西南学院大学
メニュー
language
検 索
  • Facebook
  • Twitter
  • YouTube

2016年 創立100周年

大学概要

情報公開

西南学院大学論集

神学論集 | | 英語英文学論集 | | フランス語フランス文学論集 | | 国際文化論集
人間科学論集 | | 商学論集 | | 経済学論集 | | 法学論集

「神学論集」で発表された論文その他

氏名 発行
年月
論題 巻号
天野 有 96.9 カール・バルトの『和解論の倫理学』
―キリスト論的・終末論的倫理学(III)―
54巻1号 53-78
98.3 Karl Barth、「大いなる情熱」(訳) 55巻1・2号 161-173
00.3 K.バルトにおける神学的公理としての〈イスラエル契約〉
― KD/1とKDIV/1を手掛りに ―
57巻2号 153-192
01.3 K.バルト「ヨハネ伝の3;26-36に関する説教」 58巻1・2号 105-122
02.3 解放をもたらす言葉(コリント7,20)
―ルター的理解への問としてのバルトの「召し/召命」理解―
59巻1・2号 15-61
02.3 翻訳 K.バルト「祝日―『教会教義学』III/4,53節 神の前での自由-1―」 59巻1・2号 99-150
03.3 訳 K.バルト「死刑の問題・戦争の問題
―『教会教義学』III/4,55節 生への自由-『生の保護』より―」
60巻1・2号 89-175
04.3 翻訳 B.クラッパート「二重予定もしくは恵みの選び
―カルヴァンの選びの教説のバルトによる批判的受容―」
61巻1・2号 81-98
05.3 翻訳 カール・バルト「バルメン宣言第一テーゼについて」 62巻1号 197-215
07.3 翻訳 カール・バルト「民族とは何か―〈神の唯一の民族〉と〈諸民族〉―」 64巻1号 183-248
10.3 翻訳 カール・バルト「神の義(1916年1月16日,アーラウ市教会における講演)」 67巻1号 231-233
青野 太潮 97.3 イエス・パウロ・その後
―拙著に対する批判への応答―(3)
54巻2号 63-73
98.3 パウロの神中心主義 55巻1・2号 25-42
00.3 イエス・パウロ・その後(4)
― 量義治氏の拙著に対する批判への応答 ―
57巻2号 1-55
01.3 イエス・パウロ・その後(5)
―喜田川信氏への応答―
58巻1・2号 13-39
03.3 十字架につけられ給いしままなるキリスト 60巻1・2号 1-35
04.3 パウロ書簡における修辞的反復 61巻1・2号 1-32
05.3 「障害者イエス」と「十字架の神学」 62巻1号 37-76
06.3 訳 ヘイキ・ライサネン 最近の『新約聖書神学』 63巻1号 1-23
06.3 玉井忠鈍氏による土岐健治著『[改訂新版]新約ギリシア語初歩』 (教文館、1999年)への批判 63巻1号 25-38
06.3 翻訳ヘイキ・ライサネン 「大いなる転換―初期キリスト教思想『総説』における第一章としての〈終末論〉―」 63巻1号 115-132
07.3 パウロにおける「超越」と「内在」
―ひとつの説教における考察―
64巻1号 39-58
08.3 「十字架の神学」をめぐって
―とくに「贖い」の思想との関連における川島重成氏との対話―
65巻1号 1-35
10.3 「十字架の神学」と贖罪論 67巻1号 19-59
G. W.
バークレー
96.9 教会の国家への姿勢:その3
―政教一致への道程―
54巻1号 79-98
97.3 使命と神学教育
―vocation et theologica educatio―
54巻2号 75-86
98.3 21世紀に向かう宣教
―私たちの霊性と協力伝導―
55巻1・2号 43-58
99.9 現代人に『聖書』は語りうるか 57巻1号 17-27
00.3 ニカヤ前後のキリスト論考察
