場

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モロッコ料理

 

モロッコ料理と聞いてわたしが行く前に想像していたものはタジン鍋やクスクスだったのだが、日本でそれを食べたことはなく、味も想像がつかなかった。おそらく、多くの日本人がモロッコの食べ物について深くは知らないだろう。そこでここで少しモロッコの食べ物について述べたいと思う。

 

(1)  ホブス ホブスとはモロッコ人の主食でもある食事パンで飽きのこない素朴な味わいがする。レストランに入るとこのホブスがかごいっぱいに入って出される。その際オリーブもともに出されることもある。注意しなくてならないのは、モロッコはとにかくハエが多くパンの上に基本的に2~3匹とまっている。それを気にしないと思えるようになればモロッコに慣れたといえるのかと少しわたしたちは思った。

 

(2)  モロッカンサラダ モロッコは野菜がおいしく、野菜をふんだんに使った料理が多くある。スークでもいたるところで野菜やハーブ、果物の店をみかけることができる。モロッカンサラダとは角切り野菜のフレッシュなサラダである。これもレストランでは一般的でわたしたちが食べたモロッカンサラダで最もおいしかったのは砂漠のホテルで食べたものだった。砂漠にいるのにおいしい野菜が食べられたことに驚いた。

 

(3)  タジン タジンとは三角帽子のような円錐形の蓋のついた浅い土鍋のことで、その鍋で煮込んだ料理のことも「タジン」という。土鍋の中の水蒸気が循環し素材の旨みを引き出す。スークでよく見かける装飾されたタジンは実際に料理で使われるものではなく、料理用のものは茶色の無地のものである。新鮮な野菜や肉、魚と数種類のスパイスやハーブを一緒に煮込むのだが、その組み合わせによって無数の種類があるのが特徴で、ポピュラーなものは鶏肉とオリーブのタジンや牛肉とインゲンのタジンである。しかし海が近い地域では魚のタジン、砂漠地方ではラクダの肉のタジンも食べられたりする。

 

(4)  ミントティーとオレンジジュース モロッコの国民的飲みものであるミントティーは非常に甘いのだがモロッコで飲むとおいしいと感じる。ホテルに着いた際に出されたり、商談の際に出されたりする。わたしたちは砂漠からアトラスへと向かう途中の絨毯を扱う店で大量の絨毯を目の前に広げられながらミントティーを出された。モロッコは基本的に言い値なのでゆっくり交渉しようということなのだろう。

オレンジジュースは朝食の際必ずといっていいほど登場する。リヤドでの朝食は非常においしく、並べられているだけでも絵になると思った。また、オレンジジュースを注文するといつも搾りたてのものが出てきて非常においしかった。ジャマエルフナ広場では4DH(約40円)で飲むことができる。ちなみに、日本で搾りたてのオレンジジュースを飲もうとしたら先日1000円のものを見つけた。

 

(5)  ジャマエルフナの屋台 「4マラケシュ(Marrakech)」でも述べたが夜のジャマエルフナ広場は活気に溢れている。私たちがたくさんある屋台の中で選んだものはシーフードの揚げ物をメインとした屋台だった。タジンやクスクスといったポピュラーな屋台に入ってみようかと思ったのだが、モロッコでの滞在をサポートしてくれていた現地の方に勧められたためこの店に決めた。シーフードの揚げ物がホブスと屋台では定番のトマトソースとともに出され、現地の人たちに囲まれて夕食をとることができ、現地の人たちのホブスの食べ方などが見られていい経験になった。フライドポテトもメニューにあり、モロッコでも人気なのだなと思った。

  • モロッカンサラダモロッカンサラダ
  • タジンタジン
  • フェズでの朝食フェズでの朝食
  • 屋台1屋台1
  • 屋台2屋台2

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まとめと感想

 

モロッコの音という研究テーマで約1週間モロッコに滞在して感じたことは、同じ人間が生活しているということには変わりはないのに、こんなに身の回りの音は日本と違うのかということだ。文化も宗教も違うため聞こえてくる音が違うことは当たり前だろうが、異国であると感じるのは音の力も大きいのではと改めて実感した。録音した音を聴くだけで周りの光景が目に浮かぶことからもやはり音の持つ力を感じる。また、日本のように街中のテレビから映像が流れていなくて、バスや車であふれる道路もなく人々が自分の国や町に誇りを持って生きている様子を見るとなんとなく、日本が忘れてしまった暮らしを想像させた。

 

今回モロッコで出会ったものすべてがわたしにとっては新鮮で、観光本には載っていないような移動中に通る小さな町や自然やらくだの群れを見ることができたこと、砂漠で星と朝日を見ることができたこと、その経験からモロッコのまだあまり知られていない良さを知ることができて日本から遠く離れたモロッコに行って本当に良かったと思う。また、これを読んでモロッコについて少し知ってもらえたらうれしいと思う。

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参考文献

 

「エキゾチックモロッコ」 外山厚子、バルカツ・ハッサン著

「モロッコで出会った街角レシピ」 口尾麻美著

「モロッコを知るための65章」 私市正年、佐藤健太郎編著

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