― コロサイ書1章15節~20節を巡るアレキサンドリアとアンテオケの釈義を巡って ―
57巻2号 75-96
小林 洋一 97.3 コヘレトの言葉11章1~6節 
― もう一つの解釈の可能性 ―
54巻2号 1-26
97.3 旧約聖書の礼拝 ― その様態と特質をめぐって ― 54巻2号 27-62
98.1 研究ノート ―レアの目― 56巻1号 71-80
99.3 研究ノート ―ミルトスとその象徴性― 56巻2号 67-78
00.3 (訳)肉体をとったトーラー
― 反ユダヤ主義なきキリスト論に寄与するヨハネによる福音書プロローグの新しい読み ―
ヤコブス・ショーネヴェルト
57巻2号 231-261
01.3 M.テート「聖書解釈の一仕様としての間テキスト性」(Intertextuality) 58巻1・2号 91-103
02.3 ラピス・ラズリ―新共同訳の批判的検討― 59巻1・2号 1-14
05.3 箴言におけるツェデク/ツェダカー/ツァディーク
―新共同訳訳語の批判的検討 ―(上)
62巻1号 1-36
07.2 箴言におけるツェデク/ツェダカー/ツァディーク
―新共同訳訳語の批判的検討―(下)
64巻1号 1-37
08.3 翻訳
マーク・Z・ブレットラー「ユダヤ教徒は聖書をどのように解釈するのか」
65巻1号 123-141
08.3 翻訳
マーク・Z・ブレットラー「ヘブライ語聖書におけるフェミニスト的,反フェミニスト的ヴィジョン」
65巻1号 143-165
09.3 マソラ研究 ―反転のヌン― 66巻1号 1-11
09.3 (編)フィリス・トリプル(河野信子 通訳)「方法論としてのフェミニスト的旧約聖書解釈」 66巻1号 43-54
09.3 (編)フィリス・トリプル(河野信子 通訳)「方法論としてのフェミニスト的旧約聖書解釈II」 66巻1号 55-66
10.3 死者はどこへ―ヘブライ語聖書における死者の居所の諸相とその変遷―(上) 67巻1号 1-17
須藤 伊知郎 98.1 民族性と救い-マタイ21、43の釈義 56巻1号 1-37
99.3 マタイ福音書におけるイエスの死の解釈
―一つの概観―
56巻2号 1-8
99.9 Blut und Schuld in Mt27, 19f. 24f.
(マタイ27 : 19-20, 24-25における血と責任)
57巻1号 1-15
00.3 Der Gedanke des suehnenden Selbstmordes im Judentum
(ユダヤ教における罪を贖う自殺について)
57巻2号 57-73
01.3 Die Leidensankundigungen in Matthausevangelium 58巻1・2号 41-51
05.3 (訳)ペトラ・フォン・ゲミュンデン
「『私の許に来なさい,あなた方教育を受けていない者たちよ』(ベン・シラ51,23)―聖書時代における知恵の諸表象―」
62巻1号 147-184
05.3 (訳)ペトラ・フォン・ゲミュンデン
「革なめしのシモンとシモン・ペテロ
―使徒行伝10、1-35に基づく物語的説教―」
62巻1号 185-196
07.3 イエスの世代かマタイの世代か―「この世代」(マタイ23、36)をめぐって― 64巻1号 59-70
09.3 人の子による「大イスラエル」の復興―マタイ福音書10,23の釈義試論― 66巻1号 13-25
10.3 (訳)ベルトルト・クラッパート「暴力の幻想から立ち帰る(ルカ 9,51-56)」 67巻1号 193-211
寺園 喜基 98.10 (Z. W. ファルク著 寺園 喜基訳)
律法についてのパウロの教えはどのようにして成立したか
56巻1号 65-70
99.3 死者はどこにいるのか 56巻2号 9-23
99.9 (訳)キリスト教信仰とキリスト教以外の諸宗教
―この関係の規定に関するプロテスタントの見解の概観 ―テオ・ズンダーマイアー
57巻1号 55-74
00.3 聖書学と組織神学の対話
―カール・バルトの復活理解をめぐって―
57巻2号 113-152
01.3 宣教の課題としての「神の国」 58巻1・2号 53-70
02.3 秘義としての死 59巻1・2号 83-97
02.3 翻訳 K.バルト「わたしたちは神の子」(説教) 59巻1・2号 151-164
03.3 戦後平和とバルト神学 60巻1・2号 59-88
03.3 訳 E.ブッシュ「2001年9月11日以後の世界における神学の課題」 60巻1・2号 177-185
05.3 日本における普及福音新教伝道会(AEPM)・普及福音教会の影響史 62巻1号 77-91
05.3 Die Wirkungsgeschichte des Allgemeinen
Evangelisch-Protestantischen Missionsvereins (AEPM) und der
Allgemeinen Evangelischen Gemeinde in Japan
62巻1号 93-112
07.3 日本における普及福音新教伝道会(AEPM)・普及福音教会の影響史(その2)[独文] 64巻1号 89-98
10.3 バルト神学の根本問題 67巻1号 97-113
寺園 喜基
廣石 望 
00.3 聖書学と組織神学の対話
― カール・バルトの復活理解をめぐって ―
57巻2号 113-152
片山 寛 04.3 サン・ヴィクトルのフーゴー,その生涯 61巻1・2号 33-51
05.3 滝澤・バルト・トマス 62巻1号 113-126
06.3 バプテスト「平和宣言」の意義と問題点 63巻1号 93-114
07.3 サン・ヴィクトルのフーゴーの三位一体論 64巻1号 71-87
07.3 翻訳
B.クラッパート「イスラエルの神の『御名』の解釈としての三位一体論―三位一体論にとって旧約聖書とユダヤ教は何を意味するか―」
64巻1号 133-165
07.3 翻訳
テオ・ズンダーマイアー「大宗教―世界平和の阻害要因かそれともその仲介者か?―」
64巻1号 167-182
08.3 青野太潮「十字架の神学」への問いかけ 65巻1号 37-49
08.3 思考の開け・存在の開け―アンセルムスCur Deus homoからトマスへ― 65巻1号 51-60
09.3 古代・中世の教理史における死と葬儀 66巻1号 27-42
09.3 (訳)エルンスト・ファイル「カール・バルトとディートリッヒ・ボンヘッファーにおける宗教概念と『無宗教的キリスト教』というボンヘッファーの期待の歴史的検証」 66巻1号 67-94
10.3 按手礼についての議論の整理―教理史を学ぶ立場から― 67巻1号 61-74
松見 俊 05.3 アメリカ「市民宗教」再考 62巻1号 127-146
06.3 「理論-実践」対概念の問題点―実践神学序説における一つのテーマとして― 63巻1号 39-61
06.3 ボンヘッファーの説教の分析の一つの試み 63巻1号 63-92
07.3 「人間的直接性」を超えて 64巻1号 99-109
07.3 いわゆる「境界性人格障害」の人々への牧会 64巻1号 111-131
08.3 死に逝く人々とその周囲の家族への牧会 65巻1号 61-122
10.3

デイヴィット・バトリックの説教論への一考察:カール・バルトと対話しながら―説教におけるイメージとメタファ(隠喩)の重要性について―

67巻1号 115-194
10.3 翻訳トーマス・グルーム「時の中での教育」 67巻1号 235-258

金 明洙
10.3 信仰と神学のパラダイム転換 67巻1号 75-95

大学概要メニュー

院長・学長メッセージ

建学の精神

西南の歴史

教育の特色

西南学院とキリスト教

組織

ロゴマーク・スクールカラー

校歌・応援歌

情報公開

西南学院大学の取り組み

採用情報

自己点検評価活動

西南学院グッズ